Day.3 【中断①】情熱

 1980年9月3日(水) 

 朝、開店前にまかないのトーストとコーヒーをいただく。朝食なんて久しく食べていなかった。それから、朝、仕事を始めるのがこちらにくる前よりも憂鬱ではないことに気付く。定職に就いてないことに説教を垂れる客もいるが、急に過去に送られた不可抗力によるものなので、何を言われてもダメージはない。

 ーー少なくとも、予算と上司からの「詰め」よりはマシだ。


 ホールに出ると今日も営業さんに声をかけられた。

「お兄ちゃん、ちょっといいか?実はね、うちの会社でもゲーム機を売り出すことになって、ゲーム好きな若者の意見も聞きたくてね」

 期待を込めた目でそう言いながら、営業さんは新作の企画書を見せてくれた。そのゲーム機は…。

 ーー令和のおもちゃ業界人の俺は知っている。値段が高いわりに大したソフトで遊べず、大失敗したゲーム機として有名だからだ。

「う、うーん、アルバイトの俺からすると、少し高級品ですね…」

「何言ってんだ、兄ちゃんよお、欲しいもんがあったら汗水垂らして仕事して買えばいいだろ?」

 営業さんは興奮した顔で続ける。

「ゲームはこれから間違いなく流行るんだ。少し高いかもしれないが、そのうち1億5千の日本人がこのピコピコで遊ぶようになるぞ!」

 とはいえ、値段の件は参考になった。客先にも持って行って聞いてみると言いながら店を飛び出した。


 閉店後、後片付けをしながら、営業さんの仕事語りを思い出して、昭和の汗臭さに少し気恥ずかしくなる。反面、少しだけ羨ましくも感じた。

 逆に、俺がいなくなった令和では今頃どうなってるかな、と考える。社内では案件が回らなくなっているかもしれないし、彼女も連絡がつかないと焦っているかもしれない。

 ほんの一瞬、「それはそれでスカッとするな」と反抗的な気持ちが芽生えた。

 と、その刹那、店中のゲームの電源が落ちた。

「!???」


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Day3

収入:日給の5,000円

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