第17話 さよなら、愛しの街・バンフ

 5日振りにバンフの街に帰って来た。この2日間はまともに食事ができてなかった。すぐに近江屋に行って食事を摂った。

 その後、ヒロの付き添いで街の医院に行った。水膨れを針で潰して薬を塗り包帯を巻いてもらって終了。やっと落ち着いた。

 ボヤで傷んだテントは、トキオさんに一式、定価で買い取る事を申し入れた。彼は素直に喜んでいた。200ドルで購入し半月使用し、暫く使用予定の無くなった物を定価で販売できるので口元が緩んでいた。まあ、自分のミステークなのでやむを得ない。

 数日後、一人で再度医院を訪ねた。全治2週間と言われたが、そんなにはかからないだろう。


 アシナボイン山から帰ってからは専ら読書中心の日々だった。ヒロの部屋にあった『白夜物語』、『アムステルダム運河殺人事件』、『セントアンドリュースの事件』を読み終えていた。

 3日後には包帯がとれた。傷跡はまだ醜いが、後は日にち薬だ。この夜、近江屋に行き、ユキや近江屋のヒロちゃん達と12時過ぎまで心置きなく話し込んだ。

 

 8月1日。

 明日、バンフを離れる事にした。十分堪能した気持ちと何とも言えない寂しい気持ちが交差する。荷物はスキー板、スキーストックはヒロに託して(売るなり、プレゼントするなり、自分が使うなりお好きにどうぞ)、残りのスキーウェアー、スキー靴はテント一式とともに日本に送った。


 バンフの街に足を踏み入れて5か月半。旅の途中なんだけど、何だかこの街に住んでてこれから旅に出るような気分である。

 

 この街で日本人を中心に多くの人達と知り合いになった。これらの事は自分の人生で大きな宝となる事であろう。一人の部屋で一人一人思い浮かべてみる。


 ヒロ。

 何と言っても彼との出遇いが忘れられない。彼がこの街に居なければ、バンフには1か月のスキーのみの滞在で終わったはずである。もうとっくに日本に帰国している。カナダの事、バンフの生情報などいろんな事を教えられた。私は彼を ”師匠” と呼び、彼は私を ”社長” と呼んでいた。社長には特に意味はないようだが。

 一番の思い出はレンタカーでウィスラー・スキー場に2人で行った事だ。カルガリーのスタンピード祭もバンフスプリングスホテル直営のゴルフも楽しかったが。


 ヒロと同じマンション、タウンハウスには他に2人の日本人が住んでいる。


 トキオさん。

 ヒロの一番の友達である。カメラマンであるが、仕事をしているのを見たことはない。バンフを訪れる日本人女性のハントを生きがいにしているそうで、まあただの女たらしにしか見えない。


 ユウコ。

 数年前一人旅でバンフを訪れた時に知り合ったスイス人と結婚している。旅先の外国で知り合った男と結婚して定住するとは洋画みたいだ。同棲なら理解できるが。定職には就いていないようだった。庶民的で明るい女性だ。


 マーチン。

 ユウコのご主人。ユウコより2歳年下である。スイスレストランでウェイターをしている。時給は安いがチップはそこそこあるそう。ゆくゆくはスキー指導員を目指しているそうだ。最近、念願のカナダ国籍を取得した。


 その他の日本人。

 ユキ。

 近江屋でフロアーマネージャーをやっている。スキーの話だが、初対面時は私が真っ黒に日焼けしていたのでどこのプロかと思ったら酷い滑りだったのでズッコケたそうだ。知った事か! 私のバンフ滞在中にOKショップのマリちゃんと結婚した。


 マリちゃん。

 OKショップの店員。バンフ在住の日本人女性で一番の美貌の持ち主。ヒロの話ではトキオさんがかって何度かアタックしたが相手にされなかったそう。当然である。


 近江屋のヒロちゃん。

 近江屋のコックで、バンフ在住1年だそうだ。一度帰国してまた戻ってくるようだ。ユーモアセンスがある愉快な男である。


 ジローさん。

 ヒロやトキオさんと親しい。バンフが拠点かどうかよく分からない。ヒロの話だと、かって一流レストランのマネージャーの経験もあり、また小型飛行機の操縦免許も持っているそうである。ちょっと、乗りたくはないが。


 ケンちゃん。

 唯一、私と同じ旅人。日本人の誰かの部屋に居候していたようだ。ヒロと面識が無いときでも私を頼りにやってきて部屋に入るなりかってに飯をよそって食うこともあった。かなり厚かましい世渡りの得意な男であった。


 シャロン。

 ウィスラーで遇い、バンフで再会した美女。大人しくあまり表情を崩さない。姓は日本姓で顔は日本人である。ハーフか日本出身のカナダ人か? 一度ゆっくり話をしたかった。


 日本では見られない、いろんな野生動物にも出遇えたなあ。


 ムース(日本名はヘラジカ)。最初にFenlandで遇ったのは劇的だった。角が生え始めのムースに遇ったのは後にも先にもこの一回きりだ。その後、ジャスパーまでの往復で何度も遭遇した。


 ブラックベア(日本名は黒熊)。バンフ周辺でもジャスパーまでの往復でも何度もお遇いした。みんな可愛かった。スキーリフトで教えられた ”フレンドリー” は本当だった。子熊の愛嬌の可愛かった事。


 ビーバー。Fenlandで数回お眼にかかった。泳いでる姿も、歩いてる姿も。彼らが齧った樹や川の中のダム(ビーバーの家)もいくつか見られた。


 他には、ビッグホーンシープ(日本名は大角ヒツジ)、マウンテンゴート、マーモット、エルク、バンビみたいな鹿、グランドスクィレル(日本名は地リス)、樹に登るリス(札幌でエゾリスは見ています)、大きなキツツキ。

 Fenlandでのキツツキのドラミンゴは見ごたえも聞きごたえも十分だった。


 柵の中では、バイソン。頭突きは怖かった。

 動物園では、カピバラ。初めて見た時は目を見張った。



 8月2日。

 翌朝部屋を去るとき、私は一言、

「それじゃあ」。


 ヒロは顔を動かすこと無く、呆然としたまま、

「……」。


 男同士の別れ、これで良い。

(さよなら、バンフの街。そして、仲間たち)




                    第一章 バンフの街   完

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