召使いと青いバラ

ミドリ

バラ園未解決事件

 青の魔法使いレナードは、困っていた。


 召使いのリーナが大事に育てていたバラ園に咲く青いバラだけが、一夜にして枯れたからだ。


「もう少しで開花だったのに」


 しょんぼり項垂れるリーナを見て、レナードはもう一度彼の唯一の弟子、クルトに尋ねた。


「本当にお前は何も知らないんだな?」


 完全に疑いの目で見られたクルトは、恐ろしく見目麗しい所為で怒ると普通の人よりも遥かに怖く見えるレナードを見、黒髪をブンブンと横に振り回した。


「本当だって! 信じてくれよな、師匠!」


 相変わらず言葉遣いはなっていない。レナードは深い溜息を吐くと、リーナを振り返った。普段は快活なリーナの茶色い瞳には、今は薄っすらと涙が滲んでいる。こんなに悔しがるリーナなど、一年を共に過ごしたが一度も見たことがなかった。


「リーナ、その……元気を出せ」


 普段は尊大な態度を崩さないレナードも、打ちひしがれたリーナの様子に戸惑うしかない。


「別の色では駄目か? 他の色のバラなら咲いているだろう」


 リーナの顔を覗き込むと、とうとうリーナの瞳から涙が溢れ、頬を伝ってしまった。レナードは焦った。人生でこんなに焦ったことなど記憶にないほど焦った。


「リーナ! その、今日は休暇をっ」

「別に要りません」


 グス、と鼻を啜るリーナ。レナードは必死で考えた。女性が喜ぶものなどこれまで考えたこともないから、何をすればいいのか分からない。


「ええと、そのだな……」


 すると、レナードよりも対人能力の高いクルトが、リーナの肩に軽々しく手を乗せ笑顔で慰め始めた。


「リーナ、元気出せよ。ほら、俺がリーナの大好きな花を摘んできてやるからさ!」


 ついこの前までリーナと同程度の背丈だったのに、彼の身長は数ヶ月ですくすく伸び、今では彼女より頭半分は高い。


「な、だから泣くなって!」


 相手は子供だと思っていたが、こうなると俄然面白くない。だが、何が面白くないのかがレナードには分からない。とにかく二人が共に笑い合っていると、レナードの腹の中は不快に煮えくり返った。


 咄嗟に何も考えられず、とにかくリーナを弟子の腕から奪い返す。


「クルトは修行があるだろう! 昨日の続きは出来たのか!」

「あ、やっべー」

「すぐに取りかかれ!」


 レナードが指示を下すと、クルトはチラチラと二人の様子を振り返りながらも、研究室へと戻っていった。


 残されたのは、どうしていいか分からないレナードと、腕の中できょとんとしているリーナ。


「その……丁度ほうきの試運転をしようと思っていた。だから、空から代わりの青いバラがどこかにないか一緒に探さないか?」


 レナードの提案に、ようやくリーナの顔に笑みが戻った。



 箒という選択は、間違っていたかもしれない。飛び始めてすぐ、レナードは後悔し始めていた。


 なんせリーナは箒に跨ったことなどない。うまく跨がれないのでレナードの膝の上に座らせたのはいいが、とにかくあちこちが柔らかくて落ち着かないのだ。


 自分の心臓は一体どうしたのか。レナードは激しく動揺しながら、眼下の群生するバラの中に青い色を探した。だが、どれも赤や白ばかりで、青はない。


「青はありませんね」


 リーナは、レナードの腕に抱えられながら残念そうに呟いた。


「……青の何かがあれば」


 自分の長い青の髪が目に入る。レナードは髪の一部を掴むと、魔法で掴んだ部分を切り取った。


「レナード様!? 髪が!」

「大したことではない」


 宙に浮いたまま、杖で魔法陣を描く。その中心に切り取った青い髪をフッと吹き付けると、魔法陣が青く光った。


 髪の毛を吸収した魔法陣は、大きく広がっていく。広範囲に膨らむと、バラ目掛けて青い光が降り注いだ。キラキラと粒子が舞い、色とりどりのバラが青一色に変わる。


「青いバラ!」


 リーナが嬉しそうに笑うと、何故かレナードも嬉しくなり釣られて笑った。


「降りよう」

「はい!」


 青いバラが咲き乱れる地面に降り立つと、リーナは目を輝かせながら籠に花を摘み取っていく。夢中な様子に、レナードはホッと胸を撫で下ろした。


 籠をバラで一杯にしたリーナが、笑顔で戻ってくる。


 そして、籠をレナードに手渡した。


「レナード様、お誕生日おめでとうございます!」

「――え?」

「昨年はこちらにお世話になりたてで何も用意出来ず……なので、一年かけて育てていたんです。レナード様と同じ青のバラを」


 枯れちゃいましたけど、と苦笑するリーナ。


「なのに髪の毛を……すみませんでした」

「リーナ……」


 誕生日など、忘れていた。誰も祝うことなどなかったからだ。それなのに。


「ひゃっ」


 腕の中に、リーナを抱き寄せる。愛しさがこみ上げてきた。


「レナード、様……?」

「ありがとうリーナ」

「ど、どういたしまして」


 リーナの温もりを感じながら、レナードはここ最近レナードを悩ませていた感情が何かをようやく悟った。



 後日、レナードはバラ園の記憶を探る。


 判明した事実にレナードは愕然とし、――リーナには黙っていることにしたのだった。

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