花粉症の男

大澤陸斗

第1話

 帰宅途中の河川敷。夕日で染まった土手に悪魔の穂が揺れる。

 今年もこの季節がやってきてしまった。9月の下旬。そう、イネ花粉の季節だ。


 河川の土手を歩けば、イネ科の雑草たちが穂を赤く染める。もう、見るだけで痒い。


 いったいなぜ私は、毎年決まった季節に鼻水を垂らし、目を充血させねばいけないのか。花粉症がない人が心底羨ましい。

 イネ花粉症、なんだそれ? という人もいるだろう。イネ花粉症を甘く観ないほうがいいぞ。

 スギ花粉症の人からしたら信じられないだろうが、スギ花粉なんてイネ花粉と比べたらまだかわいいほうだ。

 イネ花粉の方が攻撃力が圧倒的に高い。それは粒子の大きさに関係する。

 スギ花粉が30〜40μmなのに対し、イネ科は20~100μmなのだ。スギは個体差が少ないのに対して、イネ花粉は実に個性豊かだ。攻撃的なやつにあたればひとたまりもない。


 イネ花粉を吸い込むと、鋭い痒みに襲われる。なんなら痛いまである。ずっと鼻腔をこよりでくすぐられている、あの感覚を想像してみてほしい。あれを少し弱くしたような感覚だ。


 そうやって、鼻腔は腫れていき空気の通りが悪くなる。そして脳は軽い酸欠状態を引き起こす。


 花粉症シーズン中、職場に気だるそうにしている人がいるかと思うが、多めに観てやってほしい。彼らは気だるそうではなくて、気だるいのだ。さらに彼らは頭が回らずぼうっとしている。そして彼らは常に寝不足だ。

酸欠状態で、熟睡できるわけがない。体力的にきついのだ。


 埼玉大学の研究によると、空気中の汚染物質が花粉症を含むアレルギー症状を余計に増悪させているという。

 まったく、人間とはどこまでも皮肉な生き物だな。自分達の住む世を便利で豊かにした反動で、花粉症を蔓延させてしまったのだから。

 

 私は先代が創り上げたものを恨めしく思いながら、今日も河川敷を歩く。夕日に染まった帰宅路に盛大なくしゃみがこだました。




 そして、これを執筆中の私もかゆい。ああ……、目が……、目が……。

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花粉症の男 大澤陸斗 @osawa-rk3351

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