ダンジョン素材調達部始動

「はい、解りました。それでは失礼します」

 自宅で急な長期休暇を過ごしていた柳田の元へと繋がれた電話が切られる。

 それを受けて柳田はその身を万年布団へと投げ出してつと考える。


 新しい部門の立ち上げと、その部門への転向か…

 ふっ…栄転とか都合の良いことを並べ立ててはいるが、実質はどうなんだが。

 私一人しかいないんだからな。


 仕入部門ダンジョン素材調達課戦闘係係長。

 それが柳谷に与えられた新たな役職ではある。が、実態は柳田が戦闘スキルである魔法火球を獲得したことにより、それを持て余した会社が急遽でっち上げた物だ。

 先程の電話で柳田に伝えられ事は、ダンジョン素材の調達に当たり、自身の命を最大限守りながら、ダンジョン素材を入手するようにと伝えられただけで、具体的な方針などは一切示されなかったのだ。

 これを受けて栄転だ、等と考えるような御目出度い思考が出来る程、柳田は会社に心身を捧げてはいなかった。


 とは云え、今後どうするかだな。

 このまま何もせずにいるのは、会社勤めとしては問題があるだろう。

 だが、ダンジョンに入ると云うことは、それ即ち相応にこの身をさらすと云うことだ。

 会社は実に簡単に言葉を私に賜りましたが?事は自分の命に関わること。如何に身の安全を確保しながら素材を集めるのか。それが課題だろう。

 やらないという選択肢が出てこないというのが、会社勤めの辛いところだね~。


 と、考えながら最後の休日をゆったりと過ごしながら情報収集に励むべく、万年床からその身を立ち上げ、パソコンを起動する柳田であった。


 情報収集に時間を費やすこと数日、柳田は遂に動き出すことにした。

 と、その前にこの世界でダンジョンが一般的にどの様な認知のされ方をしてるのかを簡単に説明しておこう。

 ダンジョン。それは摩訶不思議な場所。

 様々な危険を見返りにし、ダンジョンでしか手に入れることが出来ない様々な物品が存在する場所。

 ダンジョンに入るための入り口は世界各所に存在している。

 そしてこのダンジョンの入り口はある日唐突に口を開く。

 統計的に見て、人が集まる場所や何かしら曰くのある場所に入り口が開かれるとされている。

 そんなダンジョンへと入るために入り口だが、人が多く集まる場所。都会に於いては割とそこら中に存在しているのであった。


 東京都に存在するダンジョンの一つ、一之江駅ビルダンジョン。

 駅ビルの地上一階外側の壁に存在するダンジョンの中で初心者向けとされるダンジョンである。

 そのダンジョンを管理する公的機関…駅ビル三階にある江戸川区ダンジョン課ダンジョン管理局に柳田は訪れていた。


 毎日通勤で見かけては居たが、実際に自分がそのダンジョンに踏み入ることになるとは露にも思わなかったな。


 そんな感想を抱きながら、柳田はダンジョンへと入るための手続きを済ませていく。

 先ず必要なのは、ダンジョン探索者カードの作成。

 このカードを取得するには必要最低限の戦闘能力を獲得している必要が求められる。

 それは武術であったり、火器であったりだ。

 柳田の場合、偶然手に入れた魔法スキル火球が此に当たる。

 その為に探索者カードの作成は恙なく終えることになった。

 その次に柳田が向かったのは装備のレンタルだ。

 これもまた今居る場所で行うことが可能であったため、柳田はその場でレンタルを行った。

 防刃服の上下と鉄板が入っているブーツ等をレンタルする柳田。

 結構な重さになるんだな、と感想を抱きながらそれらを装備していく。

 そうして、最低限の準備を終えた柳田は、初めてのダンジョンアタックを開始する。


 初めてのダンジョン探索。

 一之江駅ビルの地上一階の外壁にダンジョン課の手によって簡易に囲われて存在するダンジョンへの入り口。ダンジョンゲートとも呼ばれるそれは、壁に平坦に存在する霞か霧かといった風情の存在だった。

 柳田は先程作ったばかりの探索者カードを詰めている職員に提示する。

 そのカードを確認した職員は柳田を「お気をつけて」と声を掛けながら通し、柳田はそれに会釈でもって答えながら歩みを進める。

 そんな柳田だが、ダンジョンゲートを初めて通る為、若干怖々とした感情を得ていたが、意を決し歩みを進めその中へと平行方向へとその身を沈ませていった。

 ゲートを潜った先はダンジョンゲートが存在する駅ビルに酷似した通路が続いていた。

 天井には等間隔に蛍光灯が存在し、一昔前…LEDライトが導入される以前の雰囲気を醸し出していた。


 初めてのダンジョンアタック、異世界転移や転生物の小説に登場する主人公であればテンションが上がるような状況だが、ここはそれ、元からダンジョンが存在し、魔法も存在するような世界であればそのような感情が働くこともない。寧ろ、三十後半に差し掛かった中年男性ともなれば、その感情は若人から観ると酷く乾いた物だった。


 安全にダンジョンを見て回り、出現する魔物に対応出来るかどうか確認する。

 それが今回の柳田の目標である。

 特に獲得したスキルが魔法スキルと言うこともあって、ダンジョンに出現する魔物と近づかずとも戦える柳田にとって、危険を冒して近づき近接戦闘をする気というものはそもそも無い。

 念の為に心積もりだけはしているが、出来得る限り遠距離から火球による攻撃のみで対処しようと考えていた。

 その為に移動に非常に気を使い、魔物との不意遭遇戦が発生しないように心がけて、周囲の状況を悉に確認しつつの行軍であった。

 とはいえ、そこは素人も同然の柳田であるため、戦闘の場に身を置いている本職の人達と比べるべくもない精度ではあるのだが、それでも、やらないよりかはマシと言うことで、真剣に取り組み移動をし続けた。

 そして、通路の先に柳田はそれを見つける。

 駅ビルという現代建築物に存在するのは不釣り合いな存在。

 それは、足下を這いずっている粘体、探索者の間でスライムと呼ばれている魔物であった。

 学問的な分類では別の名前が与えられているのだが、この手の粘体の身体を持つ魔物は総称としてスライムと呼称されていた。

 さて、そんなスライムではあるのだが、その大きさは柳田の膝下まである。

 柳田が事前に情報を収集した情報では、動きは鈍いがその身に纏う人体を容易に溶かす溶解液に因って触れた対象を溶かしてしまう、中々に凶悪な能力を持っている。

 直接肌に溶解液が触れてしまうと、肌が爛れてしまうことから近づかずに対処することが推奨されている魔物であった。

 この一之江駅ビルダンジョンに出現するスライムはそれほど耐久度がない為、投擲武器でも用意すれば容易に対処可能なため、脅威度自体は低く見積もられてはいるが、不用意な接触だけは避けるべしとされている。

 柳田にとっての初めての魔物との遭遇は、柳田にとって実に都合の良い相手だった。

 動きが鈍い相手、しかも耐久度も其程ない。火球という魔法スキルを獲得した柳田にとっては、一方的に攻撃でき完封できてしまう相手だった。

 実際、スライムの姿を確認した柳田は、迷うことなく火球を出現させそれを確実に当てられる距離から投擲するだけで倒す事に成功する。

 そうして、蒸発したスライムが元居た場所には、魔物の核となる魔核が落ちていたのだった。

 残された魔核を拾い上げる柳田。

 それを特に意識せずにポケットにしまうと元来た道を戻っていった。

 こうして柳田の初めてのダンジョンアタックは当初の目的通り安全に終えられた。

 

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