第3話 銀翼と男 ②

 「貴男、その剣を何処で見つけたの?」


 「これか? 昔瓦礫に押し潰された死体が持っていた物だ。旧時代の遺産みたくて、何でも斬れるから重宝している」


 「……そう。大事にしてあげなさい、それはその人にとって生きる意味だったのだからね」


 「まるで死人の思いが分かるような物言いだな」


 「さぁ、どうでしょうね」


 軽口を叩きながら暫く歩を進め、緑色の非常灯が照らす非常階段まで辿り着く。予備電源だけが作動している階段は足下が見えづらく、少しでも足を踏み外してしまったら真っ逆さまに転げ落ちてしまうほど急傾斜に見えた。


 「此処から真っ直ぐ上まで行けます。一応これを着けておきなさい」


 イブは壁に埋め込まれていた鉄製の小扉を抉り取り、中に収められていた一体型のマスクとゴーグルを俺に投げ渡す。高品質の其れ等は普段俺が使っている普遍的な装備品と違い、マスクの状態と大気中の汚染指数がゴーグルに表示される優れものだった。


 損傷した装備を新品に取り換え、イブの後ろを付いていく形で階段を上がる。ブーツの靴底が柔らかい埃を踏みしめ、真っ新な足跡を残す。大気中の汚染指数が急上昇し、訳が分からない単語が視界の端を埋める。俺が知る世界が直ぐ其処まで迫っていた。


 「汚染指数が高いな……君は大丈夫なのか?」


 「私には貴方達が付けるような装備は必要ありません。体内に侵入する毒素はナノマシンが即座に処理し、尿や便として排出されるように出来ています。荒廃した世界でも生きていけるように設計された人間が私達ですので」


 「設計って、まるで自分が機械みたいな物言いだな」


 塔の上層部ではデザイナー・チャイルドと呼ばれる試験管ベイビーが人間の主な繁殖方法だと門番が言っていた。人間が人間を意図的な能力で生み出すその技術は遺跡からの残存データを用いて開発されたらしいが、本当の事は分からない。もし、イブがデザイナーチャイルドならば、外の調査を任された人間である可能性が高い。高い戦闘能力と冷静な判断能力、どれを取っても外で生きるのならば有益な能力であるのだから。


 暫し無言のまま歩を進める。もう何歩階段を上がったか数える事も億劫になったその時、イブが突然足を止め、目の前に佇む鉄製の扉を見つめた。


 「どうした?」


 「扉の向こう側に誰かが居ます。武器を構えなさい」


 「遺跡発掘者か?」


 「―――三人一組の内、一人がピッキングによる解除を試しているようです。得物は銃器、ナイフ、手榴弾三個。目に見える武装はこれ以上ありません」


 「了解」


 電子ロックが施されていないアナログ錠はピッキングによる解除か物理的な破壊、この二つが主な解除方法となる。非常口であると思われる鉄扉の大半はアナログ錠が主である為、ハッキング能力を持たない遺跡発掘者は下層へ向かう為にC4爆薬かピッキングで突破する。俺自身もそうして道を切り開いていた。


 銃を構え照準を合わせる。イブも刃を展開し、扉の向こう側を見据える。カチリ、と鍵が外れた音を聞き、引き金に指を掛ける。


 「解除完了。―――誰だ!」


 先ず鍵を開けた男の背後に居る銃を構えた男を射殺する。即座にイブの刃がその隣に居たもう一人の男の首を跳ね、銃を構える隙も与えずに鍵を開けた男の脳天をもう一枚の刃で貫いた。


 「お上手」


 「別の敵を狙う際の行動をあと一秒上げなさい。遅すぎます」


 「厳しいねぇ」


 急所を貫かれ絶命した男達の死体から携帯食料と飲料水、弾薬、替えのフィルターを奪い取りポーチに押し込む。四肢を機械義肢に換装しているようだが、情報端末機能を備えていない為、他に用は無い。もし情報端末機能を有していたのであれば有益な情報を引き出し、サレナへ売り付けていたのだが、仕方ない。


 「死体漁りとは感心しませんね。道徳心は無いのですか?」


 「人を簡単に殺せる人間に言われたか無いね。飯食うか? 味は最低だが腹は膨れる」


 携帯食料をイブへ放り投げ、自分の分をチューブ越しで食す。無味無臭のゼリーが舌先から喉を通り抜け、胃袋に垂れ落ちる感覚は直に腹が膨れているような気がして嫌いではない。完全密封されたアルミパックに一日分の栄養素とカロリーが含まれているのだから、これを持たない遺跡発掘者は存在しない。尤も最近は高値で様々なフレーバーが付いた物もあるのだが、俺はこの飲み慣れた携帯食料を何時も使う。


 「……貴男、今凄い顔してますよ」


 「……不味いからな。食べないのか?」


 「食事は必要ありませんので」


 「便利な身体だな」


 最後の一口を啜りきり、空容器を丸めてポケットに突っ込んだ俺は薄暗い通路を見る。


 男達の装備の損傷状態を見るに敵性生物は居ないようだ。自律型光球を取り出し、電源を入れた俺は銃を構えたまま足を踏み出す。


 「劣化状態が激しいな。タレットも死んでいてくれたらいいんだが」


 「ここ等は侵入者撃退用装置が配置されていません。ですが」


 刃が頬を掠め、壁に突き刺さる。昆虫類の鳴き声にも似た耳障りな音と共に巨大な百足が壁から這いずり出し、地に落ちた。


 「敵地侵食兵器が逃げ出してしまった為に油断は禁物です」


 「……ご忠告どうも」


 頭部の核を貫かれたにも関わらず鋭い鍵爪を細かに痙攣させている百足を蹴り飛ばし、慎重に歩を進める。


 「此処は何処ら辺になるんだ?」


 「貴男の機械義肢とゴーグルを接続なさい。それで視界に地図が浮かび上がる筈です」


 イブに言われるまま機械腕の情報接続ソケットにケーブルを差し込み、ゴーグルの縁に存在する接続ソケットと繋ぐ。『LOADING』と数秒表示された後、視界の隅に小型マップが表示された。


 「便利なもんだな……遺跡の技術ってのは」


 「廃れた技術です。まだ此処が生きていた当時であれば、それ以上の装備が量産されていました。所詮は争いに使われる道具でしたが」


 「まるでその時代を生きていた人間みたいな言い草だな」


 「……」


 黙って早足で進むイブに歩調を合わせ、ゴーグルの機能を弄る。


 暗視機能に構造把握機能、物体認識機能、熱源反応機能、情報視認機能等々……探索に役立つ充実した機能の他に、戦闘でも此方が優位に立てるであろう機能がふんだんに搭載されたゴーグルは、もし塔で売り払ったとしたら金百万以上の値打ちが付くだろうが、俺は自分に利がある遺産は売り払わない主義の為、この装備は俺が生きる為に使うとしよう。

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