第47話:セントラルランドからの招待2

 セントラルランドは、今まで見てきた街とは一切毛色が違う、優里にとっては不思議な街だった。

 まず、建物の大きさがおかしい。優里が知っている建物はせいぜい三階建て程度だが、見た感じ二十階以上の建物もありそうな雰囲気だ。そもそも自分が立っている場所も地面との距離がありすぎて目眩がしそうだった。

 草木はあるものの、どうも街が出来た後から植えたようで、道に規則正しく並べられている。

 高いビルの壁には巨大なテレビの画面のようなものがつけられており、眩しい映像が流れていた。

 道路はどうも人が歩く道と車が通る道が分かれているようで、道が交差する部分には一定置きに色が変わる不思議なライトが立っていた。

 航空機は高い建物の屋上に着陸したので、優里はそこから暫く街の様子を眺めていたが、動き続ける街の風景に圧倒される。

 テイル王国は土地ごとに文化が違うというが、ノースキャニオンと比べると最早別世界だ。

「この建物が今回私たちが泊まるホテルです。優里お嬢様のご両親もここにいますよ」

「お父様と……お母様が」

 テレビ電話をした時はまだ記憶がなかったため、両親に会ったという気持ちにはなっていなかった。

 ようやく二人と再会できると思うと僅かに胸が高鳴る。

「手続きは愛子と私でする。奏人、二人で顔を出してきなさい」

「はい」

 響は屋上の扉の前で待ち構えていたホテルマンからカードを受け取ると、愛子と共に足早に階段を下りていく。

「あの、ホテルというのはどういった施設なのでしょうか」

「宿泊施設……寝泊まりをするための場所です。ベッドやトイレ、風呂、洗面台などの設備が部屋ごとに設けられていて一時的に滞在することができます。御主人様……優里お嬢様のご両親はその中でも特別大きな部屋にいるそうですね」

 優里も、カードを受け取った奏人と共に階段を下りていく。

 赤い絨毯に、左右に並んだ扉。心が落ち着くようないい香りがし、微かに優雅な音楽のようなものも聞こえてきた。

 屋敷と比べると廊下の幅は狭いが、広さでいえばワンフロアだけで考えてもこのホテルの方が広いかもしれない。

「3010号室……こっちか」

 壁にかけられた案内標識を見ながら進む奏人についていけば、「3010」というプレートがついた他の部屋よりも一回り大きな扉が現れた。

「ここが……」

 この部屋に、両親がいるのか。優里ははやる気持ちを押さえて部屋の隣に備え付けられたインターフォンを鳴らす。

 すると三十秒ほどしてガチャリと扉が開いた。

 そこにいたのは、優しい顔をした男性で。

「優里!」

「お父様……お久しぶりです」

 優里は頭を下げ、思わず父の胸へと飛び込んだ。

「お母様も」

「もしかして……記憶が戻ったの?」

「はい」

 奥の椅子に座っていた優里の母も席を立って優里の前に屈んだ。

 自分を抱きしめる父と母の匂い。それはずっと昔に包まれたことのある匂いだ。

 人に対してとことん甘い父と、そんな父を支えようとする母。母の表情は硬いが、それはきちんとした夫人であろうと気を張っているからだと知っている。一緒におやつを食べている時にはとても幸せそうな顔をしていたから。

「全部ではありませんが、ドラゴンテイルに隠されていた記憶をこの青龍の鱗が取り戻してくれました。あとはこの痣だけ、です」

 そう言って、青龍の鱗が付いたネックレスを撫でる。 

 赤龍に襲われた時も守ってくれたネックレスは、この先何があっても外してはならないだろう。


 中に招かれ見渡してみれば、優里の部屋と同じくらいの広さの部屋が広がっていた。

 左側の壁に置かれた二人用の巨大なベッド。鏡のついた立派な机にテレビもある。大きなテーブルの周りには椅子が四つあり、優作は二人を奥の椅子に座らせた。奏人の手伝いを拒んで、自分でケトルでお湯を沸かして紅茶を淹れる辺りの妙な頑固さは優里と似ている。

 ティーカップを受け取った優里に灯里は、

「本当に、素敵な女の子になったわね」

 と、無表情ながらも感極まったように告げた。

「いえ……全部、詩織さんのお陰です。集落で灰被りと呼ばれていたボロボロの私をここまで綺麗に磨いてくれて、姿勢やマナーについても一から教わりました。奏人さんにもたくさんの勉強を教わったので読み書きもスムーズに行えるようになりましたし、知識も増えました。本当に……人に恵まれたからこそ今の私がいます」

 もし彼らがいなかったら……というのが考えられないほどに、充実した日々を送ってきた。勿論苦しいこともあったが、それでも今こうして両親の前に出ることができた。

「それはよかった……それで、一体どんな生活を送ってきたんだい?」

 父に尋ねられ、優里は屋敷へ戻ってきたことを思い返す。最初は自分の置かれた状況が信じられなかった。

 普通の人間以下のような扱いを受けてきた自分が、手取り足取りなんでもしてもらうようなお嬢様になったことが信じられず、悪夢もたくさん見た。

 しかしみんなで夕食を食べたり、ノースキャニオンまで足を運んだり、奏人と街へ出たり、ウェストデザートの輝夜たちと交流したり、サウスポートの二人とぶつかりながらも打ち解けたり。そういったことがあって、自分が「優里・イーストプレイン」だという自覚を持つことができた。

 今まで支えてくれた人に恥じぬよう、立派なお嬢様になりたいと思った。

 その中でも印象に残ったものをかいつまんで話していく。

「あとは……シルル市の商店街に出た時には新しく目にするものばかりでドキドキしました。人が多くて不安だったので奏人さんには手を繋いでもらって」

「へえ……手、ねえ?」

 灯里夫人が奏人をじっと見つめると、奏人は

「優里お嬢様、あまりその話は……」

 と止めようとするが、優里は何がいけないのか分からなかった。もしかして、使用人と手を繋いではいけなかったのだろうか。

「それで、その時にクレープ屋さんを見つけて、クレープを食べたんです。イチゴと生クリームのクレープがとても美味しくて……後日千尋さんと二人で作ってみました」

「はは、優里は小さい頃からイチゴが好きだったよねえ」

「そうだったんですか……?」

 それは、記憶になかった。五歳の頃のことだ。全てが思い出せるわけではない。

「なんなら今から食べに行こうか? イチゴの美味しいパフェがあるカフェがあってね」

「カフェ……?」

 また、優里の知らない単語が出てきた。

「御主人様、いくらパーティーが明日とはいえ、不用意に街に出られるのは……」

「奏人は心配性だねえ。大丈夫、そのカフェには仕掛けもあるし、ちょっとした気分転換だ」

 優作の言葉に奏人は心配そうに優里を見る。やはり将斗との一件があってから不安が抜けないのだろう。

 優里はなるべく奏人を安心させようと微笑み、カフェという見知らぬ単語に心を躍らせた。

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