レシピを求めて

 古老次席の集会に参加したドラゴン。彼らがその日、その場で何を食べたのかもサピリアは話の流れで教えてくれていた。サピリアもそうだが、ある程度の地位を持ったドラゴンは、侍従に調理済みの料理を用意させているらしい。とはいえ『料理』を好んで食べるかどうかは、やっぱり個体差があるみたいだ。中には、噛み応えのある生肉を要求した来客もいるということだった。

「肉料理……肉料理か」

 人族も肉は好きらしい。だが、人によっては歯が悪かったり、臓器が弱っていて食べられないこともある。セシルはそう教えてくれた。

「傾向は言えるけど、確実にこうとは言えない。それが人族最大の特徴だね」

 食の好みが、個体によって大きくばらける。舌も繊細かつ敏感。食に対するこだわりが強く、料理文化の発展は人族の功績だとも言われている。

 それが問題だった。何が問題かって? 簡単なことだ。つまり人族は、世界一味にうるさい種族だってことだ。

 広告の出し方について、オレはセシルに一任した。そうせざるを得なかった。降って湧いたチャンスは、メチャクチャ高難易度なミッションだった。訪れた視察団に料理を提供する。ドラゴンが『商売』という手段でコミュニケーションを取れると証明しなけりゃならない。店を経営してる姿を見せるだけじゃ不十分だ。満足とは好感度に繋がり、好感度は信頼と許容に繋がる。これは、愛読書に書いてあったことだ。


 ……だが人族にもドラゴン族にもウケの良い料理を作る、というのは、再三言うが難しい課題だ。


 とにかく価値観が違いすぎる。人に近い形態を取れるとはいえ、ドラゴンの味覚はどうしても人族に比べて鈍感だ。しかも基本、貪食だ。人とドラゴンの、食における満足感はまずそこから違ってくる。量を重視するドラゴンと、それ以外の点も重視する人族。一見するとそう見えるが、ドラゴンは無味でも兵器と言うわけでは無い。肉と共に風味の強い香草や木の実を食べることが多いので、薄味どころか濃い味派なのだ。味も量も、人族とドラゴン族では好みが違いすぎる。

 皿ごとに分けた料理を出すか? うちは定食屋だ。一人の客ごとに三、四品を出すのは、店の形態からもあまり外れていない。……けど、なんかしっくりこないな。

 提供する料理への違和感。それが何とも言葉にならない。

「……うーん」

 唸る。視察団の話が来てからかれこれ三日、日々唸りっぱなしの頭捻りっぱなしだ。今日も今日とて、閉店後の店内でメニューとにらみ合いをしていると。

「やあ、煮詰まってるみたいだね」

 セシルに声をかけられた。紅茶の香りがする。どうやら淹れてくれたようだ。

「煮詰まるなんて全然だぞ……視察団ってお偉いさんだろ? うちの普通のメニューを出していいもんなのか?」

「いいんじゃないかな? ……そもそも、グラミアは本当に、そこで迷ってるのかい?」

 違う気がする。頭を振って、それから、考えていたことをぽつぽつ話す。

「高級感とかそういうんじゃねーんだよな……なんていうか、視察団が来る目的って『交流』だろ? ひとりひとりに定食出すってだけじゃ、そのテーマに沿わないんじゃないかって気がしてさ」

「なるほど。この食堂の雰囲気もかなり開放的だけど……ここでみんなが席に着いて定食を黙々と食べても、それは君の出す『料理』に向き合うことになってしまうというわけだ」

「ああー、それだそれ!」

 セシルの言葉は痒い所に手が届くような感じだった。

「変な話、料理は主役じゃないわけだろ、今回は」

「そうだね。美味しければもちろん好感は持たれるけれど、味に終始してしまっては手段と目的が入れ替わってしまう。料理は手段だ。食事によって異種族の文化を知り、理解を促して良質な交流に持ち込むのを狙わなければならない」

「ああ待て、ちょっと整理させてくれ。分かるようで分からなくなってくるな……つまり、店を通じて人族の文化を郷に広めて、視察団に料理を振る舞うことで交流してる感を出すってことでいいのか?」

「視察団を迎え入れることで発生する、様々な付随効果はあるだろうけれど……君が考えるのは主にその二点だろうね」

「そうだな、そうだよなぁ……けどよ、交流する飯ってどんなだ……?」

 何度も言うがドラゴンは群れない種族だ。料理の概念があっても、一緒に食べるという考えが無い。宴会の時は皆でワイワイやってたが、お偉いさん方にああいいうもてなしをするわけにもいかないだろうし。

「ふむ……グラミア? このままここで考えていても、良案は思いつかないんじゃないかな?」

「それは……そう、かもな」

「そこで、だ。一度、人族の町に来てみないかい?」

「……えっ?」



 ――というわけで。



 オレはいま、人族の町にいる。

「え、ええ……おお、おおぉー……?」

 驚きと戸惑いの声を上げる棒立ちのオレ。その横を通り過ぎていく人と馬車。


 人族の国、メイベルンの地方都市。山岳城塞都市モントール。


 ドラゴンの郷に最も近い町のひとつらしいモントールは、高い城壁と砲台が町を取り囲んでいる。戦争が無くなって千年、砲台はほとんどオブジェと化しているらしい。つまり、この町は千年前からある古い町だってことだった。

 ラグ・ラギからだと、オレの翼なら二時間もかからない――が、そもそも国境があるから、勝手に飛んで入ることもできない。仕方なく、検問所手前で下りて馬車に乗って――そして下りたところで、オレは固まったというわけだ。

「そんなに驚くとは思ってもみなかったよ。グラミア、人族の領地に何度も来たと言っていなかったかい?」

「あ、ああ……いや、入ったことがあるのは、不干渉地帯だけなんだ」

 ドラゴンと人族の国の間には、不干渉地帯というものがある。人族の国に入るための証明書を持っているだけで飛び回れるのは、この不干渉地帯だけ。入国して町で行動するには、検問所で滞在理由と期間をあらかじめ記録しとかなけりゃならないことになっている。これはドラゴンだけに限った話じゃないみたいだが。

「オレが本やら店を開くための道具やらを買った行商人は、不干渉地帯を大人数で通ってるところだったんだ」

「大人数……行商人というより商隊、キャラバンだったんだね」

「そういうわけで、ガチでこういう町に来たのって、初めてなんだが……」

 本で見たつもりでいたが、実際に見てみるとまるで印象が違う。人族は群れを作る種族だはいうが、町に出て歩いてる者の数は、ドラゴン族の郷のそれとは比較にならないレベルだ。馬車の発着場だからってのもあるだろうけど、目に付く範囲にともかく人がぎっしりいる。百……はいないだろうが、その半分、五十は軽く越してるだろう。

「すげぇ……着てるもんも全然違う」

「だいたいは綿や麻、上等なものだと絹になるね。ドラゴンとは確かに素材が違う――」

「いや、それもあるけど、人族同士でも違いがあると思って」

 ドラゴン族の服は、個々によって大きく変わるようなことはほとんど無い。だいたいが獣の皮でできたローブをまとい、余所行きとなると、蛇や鰐の鱗を用いた服を着る。ドラゴンによっては羽毛も使うが……人族みたいにデザインがバラバラになるなんてことは無い。

「なるほど、確かに人族は個性が強いね。もしかしたら、角や牙、飾り羽や痣のような目立つ特徴が無いからこそ、衣類でそれを出しているのかな? ……まあ、それはいいんだけれど」

 セシルはオレの手を引いて道の端に連れて行った。どうやら通行の邪魔になっていたらしい。

「さっそくだけど、ご飯を食べに行こう。そのために来たんだろう」

 そうだった。初めての人族の町に驚き、テンションが上がってたが、目的は観光じゃないんだった。

「さあ行こう。僕についてきて」

 幸い、頼もしい案内人がオレにはついてる。オレはセシルの後ろについて歩き出した。

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ドラゴン定食屋~ドラゴン族が衰退したので定食屋を開いて意識改革目指します~ 羽生零 @Fanu0_SJ

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