教室アクアリウム

高黄森哉

水槽の中


 まどろみの中のように、景色はゆたゆたと、揺れている。すこし、うたたねをしていた。耳の中に、水中の、おんうおんという唸りがして、先生の授業音声を、水没させている。


 網目模様が机の上を滑る。水面は、はるか天井で、蛍光灯の光を透かしている。泳げば届きそうな、その酸素のありかだが、授業中に立ち上がるという形の、調和の破壊を恐れ、教室の椅子に体を、きっちりと縛り付けている。まるで、水槽の中のネオンテトラだ。逃げられない長方形の中で、みんなと群れている、同じ方向に。外に出れば死んでしまう、まるで魚と変わらない。何も考えずに生きている。


 外の景色は通常で、海はこの教室に広がっていない。外からは、まさかこの教室が巨大な水槽になっているなど、分からないだろう。教室に入っても、分からないだろう。その水没した教室で、さも当然化のように授業が始められた事実も、私達の死後、理解されることはないだろう。


 だれも本心を隠しながら、生活を送る、学校の閉鎖空間。本音を言えない淀んだ空気が、これでもか、とまかり通っている。だれも空気を吸えぬ、透明な水槽の中で、明らかな窒息を隠しながらも、日々、平静を装い授業を受ける。それは、今日も変わらない。変わらないが故に、気づくこともない。


 先生は、メガホンの頭をしている。彼は、暗唱の何倍も速度の遅い、教科書読み上げ機械に過ぎず、また、呼びかけても、解決能力を有していることは、期待できそうにない。なぜなら、彼はメガホンでしかないのだから。だから、だれもが、今まさに途切れそうな意識で、息苦しさに耐えているはずなのだが、先生に申告することはしない。


 そろそろ限界だ。景色はぼんやりとし、酸欠の酩酊が襲ってくる。そろそろなのかな、天を仰ぐと光が浮いている。蛍光灯、蛍光灯の光だ、蛍光灯の光が、みんなの頭上で輝いている。がぼがぼと一人一人、こと切れる時の、クラゲのような、泡たちの昇天が、また一人また一人。そろそろ限界だ。景色はぼんやりとし、酸欠の酩酊が襲ってきた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

教室アクアリウム 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説