第二十三話 拒絶
女王フィオレンティーナとの話の後、三人は来客用の部屋に通されていた。飾り気の少ない室内、ミーナたちは使い込まれた鞄や背嚢を部屋の隅へと置くと、緊張を解くかのようにゆったりとしたソファの背もたれにその身を沈み込ませた。
そして一度大きなため息をついたミーナは身を起こすと、表情を引き締め直して口を開いた。
「ねえエリー、これからどうなるの?」
言葉を受けたエリーは少女同様に身を起こすと、彼女の方を見遣る。
「まだ何とも言えないわ。でも、ただでは済まない事になるでしょうね」
その表情には、普段の彼女が浮かべる余裕を湛えた笑みはなかった。エリーはそんな固い表情のまま、更に言葉を続けた。
「何にせよ、あなた達との旅はここが終点よ。こうなった以上、もう私はエリー・シャリエではなく、再びセレスティーヌ・シャルパンティエとして生きるほかないわ」
「えっ? 騒動が済んだら、一緒にラドフォードに戻らないの?」
ミーナは自身の言葉を、それが叶わぬ事だとは薄々気付いていた。更には、エリーが時折見せた厳しい態度、それが今この場で交わされている会話への序章だった事も痛いほど感じていた。
「戻れるわけ、ないでしょ」
呆れを含むように冷淡な口調で言い放ったエリーは眉間に深いしわを刻みつつ、二人に厳しい言葉を投げ掛ける。
「もうあなた達と共には居られないの。明日の朝、二人で家に帰りなさい。旅費くらいは出させるわ」
けれども、そんな言葉に対して素直に首を縦に振らずに、二人は抗議の声を上げる。
「そんな! せめて決着がつくまで付き合いますよ!」
「そうだよ! それに、何かあった時には力を合わせた方が上手くいくはずだよ!」
ジェフとミーナは立ち上がると拳を握り締めて口を開いたが、エリーの表情は半ば嫌悪にも似た顔つきに変わる。
「あなた達に居られても足手まといなのよ。ここまで私の背を押してくれた事には感謝しているわ。でも、ここから先は本当の、今までのような小競り合いとは違う、本物の戦争になるかもしれないの。自分を守るだけで精一杯で、とてもあなた達みたいな子供を庇っている余裕など無いのよ」
豹変したエリーの態度――それは予定調和だったのかもしれない――に、いよいよ二人の表情も曇ってゆく。ミーナは唇を噛み、ジェフは落胆の色をその瞳に宿す。
「どうしてそんな言い方……」
「どうしてもこうしても無いわ、今言った事が全てよ。なんなら今すぐにでも帰った方が良いかもしれないわ。明日どころか、次の瞬間に何が起こるか分からないほどに事態は切迫しているのよ。こんな異国で犬死にしたいなら、止めはしないけれどね」
追い打ちを掛ける彼女の言葉に少女の我慢は限界に達した。
「ジェフ、行こう」
落ち着き払った様な静かな一言。ミーナはそう言うとエリーに背を向けて鞄を肩に掛けた。
そしてそれ以上何も言わずに、振り返ることなく部屋を後にする。
「おいミーナ!」
そんな幼馴染を追うジェフ。彼は一度だけ悲しそうな瞳でエリーを見たが、少女と同じようにその場を後にした。
二人が居なくなった部屋、一度大きくため息をついたエリーは虚空を見つめたまま、しばらく動く事はなかった。
まだ夜も明けきらない、薄暗い時間だった。激しいノックの音にエリーは目を覚ます。
その尋常ではない音に、事の緊急性を察知すると、彼女は寝間着のままに扉の鍵を開ける。
「陛下がお呼びです! 急いで謁見の間にお越しください!」
青ざめた顔の従者は、震える声で叫ぶかのようにそう伝えると、急いで何処かへ姿を消した。
エリーは寝間着の上に外套を一枚羽織ると、早足にその場を後にした。
「一体何事かしら?」
エリーが駆けつけると玉座の周りには高官たちが、身なりも正しく集まっていた。
皆その表情は険しく、詳細を聞かずとも悪い知らせが待っている事が感じ取れた。
「セレスか、手短に二つ話すぞ。まず一つ目だ、お前の事は既に重臣たちには伝えてある。そして二つ目は……察しているとは思うが悪い知らせだ。東の諸侯たち……いや、あたしに反旗を翻した諸侯たちの軍がトゥール川を越えて南から迫っている。船団ではなく、橋を越えてこちらに来たところを見ると、西側の諸侯も相当数あちらに付いているようだな。そして、今日の昼前には都にまで辿り着くだろう。兵はおよそ五万、こちらが直ぐに用意出来るのは良くて五千だ」
緋色に染め上げられた法衣に身を包んだフィオレンティーナは、座したまま妹に状況を説明した。
「絶望的ね」
「だな。諸侯の連合軍という体を取っているようで、首謀者についてははっきりとは分からない。十中八九ジェラルドが焚付けたんだろうがな。ただし既に各方面にはセレスティーヌを擁立した新政権樹立の為の行動であると使者を送っているようだ。この状況を打開するためには、お前の協力が不可欠だ。相手方の擁立する者が偽者のセレスである事を知らしめる事が出来れば、あちらの連立も瓦解するだろう。何にせよ、一戦交える覚悟は必要になったようだ」
分かりきった事を言うな、と言わんばかりに言葉を被せたフィオレンティーナは、更に話を続ける。
「お前の予想した通りの筋書きは少々外れたな、初手からここまで過激な行動をとるとは思わなかった」
「いちいち法に則るつもりはない、という事かしら」
「そういうことになるな。とは言えあちらも一枚岩ではないはずだ、日和見主義者の兵を相手にむざむざとやられる程、こちらも甘くはないさ。防戦側であれば、数週間は持ちこたえられる算段だ」
僅かに口元を上げた女王は、胸元に留めた深紅の宝玉の設えられたブローチに手をやる。
そして、決意を固めたかのように立ち上がると、側近たちに目配せする。
「長い一日なるぞ。アルサーナの国に混乱を招く者たちを鉄槌を下すのだ!」
「「アルサーナと女王陛下に栄光あれ!」」
君主の言葉を受け、臣下たちは忠誠を誓う声を上げると、いよいよ始まる戦いに備え、彼らは忙しく各々の役目を果たし始めた。
その様子を直面し、エリーの表情は殊更に固くなっていった。
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