第14話:灰かぶりを育てた集落へ4

 車に戻り、詩織が運転席、奏人が優里の隣へと位置を入れ替える。運転はサンチェス家が交代で行うようだ。

「あなたって、随分と悲惨な場所で暮らしてきたのね」

 舞紗は集落の方を振り返りながら優里に尋ねる。生まれてからずっと自分の屋敷でメイドや執事に囲まれ暮らしてきた舞紗にとって、あのように何もない集落で、さらには民衆に蔑まれながら生活してきたなど想像し難いことだった。

「そう……ですね、でもそんな生活を送っていたから今の暮らしがいかに幸せか分かるのです。優しい人に囲まれて、勉強をしたり本を読むことができて、温かいお風呂やお布団があって、食事は美味しくて……それって本当に幸せなことです」

「幸せ……か」

「舞紗さんは、今の暮らしはどうですか?」

 優里に尋ねられ、舞紗は俯く。そして頭に被っていた赤い頭巾をぎゅっと引っ張った。

「私は、今の暮らしを幸せと感じたことはないわ。お父様もお母様も争ってばかりのお兄様への対処が精一杯でもう何日もお父様たちと話していない。使用人だって龍の話をしても全然聞いてくれないし……だから、森にいる虎徹だけが私の遊び相手だった」

 屋敷で多くの使用人に囲まれても、彼女は孤独だった。

 それを聞いた優里は首を傾げ、

「舞紗さんは……お父さんやお母さんとお話がしたいのでしょうか」

 と、言った。

「え?」

「だって虎徹さんという遊び相手がいるのに幸せを感じないというのは他に理由があるということです。それはきっと……ご両親とお話しできないことなのではないか、と」

 優里には本当の両親の記憶はない。ただ舞紗がどこか寂しげであるのは……自身の両親に関係しているように思えた。

「そ、そんなこと……」

「大丈夫です、今はご両親も忙しいのかもしれませんがきっと話せば分かってくれるはずです。だから……その、諦めないでください」

 優里の言葉に舞紗は視線を彷徨わせたが、やがて小さく頷いた。

「そう……してみる。優里さんがそうしていたように」

 舞紗は実の継母に向き合う優里を見ていた。その姿に少しは勇気づけられたのかもしれない。


「次は、どこにいくの?」

 舞紗は暫く黙っていたが、やがて窓の外を見て運転手である詩織に尋ねる。

「銀髪の女性というキーワードが見つかったのだからそれを調べるわ。そのためにもこの土地の長には会っておかないとね」

「う……」

 この土地の長……それは舞紗の父、ノースキャニオン伯爵のことだろう。向き合おうと決心したところであるが、早くも彼女は自分の家に戻らなければならない。

「ねえ、銀髪の女性はなんで優里さんを選んだのかな。私でもよかったよね? 二歳の私をあの集落に連れていっても簡単にはバレないよ」

「これは……あまり言いたくないが、銀髪の女性がお前の身内という線もあるな」

「え……」

「ノースキャニオン家の人間の誰かが黒龍を沈めるための人質が欲しく……でも身内からそんなもの出すわけにはいかないからイーストプレインの優里お嬢様を狙った。何故ウェストデザートやサウスポートのお嬢様でないかという話はあるが、ウェストデザートはガードが硬いしサウスポートはノースキャニオンの正反対に位置する場所。イーストプレイン家を狙うのも納得がいく」

 そんなはずは……と虎徹が呟くが彼にも絶対違うという否定の言葉は出せないようだった。

 奏人の仮説はある意味現実的で的を射てはいた。


「そもそも……優里お嬢様?」

 続きを言いかけた奏人が隣の優里の異変に気づき顔を覗く。優里の息は浅く、そして胸を抑えている。一目でいつもの発作だと分かった。

「ごめ、んなさ、い……」

「精神的にも十分に疲れることをされていましたし、反動もあるんでしょうね。大丈夫、いつものようにゆっくり深呼吸しましょうか」

 奏人は優里の背中に手を回して自分の方に引き寄せると、呼吸に合わせて背中を叩いた。詩織も車を止めて心配そうにその姿を見つめている。

 優里は目を瞑り、必死に呼吸を整えようとしているが、どうも身体が震えてうまくいかないようだ。

「もしかしてずっと我慢されていました?」

「……ここへきたときから、すこしずつ……へんになって……でも……なんとかたえたと、おもったんです、が」

 我慢した結果、余計に発作が酷くなってしまったようにも見える。

 奏人はそれに気づけなかった自分が悔しかった。ずっと顔色を伺うようにしていたのに、彼女の無理が一つ上をいってしまったようだ。

「……こわい」

 と、優里が小さく呟く。普段から全く弱音を吐こうとしない彼女からそんな言葉が出てくるのは珍しいが、そもそも普通なら集落に入る前に口にしてもいい言葉なのだからやはり優里らしい。

「大丈夫ですよ、ゆっくり息しましょう」

 無理に息を吸おうとしてしまうと今度は過呼吸になってしまう。

 なるべく身体の力を抜くように……抜いてもいいように、と根気よく撫でていれば、やっと優里の力も抜けてきた。

 そこを抱き寄せて、身体を支える。そして髪を梳くように優しく頭を撫でた。


「あの、私……ちゃんとお嬢様、できていましたか?」

「はい、完璧なご令嬢でしたよ」 

「よかった……」

 奏人の言葉で、優里の目に涙が溜まっていく。泣くところが全く違うような気がするが、こんなところで涙を流してしまうのがまた彼女らしい。

「さ、おやすみください。到着はまだまだ先ですから」

「はい」

 とはいえ、優里の頭を奏人の膝に乗せて寝かせようとすると流石に狭い。するとトランクの方から急に声が聞こえた。

「おい、もう一人くらいだったらここ入れるぞ」

 と、それはずっと待機をしていた絢音の声だ。もう一人入れる……とはいえ、詩織は運転をしなければならないし、奏人も優里からは離れられない。愛子ももしも外敵が現れた時のためにこうして助手席にいるため動くのは良作ではない。

 その策は難しくないか……と奏人が思っていると、

「じゃあ私行くわ!」

 と、舞紗が手を上げた。

「お嬢様? しかし……」

「大丈夫、私と虎徹の二人で後ろにいってそっちの人に前来て貰えばいいじゃない。私たちはもう逃げも隠れもしないし。どう?」

「まあ、そうしてもらえるなら助かるが」

 優里はもうぼうっとしており早めに楽な体制にさせてあげたかった。

 舞紗と虎徹が後ろに行きトランクに入ると、絢音が後部座席に座って体を伸ばす。優里は広くなったスペースで横になることができ、すぐに目を瞑った。

 起きて意識がはっきりとすれば申し訳なさそうな顔をするだろうがこの処置は仕方がない。

 そうして、七人を乗せた車は夜の渓谷を走り抜けていく。

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