第十八話 師

 セレスティーヌ・シャルパンティエ、アルサーナ王国第二王女は十五回目の誕生日を迎えた。彼女の成人を祝うために開かれた催しには諸侯を始めとした有力者が集っていたが、その姿も既に疎らとなり、宴は終わりを告げようとしていた。

 別れの挨拶に来ていた者たちの、最後の者を見送ったセレスティーヌは息苦しさから解放されたかのように大きなため息をついた。

 すると、そんな彼女の後方から男の声がする。


「セレスティーヌ様」


 不意に呼ばれた王女は蒼い双眸を声の方へ向ける。その先には、美青年という言葉がこれ程までにも似合う者は居ない、という程に整った顔立ちの男が立っていた。

 湖水色の法衣を身にまとった彼は、見た目の年齢よりも落ち着いた雰囲気を漂わせ、彼女の瞳を見つめ返した。


「先生!」


 先生と呼ばれた人物――その名をジェラルド・アルフォン・ガルニエという――は、柔和な笑みを浮かべると、セレスティーヌの手を取ると口づけをする。

 すると姫の頬が僅かに赤みを帯び、先ほどまでの作り笑顔とは異なる、柔らかな表情へと一転した。


「お誕生日おめでとうございます。そして、成人おめでとうございます」

「ありがとうございます。これからも立派な王女として、そして父や姉の助けになれるよう精進致し……」


 言葉を言い終えない内に噴き出すセレスティーヌは、目を細めてクスクスと笑い出した。


「誕生日を迎えたからと言って何かが急に変わるわけでも無いのに、どうしてこんなにかしこまってるんでしょうね。また明日が来れば、普段通りの生活に戻るっていうのに」


屈託なく笑う姫を見ていたジェラルドは何とも上品に微笑んだが、その表情に一抹の寂しさを含ませた。それに気づいたセレスティーヌは笑うのを止めると、師の、どこか憂いを含んだようにも見えるその青い瞳を見つめる。

するとジェラルドは呟くように言葉を漏らした。


「アンジェリーヌ様が生きておられたら、セレスティーヌ様の成長をどんなにお喜びになられたのでしょう」


 ここから更に遡る事、約六年。第一王女フィオレンティーナが成人を迎えた日、姉妹の母である王妃アンジェリーヌは命を落とした。宴の最中、国王の命を狙う刺客の凶刃に身を挺した彼女は、夫の命と引き換えに自身の生涯に幕を引いた。

 眼前で母を失ったセレスティーヌはその悲しみをばねとして、残された父と姉を守るために今日この日まで、甚だ王女が受けるべきとは思えない教育や訓練を自身に課してきた。

 その事を誰よりも知っているジェラルドは六年前の悲劇を思い出し、また王女の血の滲む努力を知っていたからこそ、憐憫にも似たやり切れない表情を浮かべたのだった。

 けれども、セレスティーヌは落ち着きながらも凛とした面持ちで言葉を返した。


「母上の死は悲しい事でしたが、乗り越え、未来を創る事が遺された私たちの責務です。それに母上が生きていたら、今の私は無いかもしれません。たらればでは無く、前向きな姿勢を持ちましょう」


それを聞いた彼は嬉しそうに目を細めると、小さく頷いた。


「仰る通り、遺された私たちには国や民を守る責務があります。そしてその為には優れた指導者やその指導者を支え、守る者たちが欠かせません。セレスティーヌ様はこの国の未来の為に、必ずや必要になるお方です。今後のご活躍を期待しております」


 教え子の成長を喜ぶかのように言うと、ジェラルドは深々と一礼した後に顔を上げた。

 するとセレスティーヌはもう一歩近寄ると、その薄紅を差した唇を彼の頬へと寄せる。


「ありがとうございます、これも先生のおかげです。出来る事なら……」


 言葉と共に僅かに身を引いた姫はそう言い掛けたが、視線を逸らすと首を大きく振った。


「何でもないです。今日はもう疲れましたわ、一足先に休ませて頂きます」


 続く言葉を飲み込むと一礼し、高鳴る胸の鼓動を聞かれぬように、セレスティーヌは足早にその場を後にした。

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