第12話 痛い領民を治します

「キャンバル様。連れて参りました」


 ジェラルドさんが連れて来たのは――――バロンくんのお父さんである。


「お、お久しぶりでございます」


 深々と頭を下げる。


 未だ右足には痛々しく包帯が巻かれており、おじさんも少し気まずい表情で入って来た。


「今日はどうしてここに来て貰ったのか分かりますか?」


「…………」


 おじさんは急にその場で土下座をして、頭を地面に擦りつけた。


「バカ息子がキャンバル様にとんでもない事をしてしまい大変申し訳ございませんでした! 本来ならもっと早く来るべきでしたが、事情を知らず…………」


「おじさん? 違うよ?」


「へ?」


 ポカーンとした表情で顔を上げるおじさん。


 僕は座っていた椅子の隣にあるベッドを優しく叩きながら、「こちらに横たわってください」というと、不思議そうな顔色のまま素直にベッドに横たわってくれた。


「では失礼」


 すぐにセバスお爺さんがおじさんの目元を隠す。


 これは僕の魔法の力を隠すためであり、決して怪しいものではない。


 でも、目隠しをされたおじさんは全身を震えだして、みるみるうちに全身から汗が噴出した。


「い、いったい、俺はどうなるのでしょうか。どうか息子の命だけは…………」


「お静かに」


 セバスお爺さんが落ち着かせている間に、僕は手のひらに魔力を込め始める。


 本来魔法は詠唱というモノが必要らしいけど、僕は詠唱を唱えなくても何故か使えるので、そのままおじさんの足に回復魔法を与える。


 名前は『ヒール』というらしいけど、普通のヒールとも違って、どんなケガも瞬時に回復させる事ができるのだ。


 おじさんの右足に光を当てて数秒、僕の手のひらに伝わる感覚から、ケガが全快した事が伝わってくる。


 魔法を終えて、僕を見つめるセバスお爺さんに頷いて返す。


「ごほん。終わりました」


 ゆっくりと目隠しを取ったおじさんは何が起きてるのが理解できないようで、セバスお爺さんと僕を交互に見つめる。


「足はどうですか?」


「へ!? あ、足は――――あれ? 痛くない?」


「ゆっくり立ってみてください」


 僕の言葉通りにベッドから恐る恐る右足をベッドの下におろす。


「っ!? 痛くない!?」


 両足で立ち、その場で足踏みをしても痛そうにしてないのを見ると、回復に成功したようだ。


「ごほん。ここであった事は全て秘密とします。良いですね?」


「は、はいっ!」


「これからもご子息を大切にしてあげてください」


「もちろんです!」


 おじさんの目には大きな涙が浮かんで、何度も頭を下げ続けた。


 元を言えば、キャンバルさんが起こした事件なのに、僕に感謝するというのも不思議な感じだが、今となってはそれもどうでもいいのかも知れない。


 僕は帰っていくおじさんを見送りながら、おじさんの気持ちをずっと考えた。


「キャンバル様。どうかなさいましたか?」


「おじさんはどういう気分なんだろうと思いまして」


「…………」


「昔の僕が負わせた怪我なはずなのに、治したのが僕だとは知らないはずだけど僕にも頭を下げていたから……」


 僕にはおじさんの気持ちがどんなモノか全く想像もつかない。


「彼の気持ちは彼しか分からないはずです。ですが、彼の涙は――――あの嬉し涙は本物だと思います。今のキャンバル様を恨んでいるような素振りは全くありませんでした」


「そうでしたね。領主様ってこういう事をするのですかね?」


「っ!?」


 セバスお爺さんとジェラルドさんの表情が曇ってくる。


 しかし、セバスお爺さんが拳を握りしめながら、僕を真っすぐ見つめてきた。


「キャンバル様。失礼ながら発言させてください。はい。その通りでございます。領主は民を守り、民は領主を敬う。それこそがインハイム家が辺境伯としてこの地で守っている信念でもあります。そして、キャンバル様はその長男。どうか、インハイム家の信念を貫いてくださいませ」


 そう話しながら二人は僕に跪いた。


 セバスお爺さんが何を言っているのか、僕には良くわからない。


 でも、


「僕。昔からずっとベッドで寝ていて、それが当たり前で、母さんもそんな僕を見て無理して笑ってました。だから、もう僕のせいで誰かが泣くのは嫌です。みんな笑って欲しいです。アレクお兄さんもおじさんもバロンくんもセレナちゃんも。みんなみんな笑える町にしたいです」


「「キャンバル様…………」」


 笑って欲しいのに、二人の目からも大きな涙がこぼれ始めた。


「セバスお爺さん。ジェラルドさん。僕……まだまだ分からない事だらけですけど、沢山教えてくださいね?」


「はいっ…………」


 でもセバスお爺さんは最後まで答えなかった。

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