002_庭の彼岸花

 これは祖母が五年ほど前に聞かせてくれた話です。


 うちには、和室に面して申し訳程度の庭があり、その端に九月ごろになると四本の彼岸花が咲きました。


 この彼岸花が不思議な花なんだと、祖母は言うのです。


 何が変なのかというと「この彼岸花は、この家の人数分の花が咲くのよ」と、そう言うのです。

 聞いた当時の私は、ただの偶然を喜んでいるのかな、と思って祖母の顔を見ましたが、その顔は喜んだり、微笑んだりという顔ではありませんでした。

 とても不安そうな顔をしていたのです。不安そうな顔で、花をじっと見つめていました。

 その表情を見ていると、なんだか私まで不安になってくるようでした。


 「おばあちゃん、どうしたの?」

 そう問うと、祖母は私の方を見て困ったように微笑みました。

 「この彼岸花が毎年、ちゃんと花が咲くのかどうか。……あなた、怖い話は得意だったかしら?」

 「ん? 怖い話は好きだよ」


 そして祖母はこの話を聞かせてくれたのです。

 

 この彼岸花は、祖母が嫁いできた時から咲いていたこと。

 毎年、家族の人数分の花が咲くこと。

 花の数が欠けた場合、家族の誰かが引っ越し、もしくは他界するということ。

 逆に花が増えれば、新しい命が宿るということ。


 この彼岸花で、これから一年の人の動きが予知できるというのです。


 「怖いからと言って、この花を決して切ったり、抜いたりしちゃ駄目よ」

 それは、昔から散々祖母から言われてきた言葉でもありました。

 今までは、祖母が彼岸花が好きだから、もしくは縁起が悪いから、という理由で言っているものと思っていました。


 しかし、それには理由があったのです。


 祖母が嫁いで三年くらいの事だったそうです。

 祖父の父、私からすれば曾祖父(そうそふ)が、一度、この彼岸花をむしった事があったそうです。理由は、自分の持病が悪化していつ死ぬのか怖くなったから。


 この彼岸花が一本減るということは、これから一年のうちに自分は死ぬのだと知らさせることになるので、その恐怖からその年に咲いていた彼岸花を五本、手でむしり取りました。

 一本だけ、背の低かった花が取り残されたそうです。それも曾祖父はむしろうとしましたが、皆で止めました。見るからに、それは昨年生まれた私の父の花であると思われたからです。


 その事件から数日、家族は怯えて過ごしていました。

 ただ、花をむしっただけ。何も起きないかもしれない、でも、何か起きるかもしれない。その思いをお互いに口にせず、ただ、皆怯えていることは嫌でもわかったそうです。


 彼岸花の葉が育ち始めた冬の事です。

 家族五人が病院へ運ばれる事態となりました。原因は食中毒だったそうですが、嘔吐や下痢、腹痛と頭痛に一週間ほど苦しめられたそうです。

 この時、曾祖母と父の弟は症状がひどく、もしかしたら――と医者に言われるほどでした。


 その際に、まだ鶏肉などを与えていなかった当時一歳の父は事なきを得たそうです。


 これは偶然なのでしょうか。

 そのことがあってからは、彼岸花を触るな。という暗黙の了解ができたそうです。

 


 この話を思い出したのは、昨年の秋に彼岸花の花が三本になった時です。

毎年見ていても特に気に留めていなかったのですが、何か寂しさを覚えて花の数を数えました。そして三本しかない事に気が付きました。


 私はこのことを誰にも言いませんでした。

 きっと祖母も気が付いていたことでしょう。祖母も何も言いませんでした。


 そして今年の春、祖母は他界しました。

 この家と、この彼岸花の繋がりは一体何なのでしょうか。

 

 

 

 



 

 

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怪奇譚【短編集】 鬼倉みのり @mino_031

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