第4話 炎の戦闘狂と流浪の騎士

「わぁってる、わぁってるって。玉璽盗難だけじゃねぇもんな。ケイレブ一人が裏切り者ってわけでもねぇんだろ。まったく……オレがちょーっと長老会議ゲルシアを締めつけた途端にコレだ。義兄上も馬鹿だよなー、あんな老いぼれ連中に縋って……。一度オレから皇位を簒奪して満足したかと思ってたんだが……思っていた以上に皇位に執着していたとは」


 リュディガーが漏らした先帝の真実に、トラヴィスは思わず皇帝を二度見した。


「……は? え、クサーヴァ先帝って……え?」


 けれどリュディガーはトラヴィスの声など聞こえなかったかのように、次から次へと隠されていた真実を呟いてゆく。


「ははは、どうせ最終的にはオレが皇帝になるんだし、好きにさせてみようかと思って甘くしたのが悪かったのか? 味を占めたのか? にしても義兄上ってば、オレにお仕置きできる大義名分をくれるなんて、めちゃくちゃイイ性格してるよなぁ!」

「は、はぁ……そう、ですね?」


「だよなー。義兄上もさっさと諦めて歴史に皇帝として刻まれる栄誉を抱いて寝てりゃいいのに。義兄上では駄目だってのは、魔法石の産出量で証明されてるっていうのによ」

「あっ、え?」


 トラヴィスは戸惑うばかりでリュディガーが垂れ流す真実についていけていなかった。ギードはギードで、門外漢であると言わんばかりに腕を組み、無表情で地蔵になってやり過ごしている。


 それに気付いたのか、それともわざとか。リュディガーが人差し指を立て、シィ、と囁き片目を瞑る。


「あ、やべ。これ秘密な! トラヴィス、ギード。円卓会議をオレの権限で召集しろ。玉璽を取り戻すぞ」




 リュディガーの名によって召集された本日二度目の円卓会議は、日が沈んで中天が藍色に染まった頃だった。


 白会議室に集まったのは、アウグストとザシャ、それから裏切り者のケイレブを除いた椅子チェア六人と、皇帝を加えた七人だ。


「……ケイレブが裏切ったか」


 会議の口火を切ったのは、最古参であるゲープハルト。相変わらず狼狽えた様子もなく冷淡そのものだ。

 ため息のひとつも吐かない様は、序列一位の姿として、きっと正しい。けれどトラヴィスは、その冷淡さに少しだけ顔を顰めた。


 ——なんであんなに冷静なんだ……? 陛下だって笑うしかなかったのに。


 トラヴィスの疑問をよそに、次に口を開いたのはカイだった。


「あいつは陛下やギードと立ち回れるなら喜んでついていくでしょうね。前々から手合わせしたいと言っていましたから」


 取り乱してはいなけれど、苛ついた様子でカイが言う。


「自由に思うまま剣を振り命を喰らいたいのでしょう、あの馬鹿は。考えなしにもほどがある。振り回されるこちらの立場も考えて欲しいですね」

「珍しく饒舌になってるね、カイ君。ケイレブが裏切ったの、そんなにショック? まあ、ぼくもショックだけどさー」


「私がケイレブの裏切りにショックを受けるはずがない。あいつとはただの腐れ縁だ。少しばかり私の方があいつを知っているから話しているだけの話だ」

「わお。カイ君かっくいー! それで、陛下。どーすんの?」


 ヴィリが持ち前の切り替えのよさでカイをあしらい、リュディガーに問う。

 問われたリュディガーは暢気に笑って、椅子の背もたれに身体を預けた。全体重を受け止めた椅子が、ギシリ、と鳴る。


「裏切ったもんは仕方がない。二度とオレの椅子チェアには座れない。……そうはいっても裏切りだ。ゲープハルト、部下の始末をどうつけんの?」

「帝国民たちの間に今回の事件が広まる前に決着をつけるしかありませんな」


「そか。残念だが……オレの椅子チェアじゃなくなるってんなら、確かにもういらねぇな。ゲープハルト、オレの臣民たちを騒がせる前に決着ケリをつけろ」


「御意。どうぞ陛下はそれまで通常業務を続けてください。本日中に結果を執務室にお届けいたしましょう」

「うげ。ゲープハルト、お前容赦ないよな。こんな非常時にまでオレを働かせようってのか」

「恐れ入ります。ですが陛下が特別な行動をすれば、あちら側に我々が気づいていることを悟らせてしまいますので」


「ははは、物は言いようだな! わかった、しっかり励めよ。じゃあな、お前ら! 生きてろよ!」


 リュディガーはそう言い残し、颯爽と会議室を後にした。

 皇帝が去ってからしばらくして、ようやくトラヴィスは口を動かす気になってゲープハルトに話しかけた。


「ゲープハルト老……マジすか。本日中に結果を出すって……」

「ああ、そのつもりだ」


「はぁい、残業けってーい! あ、そうだ。黒椅子ブラックチェアの調整は完了してるよ。……エラーの原因はまだ特定できてないけど、長老会議ゲルシアの集会ピンポイントで侵入できるようにしておいたから」

「お。やるねぇ、ヴィリ先輩」


「とーぜんでしょ、ぼく天才だもの! って言いたいところだけど、一脚分しか調整できてないんだよね。ギード君の椅子ってさ、ギード君自身が魔力放出できないから普段使ってなくて落とシャットダウンしてるじゃん? それが今回、功を奏してさ。トラヴィス君の椅子につけてる外付けオプション設定を追加してちょちょいのちょいでいけそうなんだよね」


「そうか、私の役立たずの黒い椅子ブラックチェアが役に立ったのか……」

「そ! だからゲープハルト老、ギード君の椅子を再調整してる間に潜入メンバーの選定して。まあ、だいたい想像つくけど。——行こ、カイ君。起動準備しなきゃ」


 ヴィリは言いたいことだけを言いたいように言って、カイを引きずるようにして黒部屋へと向かった。


「玉璽を奪還するのはトラヴィスとギードで行く。……クンツ、お前はどうする?」


 ゲープハルトの言葉に、今まで静かに姿勢を正して座っていただけであったクンツの耳と尻尾がピンと立った。


 ——珍しいこともあるもんだな、ゲープハルト老が他人の意見を聞くなんて。それだけケイレブの裏切りに動揺してたのか?


 トラヴィスがゲープハルトの様子を窺っていると、


「じ、自分は……、……っ皇帝陛下と椅子チェアとの連絡係をするッス!」


 と。どうしてか緊張したような硬い声でクンツが答えた。まるでなにかを警戒する犬のよう。


 ——うん? これは……。


 トラヴィスはいつものように表情ひとつ変えずにゲープハルトをジッと見た。


「……っそうか、わかった。では作戦を開始するとしよう」


 だから、ゲープハルトが息を呑んで言葉を詰まらせたさまを見ても、そっと小さく息を吐くだけだ。



 黒い椅子ブラックチェアは、椅子に座った人間の重さと空間をまるごと転送する亜空間転送魔術式に特化した魔道具だ。

 普通ならひとりと椅子一脚分しか転送できやしない。


 けれど、天才魔道技術者であるヴィリの手にかかれば、ふたりと椅子一脚分の重さと空間を転送させる外付けオプション設定を付けることなどお手のもの。


 元々トラヴィスの黒い椅子ブラックチェアにつけていた設定を、再起動させたギードの椅子に付け替えるのだって、短時間で十分だ。

 そうやってトラヴィスとギードは、長老会議ゲルシアの集会へと転送された。


 ——そのはずだった。


 転送されたその先は、長老会議ゲルシアの集会ではなく、炭鉱か洞窟のような地下。


 待ち構えていたのはひとりの男。袖なし隊服に身の丈ほどもある大剣。燃えるような赤い髪に褐色の肌。椅子チェアの中で最も戦闘に長けた男が、仁王立ちでふたりを出迎えていた。


「ケイレブ、どうして裏切った」


 トラヴィスの声に動揺の色はない。傍らのギードもはじめから——転送前から警戒と緊張を維持したままだ。


 転送先が長老会議ゲルシアの集会ではなく、裏切り者ケイレブの元であることは予想がついていた。

 戦闘狂だのなんだと評されるケイレブも、たったひとりで皇帝を裏切るわけがない。序列四位の男はそこまで考えなしではない。


 そもそものはじまりは、トラヴィスの黒い椅子ブラックチェアが不具合を起こしたことによる。


 椅子チェア内に裏切り者がいることは、その時点で明らかだ。ケイレブが玉璽を持ち出したことで、裏切り者が複数存在することが確定した。


「どうしてもこうしてもねぇんだよ。オレは強い奴と斬り結びてぇ。そいつが隣にいるのに斬れねぇことが腹立たしい。それだけだ」


 ケイレブが戦闘狂らしく歯を剥き出しにして笑う。と、大剣の切っ先をギードへ向けた。

 ついでのように叩きつけられる殺気に、トラヴィスの背筋が汗を掻く。


「あー……ケイレブの謎嗜好は尊重したいところだが、こっちも給料と借金と生命がかかってるんでね」

「ははは、トラヴィス、お前は面白い奴だよ! ……だから守ってやってんのか、ギード?」


「こいつには恩と義理と誓約がある。仮とはいえ、誓約は誓約だ」

「はは。まあ聞きはしたが、ぶっちゃけお前の理由など、どうでもいい。やり合おうぜ、ギード! オレはその為に寝返ったんだ。後悔させてくれるなよ?」


 ケイレブが理性を外した獰猛な笑みを浮かべて吠えた。対するギードはため息をひとつ。岩肌の地面に落として、ケイレブを冷めた目で睨む。


「私の意志は無視か」

「やらねぇってんなら、お前のあるじをヤってやってもいいんだぜ?」

「……トラヴィスには指一本、触れさせるわけがない」


 冷めた黒い目に炎が灯る。呼吸するように滑らかに刀を抜いて、ギードは刀を構えた。




「はははは! そんなものか、流浪の騎士!」


 その戦いはあまりにも一方的だった。

 ケイレブの大剣とそれを自在に操る怪力を、ギードの細くしなやかな刀では受け止められない。鍔迫り合いすらできず、ギードは大剣を受け流すことに精一杯で苦戦していた。


 加えてケイレブは大剣に炎を付与する魔術式を即時かつ常時展開させている。


 ——クソッ、付与系魔術は銀貨の呪いと同じく即時発動型だ。術式破棄スペルキャンセルで割り込めない!


 目の前で展開される剣戟の応酬すら目で追うのが精一杯なトラヴィスは、せめてギードの邪魔にならないよう、岩壁に張りつくように待避することしかできない。


「なあ、ギード! 騎士らしく、そっちの出来損ないの魔術士とは誓約してねぇのかよ?」

「トラヴィスは出来損ないなどではない。魔道具を起動できない私のために身を捧げているただのお人好しだ」

「惚気かよ! だが……こんなものか。こんなものなのか? おいギード、騎士って奴は、こんなモンなのかよぉ!」


 ケイレブの闘気が殺気を上回った。大剣に付与された炎の噴射によって剣筋が加速する。


「ぐっ……!」


 ざくり、とケイレブの大剣がギードを捕らえた。やられたのは正面、胸板か。控えめな血飛沫しか噴き出なかったところを見ると、傷は浅いらしい。


 けれど。


「おい、ギード! ……一旦、退け! お前の死に場所はここじゃない!」


 トラヴィスは肩から下げた帆布鞄の中に入れていた外殻盾用魔道具シェルシールドを展開させながらギードの元へと駆け出した。


 荒い息でまだ戦おうと刀を構えるギードを無理やり地面へ押し倒し、展開した外殻盾シェルの中に匿う。

 この魔道具は優秀で、使い捨てではあるけれど戦術級魔術の一撃や二撃くらいは凌げる硬さがあるのだ。


 展開された外殻盾シェルに気付いたケイレブは、何度か大剣を打ち付けた。

 けれど、何度やっても外殻盾シェルが壊れないことを確認すると、


「はははは! 無様だな、ギード。無力な魔道士に救われたな」


 と。笑いながら、大剣を背中に背負っていた鞘へと納めて言った。


「いいか、オレはいつでもお前をぶった斬る準備をして待っててやるからよ、次は全力で来い。じゃなきゃ、マジでお前の魔術士をヤるからな?」


 そうしてケイレブは狂気の笑い声を洞窟内に響かせて、奥へと繋がる通路へと消えてゆく。




「……くそ、あの戦闘狂め……大丈夫か、ギード。すまん、治癒魔道具を使ってやることしかできないポンコツで」


 ケイレブの気配が完全に消え去った後、トラヴィスは傷を負ったギードを治癒魔道具を使って癒していた。

 術式破棄スペルキャンセルしか使えないトラヴィスでも、魔道具の力を借りればある程度の魔術はどうにかなる。荷物が嵩張るのが難点ではあるけれど。


 ——他の魔術式が組めれば、さっきの戦闘だって、上手くサポートできたかもしれない。


 毎度のことながら落ち込みゆくトラヴィスの気配を察したギードが、塞がりゆく傷をゆっくりと撫でながら穏やかに告げた。


「構わない。私ひとりでだったなら、その魔道具すら使えないのだから」

「……っ、そか。……にしても、敵に回ったケイレブがお前狙いだとはなぁ!」

「笑い話ではないぞ、これは」

「悪ぃ悪ぃ! ……だが、どうやって攻略するよ? ……ギード、なんか奥の手、ある?」


 ダメ元でギードに話を振ると、意外にも真剣な表情をした顔がコクリと縦に頷いた。


「奥の手か。ある」

「マジかよ、あんの!? そんなすぐ出てくるようなもんなの!?」

「すぐには出ない。が、確実にあいつを仕止めることができる」


 ギードはそう言って、それ以上奥の手の話をすることはなかった。


 だからトラヴィスは、奥の手があるなら、どうしてケイレブとの戦いで使わなかったのか。すぐに出ない理由はなんなのか。ギードから話を聞くことができなかった。

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