第3話 銀翼と男 ④

 「……分かっていました。この戦いが意味の無い戦いである事は私が一番知っています。ですが、今更止まる意味もありません」


 「何故?」


 「私が生きる意味が其処にあるからです。奴らを殺さねば世界は開花の機会すら失う。私の父が私達に託した夢が間違いであったなんて、そんな事は許容できる筈がない」


 「目的の為に自ら修羅の道を歩むなんざ正気の人間がする事じゃない。自分を殺してでも達成するべき事なのか? アンタの父親の夢と世界の開花ってのはよ」


 「支配され続ける生を許容できる人間は家畜と同義であり、支配からの脱却を目指す人間は野生の獣と同義である。人間という生き物は常に二本の足で立ち続け、己のイデアを成さんが為に行動する知的生命体。獣からの脱却を進歩と言い表すのならば、現世界に生きる人間は再び世界へ足を向けるべきです」


 「ご高説どうも。アンタは人間、今の時代を生きる人間は獣以下の畜生であり、家畜と言いたい訳だな? 支配され続ける事に慣れ、闘争本能を忘れた豚と言うわけだ。神にでも成ったつもりか? えぇ?」


 コピー完了の文字が表示されると同時に接続ケーブルを引っこ抜いた俺はイブと向き直る。赫赫とした瞳は背筋が凍るような怒りを宿し、炎のように揺らめき、俺が立つ瓦礫の遥か下だというのに此方を見下すような視線を向けている。馬鹿を見るような、愚者を見るようなその瞳は俺を燃やし尽くすかの如く燃え盛り、闘争本能を爆発寸前にまで滾らせていた。


 「この世界に神が居るとしたならば、その者は偽神。人が神になるというこの世で最も恐ろしい愚行を犯した罪人です。神の使徒は世界の死を望み、安寧のままに人々を殺戮し尽くしてしまうでしょう。この世界には希望だけがないと嘆きながら」


 「……アンタの言う使徒ってのはあの化け物男とガキの事か? 宗教戦争でも起こしたいって腹積もりか? 勝ち目のない戦いを続けて消耗し続けている方はアンタだろ? あの男の戦闘能力をアンタが一番理解している筈だ、規格外だ、あんなもんは人間じゃねぇ」


 「それでも戦わなければならない。それが私の生きる意味なのですから」


 言うなれば生物兵器と人間の融合体。戦闘生物の完成形。対生物兵器装備で完全武装した兵隊一個小隊でも殺し尽くす化け物と戦う。そうイブは迷いなく言い放つ。


 覚悟を決めた人間を俺は美しい意志を持った武器だと言い表す。後にも先にも結果だけを求め、後にも振り返らずに足だけを進める姿はどんな人間よりも美しく、触れば切れるガラスのナイフのようだと錯覚さえ覚えてしまう程危険で、脆いように見える。だが、鋼の意志で補強したナイフはどんな迷いや敵をも両断し、断ち切りながら、ボロクズのようになりながらも己が目指した到達点へ進み続けるのだ。目の前の少女、イブはその姿形が少女でありながらも、覚悟を決めた人間の美しさと危険性を身に纏っていた。


 過去から現在迄に彼女のような覚悟を身に纏った人間を二人知っている。一人は俺に生きる術と金の稼ぎ方を教えてくれた恩師。もう一人は父親の意思を受け継ぎ研究を進めているサレナ・バートル。二人とも自らの生きる道を見出し、その道の果てを歩み続ける人間だ。美しく、危険な姿。俺はれっきとした覚悟を持つ人間に惹かれ、追従してしまう弱い人間だ。だから、目の前の彼女には触れられない。認め難い弱さを自覚してしまうから。自分が意思の無い人間だと理解してしまうから。


 「俺は、戦えない。ちっぽけな人間の内に留まっている俺は、アンタのように化け物と戦う術は持っていない。……上に来るまでが条件だったな。もう会うことはないだろうが、健闘を祈ってるよ」


 「逃げるのですか?」


 「あぁ逃げるさ。あんな連中と何度も会う事は無いだろうし、もしもう一度相見えちまったら今度こそ殺される。無意味に、無残に、情けなく、一瞬で。俺は無意味な死が嫌なんだ。自分が生きている理由も、訳も、何もかも分からないまま死ぬことが嫌なんだ。死ぬなら意味のある死を得たい。自分が何をするべきであった人間で、何を求めていたのか理解したうえで死にたい。虫けらのような死はごめんだ」


 俺は自分が何のために生まれたのか、その意味を知りたかった。最低最悪の下層街に生れ落ち、殺しと悪徳の中で生まれた己は何故生きているのか知りたかった。何時か見た映像の中、広がる青空に意味はあるのだと夢想し、騙し騙しに生きている中でも、俺は見つけたかった。生きる意味を。己が存在理由を知りたかった。


 「じゃぁな」


 瓦礫の山を下り、彼女の横を通り過ぎる。目を合わせる事が怖かった。これ以上問答を続けていると抗えない大きな流れに身を委ねてしまいそうで、濁流に押し流されてしまいそうで―――それが恐ろしかった。


 「……一つ言っておきましょう」


 「……」


 「下がりなさい」


 「は?」


 一瞬の煌めきと一つの足音。黒い影が懐に飛び込んでくると同時に刀―――人切包丁特有の光沢が視界に映る。


 「―――ッ‼」無理矢理身体を後方へ転がし、刀を避ける。影は攻撃が回避されたと瞬時に判断し、迫るイブの刃を切り払い一息で後方へ飛び退いた。搭の始末屋、掃除人と云われるシークレット・スイーパーの動きと酷似していた。

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