第三十一話 一方その頃アーク公爵はというと

「……順調に回復しております。このまま回復するのならば数年内に外に出ることが可能になるかと」

「まだ外出はできませんか」


 豪華な部屋の中、ベットに腰掛けるトリアノ・アークに専属医師ニルヴァが告げる。

 それに不満そうな顔をするも、ニルヴァがニコリとしながら軽く説明。


「これでも早い方です。正直なところトリアノ様がとこせられていた期間を考えるに十年単位で様子を見ないといけないので」

「分かりました。……しかし館の敷地しきち内なら動いても大丈夫ですよね? 」

「ご当主とうしゅの許可する範囲ならば」


 トリアノの質問に苦笑いで答えるニルヴァ。


 アーク公爵家三男トリアノ・アークは長期間毒におかされ寝込んでいた。

 アルケミナというイレギュラーがリカバリー・ポーションという稀少きしょうなポーションを使い治したが彼の筋力や体力がすぐに戻るわけでもない。

 よって遠隔えんかくでアルケミナ監修かんしゅうの元、ハイ・スタミナ・ポーションと薬の投薬が行われ徐々にだが筋力を戻していった。


 トリアノが動き回れるようになり公爵家が明るくなった時、彼の専属医師が決定した。

 それがこのニルヴァ。

 貴族家にしては珍しい、現在医師ギルドに所属していない医師であったがその正体は医師ギルドに潜伏せんぷくしていた公爵家の内偵ないてい

 領都りょうとアークの医師ギルドの内偵を終えた彼が爵位を得てこうしてトリアノの様子を見ている。


 (ハイ・スタミナ・ポーションはもう必要ないでしょう。後は筋力や体力を戻すようにリハビリを行えば……)


 そう考えつつも足をぶらつかせる正面の子息しそくを見る。


「では私はこれにて」

「ありがとうございました」


 謝意しゃいを受け取り、そしてニルヴァは部屋を出た。

 彼はその足で自分に当てられた部屋へと向かう。

 白衣をなびかせながらも、そこへ着き、ノブに手をやり中へ入る。

 質素しっそながらもどこか気品きひんが感じられる部屋を歩いて自分の執務しつむ台へ。

 そこへ座ると今日の分の診療結果を記載きさいしていく。


 (——順調ですね。しかし……)


 パタン、と大きな冊子さっしを閉じると部屋のはしにある机の上にある瓶を見る。

 一見何も入っていないようだがそこには確かに液体が入っていた。

 そしてそれを見て、腕を組む。


「あのハイ・スタミナ・ポーション。作ったのは薬師アルケミナと言いましたか」


 と呟き考える。


 (あの透明度。不純物の無さ。見たことがない……。本当にハイ・スタミナ・ポーションか? )


 ニルヴァは医師として医師ギルドに潜伏していた。

 故にポーションに薬に様々なものを見ているのだが彼の記憶にはこのレベルのハイ・スタミナ・ポーションが無かった。


 薬もそうだがポーションも作る者によって品質がことなる。

 名工めいこううたわれる鍛冶師が作る剣と普通の鍛冶師が作る剣が違うように、品質が異なればその効果も異なる。


 通常市場しじょうに出ているハイ・スタミナ・ポーションは透明度が高い。

 しかしながらわずかににごりが見えたり、ほんの僅かな——それこそ見えないレベルの——不純物が入っていたりする。

 それは器具きぐの保存方法から始まり抽出ちゅうしゅつ蒸留じょうりゅうの仕方などにより起こるもので、これが『普通』である。

 余程の悪質なものをつかまされない限りはその効果は同じである故、医師達は気にせず使っているのだが、これは違う。


 効果が断然だんぜんに、ハイ・スタミナ・ポーションとは言えないレベルで——違う。


 トリアノの回復スピードのおかしさからすぐさま気付き、ニルヴァが検分けんぶんという名目めいもくで一本のハイ・スタミナ・ポーションを受け取りすぐさま鑑定した。だが鑑定魔法をかけてもハイ・スタミナ・ポーションと出るのみ。


 一般の薬師や錬金術師とは技師としてのレベルが違う。


 その愕然がくぜんたる差を感じつつも震えあがり、そして遠隔ながらも的確てきかくなリハビリを行わせた彼女に興味を持ち始めていた。


 (これを作ったアルケミナという御仁ごじんは一体)


 そう思いをせつつも軽く息を吐く。

 そして今後の予定を確認した。


 ★


 場所は変わりシルヴァス王国王都シルヴァスにある王城の一角。

 そこには三人の男性がいた。


 一人はアーク公爵家当主『リガエ・アーク』。

 文官服を着た男性はこの国の宰相さいしょう王冠おうかんかぶ王錫おうしゃくを持つ男性はこの国の王『バラット・シルヴァス』であった。


 白りの壁に茶色い長机を挟んで顔を見合わせる彼らの顔には緊張が見えている。

 張りつめた空気の中、ついにリガエが口を開いた。


「陛下。このたびはどのようなご用件で」


 少し軽い感じで放った言葉に宰相が少し反応するも、わずかであった。

 それはバラットとリガエの関係を知っていることに起因きいんする。

 しかし『宰相』としては面白くないのも本音ほんねであり、心の内はあまりよろしくなかった。

 だがそんな宰相の心の内を知ってか知らずか、バラットは軽快けいかいな口調で口を開く。


「このような非公式の場で陛下と呼ぶなと言っているのだが」

「幾ら非公式でも目がある以上は」


 と、ちらりと宰相の方を見る。

 だが宰相はとくに何もいわない。


「ふむ。確かに」

「……本題に入っても? 」


 頷く王に宰相が口を開いた。

 王と公爵、双方とも宰相の言葉に応じて今回の議題について催促さいそくする。


「つい先日、隣国であり友好国でもある『アグリカル王国』から一通の手紙が来ました」


 アーク公爵が「手紙? 」と軽く聞き返し、宰相が頷く。


「極秘で、病におかされた王子を治してほしい、と」

「! 」


 それを聞き驚くアーク公。


 アグリカル王国は農業や薬草などの栽培や開発がさかんな国である。

 その技術は先進的で野生で採れる薬草の数倍以上の収穫量を育てる技術を持つ。

 それに比例するかのように薬師の数も多く、高い医療水準をたもっている。


「……薬師で解決できない問題、か」

「その通りなようで」


 彼の国は薬師が多い代わりに医師がほとんど存在しない。

 医療全般が出来る薬師に加えて専門特化した医師。

 王族としても苦渋くじゅう決断けつだんだっただろうと思うと同時に疑問に思う。


「幾ら友好国とはいえ我が国に極秘依頼? 不自然極まりない」

「……恐らくアグリカル王国内の問題だろう」


 そう言い苦い顔をする王。


「第一王子派閥と第二王子派閥、ですか」

「その通り」

「今回診るのはどちらで? 」

「……第二王子だ」


 それを聞き頭を痛め、少し振るアーク公。


 第二王子は現在アグリカル王国内にて王位継承権第二位という地位にある。

 しかしその容姿端麗たんれいで誰にでも優しい性格から国民からの支持が厚い。

 よってアグリカル王国の第一王子派閥からすれば面白くない事をリガエは知っている。


 第一王子派閥からすれば今消えて欲しい人物第一位なわけだ。

 そこに治せない病気と来た。

 十中八九誰かが何かしたのがわかるが、口には出さない。


「そこで、我が国ということですか」

「もし失敗してもこちらに責任を押し付けることができる、というわけだ。全く面倒なことよ」

「しかも今回は極秘。最悪こちらが失敗し、暗殺したと吹聴ふいちょうされると今後アグリカル王国との取引にも悪影響が出ます」

「よって今回の極秘依頼。国の威信いしんをかけて達成たっせいしなければならない」


 そう聞き、緊張するリガエ。

 失敗は出来ない。

 国としても、個人としても。


「今回呼んだのはこの話をする為だ。むろん王城にいる医師を全員付けるが……念には念を押したい。リガエの三男、トリアノが治ったそうだな? 」


 バラットがそう言い、リガエが頷く。


「可能ならばトリアノを治した者も同席させたいのだが」

「陛下。どこの馬とも知れぬものを王城に、それも極秘依頼の場に呼ぶなどっ! 」

「最悪にそなえる。それについて何か問題でもあるのか? 宰相? 」


 そう言うと「いえ、ありません」と引き下がる宰相。


「陛下の言いたいことは、分かります。しかしながら彼女は医師ではございませんよ? 」


 それを聞き首を傾げる王。


「彼女は薬師です」

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