羊は今日も忙しい

さとすみれ

1話完結

 羊は今日も忙しい。なぜかというと夜に、人間に呼ばれるからだ。正確に言うと子供に。今日も夜になるとたくさんの家から呼び出しがかかる。


「うーん……」

「寝れないの?」

「うん……」

「羊を頭の中に思い浮かべて数を数えてみて。すぐ寝れるわよ」

「……やってみるー!」

(えーっと、羊……。羊が一匹……羊が二匹……羊が三匹……)


 ほら、こうやって話している間も。


「おいっ! 〇〇さんのおうちが数え始めたぞー! グループC移動せよー!」

「おー!」


 僕たち羊は十匹前後のグループで活動している。部屋の中で草を食べたり他の羊たちとお話ししながら待機し、呼び出しがかかるとその家まで飛んでいくのだ。そしてその家で数えている人が寝るまで頭の中でぐるぐるするのだ。十匹だと休憩をとりながら回れるのだ。さっきは隣のグループが呼ばれた。次は僕の……。


「〇〇さんのおうちが数え始めたぞー! グループD移動せよー!」

「はーい!」


 呼ばれたっ! よし! 回ってくるぞぉ!


 ♦︎ ♦︎ ♦︎


 最近忙しくなくなった。子供たちに呼ばれることがないのだ。昔は毎日呼ばれていたのに、今は三日に一回程度だ。それをリーダーの羊に聞いてみても「知らなくていいことだ」と言われるだけだ。子供たちが僕達を呼ばなくても寝れるようになったのかなぁ。だから僕は呼び出しがかかったタイミングで部屋を飛び出した。そして仲間の羊に向かって言った。


「ちょっと今日、調べ物してくるわー」

「え? あとでバレたらどうするんだよ!」

「それはその時ー! あとで合流するから安心してー!」

「えっ!」

「え、ちょっと待ってよ」

「絶対やばいって!」


 みんなが呼び止める言葉を口々に発する中、僕はみんなとは逆の方向に向かって飛び始めた。真相を突き止めるんだ!


 向かったのは今まで毎日のように羊を数えてくれた子供達の元。どうして数えてくれなくなったんだろう……。窓から中を覗いてみるとそこにはお母さんと一緒に寝ている子供の姿。なぁんだ……寝ているだけか……。僕達を数えなくても寝れなくなったのかぁ。と思った瞬間、部屋から音が聞こえた。


「きらきら光る 夜空の星よ〜」


 お母さんの声かと思った。しかしお母さんは寝ている。口も動いていない。どういうことだろうと思いつつ、僕は別の家に飛んだ。


 別の家でも同じだった。流れてきた曲は「きらきら星」ではなく「とんぼ」だったが。お母さんは歌っていないのに音だけが流れてくる。


 もう一軒別のお家に行くと、驚くことがあった。機械に向かって声をかけているのだ。すると、音楽が流れる。また声をかけると別の曲が流れる。


 僕は疑問に思いつつみんなの元に合流した。


 子供の頭の中で回った帰り道。僕はみんなに言ってみた。


「お母さんとか子供が歌ってないのに部屋から音が聞こえたんだ。そして、何かに話しかけたら音楽が止まって別の音楽に変わったりしたんだ……。これはどうしてだと思う?」

「うーん。僕にはわかんない」

「私もー」


 ほとんどの羊がわからないと言った。しかし、一匹だけわかる羊がいた。


「それ俺わかるかもしれない! 人間の世界で使われ始めた「スマートフォン」とかいうやつじゃないか? それがあれば連絡を取り合ったり、音楽を聞けたりするらしいぞ!」

「すまーとふぉん?」

「そうだ。らじおとかよりも小さいらしいぞ!」


 よく分からない言葉が多く出ているが……。まぁ、いっか。


「そんなのがあるんだ。それでその「すまーとふぉん」と音の関係は……?」

「その機械から音が出てるんだよ! ……まさかそれが原因で俺たちが呼ばれなくなったとか言わねぇよな?」

「もしかしたらそうかもしれない。僕たちを今まで呼んでくれた〇〇さんのお家も〇〇さんのお家もみんな音が聞こえてきたんだ!」

「〇〇さんのお家もか?! あの家は毎日僕たちを数えてくれたのに……」


 みんなが悲しい顔に変わったのがわかった。僕たちが呼ばれなくなった理由が分かってしまったからだろう。僕たちの誕生は人間が数え始めたことから始まった。そして僕たちの終わりは人間の文明が進んだことと関係がある……。


「人間が僕たちを生んで、人間が消していく」


 一匹の羊が呟いた。


「もう僕たちも終わりだな」


 別の一匹の羊が呟いた。みんなの悲しみは僕にまで伝わってきた。


「知らなくていいことってこういうことなのかな」


 僕も呟いた。何匹か羊が振り返ったがすぐに顔を戻した。僕たちはこれからどうなるんだろう……。


 ♦︎ ♦︎ ♦︎


 「おい! 〇〇さんのお家が数え始めたぞー! 元気に行ってこーい!」

「はーい!」


 あれから一年。僕たちは今日も忙しい。理由はひとつ。人間が文明を使っても子供は寝ないことを知ったからだ。段々呼ばれる回数は増えていって、今は昔と変わらないぐらいまで復活した。


「Dグループ! 〇〇さんの家だ! 行ってこいっ!」

「はーいっ!」


 さぁ、今日も子供達を寝かせるために働いてきますか!

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羊は今日も忙しい さとすみれ @Sato_Sumire

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