乙女の涙①


 出発の朝はいつもと変わらないとてもいい天気でした。青い空に白い雲。私の心のように晴れ渡っています。


「ハナ、何かあればすぐに知らせを寄越すんだよ」

「家のためだからと無理はしないでね? どうしても耐えられなかったらいつでも帰ってらっしゃい。ウォルターズ家のことはなんにも気にしなくていいから」


 見送る覚悟は決めてくれたというのに、結局いつまでも心配され続けた私。パメラなんて号泣していますし、アルバートも目頭をハンカチで抑えています。私はこんなにも幸せでいっぱいなのに。


「大丈夫ですってば。ちゃんと結婚式の招待状、送りますから! すごく遠いけど、絶対に来てくださいね? 私が精一杯おもてなしします!」

「なんて健気な娘なのっ! ああ、ハナ! もう一度顔を見せてちょうだい!」

「ああっ、私の娘……! 私が不甲斐ないばかりに辛い思いをさせてしまうなんて!」


 大げさ過ぎますね、本当にもう。私は幸せだと何度も言っていますのに。

 とはいえ、私への愛情があるからこそだということは重々承知していますので、黙ってハグを受け入れます。


 ギャレック領に行ったら、たくさんお手紙を送るべきでしょうね。私がどれだけ幸せか、絶対に伝えてみせるんですから。

 それと、出来るだけ早くエドウィン様の本当のお姿を見てもらわなくては。家族の誤解を解いて安心させるのは急務です。


 あのかわいいお姿を……! はっ、いけない、いけない。つい自分の世界に浸ってしまうところでした。

 荷物を持ち直し、屋敷の外で待っていてくれる冒険者さんたちの下へ向かいます。


「道中、くれぐれも気を付けて」

「それについてはお任せください! 必ずや無事にハナ様をギャレック領内にまでお連れしますから!」


 お父様の言葉を聞いてドンと胸を叩いて答えてくれたのは、今回護衛を引き受けてくれた冒険者のリーダー、戦士のモルトさん。

 筋骨隆々の大柄な男性ですが、いつでも笑顔で気さくな雰囲気を持った頼もしい方です。今もさり気なく私の荷物を馬車まで運んでくれました。気遣いも出来る方なのですね!


 私がギルドに依頼を出した後、すぐに彼らを紹介してもらえてとても助かりました。彼らもまた、話を聞いた後ぜひにと快く引き受けてくれたのですよ!

 私は改めてお礼を言うべく、深々と頭を下げます。


「長い道のりなのに、依頼を快諾してくれて本当にありがとうございます」

「ああ、もうご令嬢が頭なんて下げないでくださいよ! いいんすよ、そんなこと。ちゃんとした仕事だし、ちょうど俺らも帰郷しようと思っていたところだったし、むしろお礼が言いたいくらいすから!」

「そうですよー! ハナ様は安心して私たちに任せてください! 具合が悪くなった時や疲れた時もすぐに言ってくださいね? ちゃんと準備はしていますから!」


 モルトさんの後ろからひょこっと顔を出したのはメンバーのコレットさん。可愛らしい外見ながら斥候を得意とする女性シーフなんですって。ナイフの腕前が素晴らしいのだそうです。


 他にも背の高い男性弓術士のローランドさんと、美人でカッコいい女性魔法士のリタさん、全員で四人のとても頼もしい冒険者パーティーです。

 彼らの能力はギルドのお墨付きですからね。戦闘能力はそこまで高くはなくとも、護衛任務で失敗なし! 実力は確かで気のいい人たちとのことでしたから安心して頼むことが出来ました。


「では、行ってまいります!」


 最後に私から両親にハグをしました。結婚はまだ先とはいえ場所も遠いですし、もはや嫁ぎに行くようなもの。これまでお世話になった両親に感謝の気持ちを込めて。


 寂しい気持ちはあるに決まっているではないですか。生まれてからずっとこの家で過ごしてきたのですよ? そこを離れて新たな地に向かう……。とても寂しいです。別れは悲しい。


 でも! それ以上にエドウィン様に会えるのが楽しみで仕方ないです! 新しい地も楽しみすぎます! ギャレック領、どんなところなのでしょう。ワクワクが止まりません!

 薄情ではないですよ? ただ、それ以上にエドウィン様への愛が大きいだけで。


 両親から体を離した私は、とびきりの笑顔でいってまいりますと告げました。


「ハナ様ったら、随分と楽しそうですね?」


 用意された馬車に乗り込む時、コレットさんが笑顔でそう声をかけてくれました。実はご家族と態度が正反対でどう反応すればいいのかわからなかった、とも。

 それはそれは、気を遣わせてしまって申し訳なかったですね。


「楽しいですよ! 私、この街から出るのも初めてですので全部が新鮮で! あ、なので旅の間にご迷惑をおかけすると思いますけど……」

「それは気にしないでください! 貴族家の護衛は慣れていますからーっ! ハナ様はとても気さくなお嬢様なので、いつもよりもずーっと楽なくらいで……」

「おい、コレット! 喋りすぎだぞ!」


 まぁ、確かに今のコレットさんの言い方では他の貴族家は堅苦しいだとか、私が貴族家らしからぬ令嬢だといったニュアンスに聞こえてしまいますよね。正直、事実なので全く気にしていませんが。


 リーダーのモルトさんに叱られて口を尖らせているコレットさんもあまり反省はしていないようです。ちょっと可愛らしいですね。私的には好印象ですよ!


「悪意は感じませんでしたし、本当に気にしなくていいですよ? まぁ、人によっては話し方も気をつけた方がいいとは思いますけど……私なので、問題ないです!」

「ああもう、ハナ様ほんっと最高! 大丈夫ですよ! 私もちゃーんと人を見て言葉を選んでますから! ハナ様ならきっと許してもらえると思ってましたぁ!」

「コレット! 調子に乗るなって! ……ハナ様。すみません、本当に」


 にししっ、と笑うコレットさんはきっと世渡り上手なのでしょうね。モルトさんは気苦労が多くて大変そうですが。リーダーは大変ですねぇ。思わずクスクス笑ってしまいました。

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