学園のマドンナと、エ〇チの声を録音しています。

森林梢

第1話

『祐樹くんっ、んぁ、あ、あたし、あたしっ……! っあぁっ! イくっ! イっちゃ――――ッ!』


『俺もっ、もう、限界……! 気持ち良すぎて――っあぁっっっ……!』


ほとんど同時に、二人とも、身体の奥底でほとばしっていたものを、全て出し切った。

荒い息づかいと、背徳的はいとくてきな湿り気が、室内に充満している。


「「……」」


眼前の少女と目を合わせてから、ノイズが入らないよう注意しつつ、録音終了ボタンを押す。


「……よし。収録完了だ」


軽く伸びをする俺の方へ、少女がおずおずと寄ってきた。

つややかな黒の長髪。

瑠璃るり色の澄んだ瞳。

整った目鼻立ち。

出る所は出て、引っ込む所は引っ込んだ抜群のプロポーション。

白亜はくあのごとく、きめ細かな肌。

たおやかな手足。

沢樹明音さわきあかね

俺、梶智浩かじともひろと同じ高校に通うクラスメイトだ。

彼女は伏し目がちに尋ねてくる。


「ど、どうだった? 変じゃなかった?」

「……はっきり言おう」


声音を低く、硬くした瞬間、両肩を跳ねさせる沢樹。

俺は遠慮なく本音を言い切る。


「めちゃくちゃ良かった!」

「び、ビビらせないでよ! 毎度毎度、心臓に悪いって!」


言いながら、沢樹は頬を綻ばせた。



俺と沢樹は、官能小説の朗読動画を、YOUTUBEにアップロードしている。

目的は、声優になるための実績作りだ。

声優業界は実力主義。圧倒的な実力さえあれば、高校生であろうと、第一線で活躍することも可能である。

しかし、我々は地方在住の高校生。

加えて、一般家庭より世帯収入は少なめ。

東京で一人暮らししながら、養成所に通う経済的余力はない。

かといって、大学に進学してから本格的に活動を始めるのは遅すぎる。

だから、まずは個人で出来る範囲から、実績を作ることにした。

そこで始めたのが、官能小説の朗読だ。

最初は一人でスタートした。

男の荒々しい声も、女の艶めかしい声も、一人で演じていた。

その一部を切り抜いた動画が、TIKTOKでバズった。

嬉しい反面、そのせいで、沢樹に正体を知られてしまった。

どんな強請ゆすりを受けるのかと怯える俺に、彼女は言った。



『私も、貴方のチャンネルに出演させてほしい』と。



沢樹が参加するようになった直後。また動画がバズった。

彼女の声は、嫉妬するくらい素晴らしかった。

おかげでチャンネル登録者は倍増。

 声優事務所に自分たちを売り込む実績としては、申し分ない数字を獲得するにいたった。

正直、この活動も潮時しおどきかなと思ってはいるが、収益がそこそこあるので、おいそれとは手放せない。

官能小説以外の朗読もしたいけど、視聴者が離れていきそうで怖い。

こうやって、人間はアルゴリズムの奴隷になっていくんだろうなぁ……。

ちなみに。

仮に未成年が官能小説を読んだとしても、法的な問題は特にない。

ただ、モラル的にはよろしくないので、表向きの年齢は、俺も沢樹も【20代前半】ということにしている。



「うし、今日の記録、完了!」


エンターキーを、ッターン! と軽快に叩く。

隣の沢樹が小さく拍手した。

日々の記録をしているのは、自分たち専用の資料を作るためだ。

『こういう所が自分たちの強みです』と一目で理解してもらえるよう、日々情報をアップデートしている。


「……ちゃんとえ声であえげるってのは強いよなぁ~」

「へ?」


俺の呟きに、首を傾ける沢樹。


「梶君も、女性の声、出せるよね?」

「確かに出るけど、やっぱり限界はある。沢樹みたいな可愛い声は出ないよ」

「……そ、そっか」


称賛に、沢樹は頬を染めた。

しかし、心の底からは笑っていない。

いつも一緒にいるからこそ、読み取れてしまう。


「今日、元気ないな」

「……分かる?」

「あぁ。なのに、演技の時はそれを出さないなんて、凄いよ」

「へへ、そんなの、当たり前だって」


微笑む沢樹に、俺はおそるおそる聞く。


「……ひょっとして、朗読、嫌になった?」

「えぇ!? ち、違うよ!」


慌てた沢樹が、何度も首を横に振る。


「この活動、楽しいし、評価してもらえるのは嬉しい。……下世話な話だけど、チャンネルの収益があれば、お母さんに負担かけず、大学に行けるし」


その表情に、少しだけ苦みが混じった。


「……でも、これが声優の仕事に繋がっていくビジョンが、まだ見えないっていうか」


なるほど。気持ちは分かる。


「ぶっちゃけ、俺も完璧には見えてない」

「えぇ!?」

「けど、絶対に無駄じゃない」


きっぱりと断言。

沢樹が、眼差しで根拠を聞いてきた。


「俺はさ、【実った努力は魔法の杖で、無駄な努力は棒切れ】だと思ってるんだ」

「ど、どういう意味?」

「棒切れじゃ、魔法は使えない。けど、倒れそうになった時の支えにはなる」


たとえ、今やっている活動が棒切れになったとしても、【声優になる】という夢を諦めそうになった時の支えになってくれる。

俺は、本気で、そう思ってる。

……俺の気持ち、伝わったかな。こわごわと沢樹の様子を確認。

彼女は、心の底からの笑顔を浮かべていた。


「すごく、良い台詞だね。何のアニメから引用したの?」

「オリジナルだ! 多分! 無自覚に引用してるかも!」


リズミカルに返すと、沢樹はクスクスと笑った。



「――実は私、声優になりたいっていう夢、ちょっと諦めかけてたの」



その発言に、俺は驚愕を隠せない。

沢樹が淡々と続ける。


「だって、そうでしょ? こんな田舎町の、普通の高校生が声優になるなんて、ちっとも現実的じゃないよ」


……確かに、そうかもしれない。

俺も、笑われたことあるし。


「――けどね。梶くんに出会って、この人と一緒だったら、叶えられるかもしれないって思えたの」

「……沢樹」


ヤバい。ちょっと、泣きそうになった。

心なしか、沢樹も涙ぐんでいるように見える。


「だから、本当に感謝してる! 梶君、ありがとう!」

「か、感謝されるようなことはしてないよ。俺はただ、自分のために動いてただけだからさ」


涙声の返事を聞いて、また沢樹は笑った。



「……ひ、一つ質問なんだけど」


帰り際。調子はずれの声で、沢樹は尋ねてきた。


「明日、キスシーンがあるでしょ?」

「あぁ、そうだな」

「ここは、リアリティが、すごく大切だと思うの」

「ふむ」

「実際にキスしているかのような臨場感が必要だと思うの」


沢木の顔は、熟れた林檎みたく赤い。

きっと、キスシーンについて意見するのが、恥ずかしかったのだろう。

それでも、より良い演技のため、彼女は勇気を振り絞ってくれたのだ。

だったら、俺も同等の熱量で応えねばならない!


「よし! 任せろ!」

「へ?」


呆けた沢樹の方へ、俺は迷いなく歩み寄る。

彼女は一瞬で赤面し、玄関のドアに背を軽くぶつけた。


「ちょ、待っ、こんな、いきなり……、……でも、梶君なら……!」


目をつむり、何故か唇をこちらへ向ける沢樹。


「沢樹、何やってるんだ? 早く受け取れ」


促すと、彼女はゆっくりと目を開けて、眼前の俺から、それを受け取った。


「あ、アメ?」

「口を開けたまま、飴を舐めながら演じると、実際にキスしてるかのような音が出るんだ!」

「……へぇー」

「ちなみに、色んな飴で試した結果、後楽堂っていうメーカーの【VC3億のど飴】がベストだと判明した! すごい発見だろ!?」

「……すごいねー」


何故か、半眼でこちらをにらむ沢樹。


「あ、あれ? 沢樹? 何で怒ってるんだ?」

「別に! 怒ってないもん!」


吐き捨てた彼女は、飴の包装を破り、口へ放り込む。

そして、思い切り噛み砕いた。

いや、噛み砕いたら、飴を食べる意味ないんだけど……。

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