第3話:鷹守瞬の生態

 次の日も、鷹守はパシられていた。


「あいつ、ヤバいよね。先生にも頼まれるし」


 サンドイッチを頬張りつつ、後田さんは彼を眺める。ら、とはもちろん沢木口さんたち。


「なんだかアレだよね。頼みごとしたくなるフェロモンでも分泌してるみたい」

「それはヤバいね」


 冗談と分かっていても、まさかとまでは言えない。

 週に二時間しか担当のないおじいちゃん先生など、「今日は誰に頼もうかな……」と毎度熟考の末に彼を指名する。

 この場合、彼の体質と先生の老化とどちらを心配すべきだろう。


「ほら、もうさっさと行けばいいのに」


 勢いよく啜った乳酸菌飲料の容器が萎む。同調するように後田さんの眉間も、中央へ寄った。

 沢木口さんたちの注文を請け負った鷹守が、まだ合流していないグループメンバーの席へ御用聞きに向かったからだ。


「なんていうか、すごいよね。レジ袋も常備してるし」


 一人につき一つか二つでも、彼の両手だけでは持ちきれない。どうせ毎日のことなら運搬用の袋を準備する発想は、妥当と言えば妥当だ。


「ね。しかも毎回、袋ごと渡して」

「あれもタダじゃないのにね」


 そこまで知っていて責めるようなことも言うなら、手伝うなりやめさせるなりしろ。という自分へのツッコミは気づかぬふり。


 後田さんも非難と同情を混ぜ合わせた視線で、鷹守と沢木口さんたちとを見る。

 しかしグループの誰かがこちらへ向きそうになると、途端にサンドイッチの具の分析にタスクが変更される。


 そんな私たちの様子など知る由もなく、鷹守はむしろ楽しそうに廊下へ出て行く。


「てかさ。あいつ、昼御飯食べないの?」

「そういえば」


 言われて気づいた。お昼休み、彼がお使いを頼まれなかった日に覚えがない。だからお昼休みに姿のないのを、不思議に感じたこともない。


 私たちもずっと観察に勤しむでなく。鷹守がいつ教室へ戻っているか、確たるところは分からなかった。


 ——また次の日。

 鷹守のフェロモンは絶好調だ。今日は担任の先生が授業中に、職員室へ忘れた資料を取りに行ってくれと名指しした。

 もちろんお昼休みも沢木口さんグループと、他の何人かが買い物を頼む。


「なんだかさ。頼みごとをしたことのない、私たちがおかしいように思えてくるね」


 ふと考えたことを、なんの気なく言葉にした。

 でも唇から先へ放った途端、自分がひどく恥知らずに感じる。後田さんへ披露してしまったのが、とんでもない汚物だったと。


「だね。まあでもプリントとかノートとか、鷹守が集めたり配ったりしてくれること多いし。頼んだことないって、胸を張って言えるかってなるとね」


 ああ、そうだ。私の感じた羞恥を、彼女が形にしてくれた。

 箸で摘んでいた肉団子を、そっと下ろす。残したりしないけど、とりあえずお茶でも飲まないと喉につかえる。


「たしか夏休みの水やり当番とか、委員でもないのに自分から手を挙げてたよね……」


 それから鷹守が教室を出て行くまで、私たちは口を動かさなかった。眼だけを同じ方向に、ちょこまかと動く小柄な男の子を追う。


「……でもさ」


 姿が見えなくなって、後田さんは溜めていた息をゆっくりと漏らす。


「やっぱり高橋さんの言う通り、直に頼んだことないって大きいよ。そこのところは踏み越えたくない」

「うん、そうだね。せめて、だね」


 同意しても、頷けなかった。

 いや否定もしない。彼女の言い分は間違っていないのだから。

 ただ、それになんの意味があるのかと。自分たちは贖罪のつもりでも、恥を塗り重ねるだけじゃないかと。


 それから鷹守が戻ってくるのは、意外なほど早かった。正確には計らなかったけど、間違いなく十分以下だ。

 しかし彼は用を果たすと、またすぐにどこかへ行った。手には自分用に買ったらしいなにかを、レジ袋で提げ。


 やはりこの教室で食べるのは嫌なのかもしれない。

 きっと後田さんも同じことを考えたのだろう。また去っていく鷹守から目を背け、彼女が好きな芸能人の話に無理やり入った。


 そのまた次の日から、私たちは食堂で昼御飯を食べることにした。

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