第3話 サダミツとトキヒコ、「改革隊」に捕らえられる

 「タイタン」は火星軌道上にある太陽系警備隊火星基地に近づいていた。いつもなら管制室と交信してから指示されたドックに入るのだが、「改革隊」の占拠下で管制室が機能しているとは思えない。ともかくサダミツはいつも通り管制室に呼びかけた。

「こちら哨戒艇『タイタン』、定例パトロールから帰還しました。入港指示をお願いします」

 管制室との通信はあっけなく繋がった。モニターに金髪碧眼、軍服姿の女性が映る。

「先ほどの声明通り、現在火星基地は『改革隊』の管理下にあります。入港後、『改革隊』が船内を検分しますので船内で待機願います。サポートロボットも停止させてください。抵抗する場合、生命の保証は出来ません。賢明なキョウゴク隊員でしたらお分かりですよね」

 画面の向こうの女性がサダミツを見据える。サダミツは敬礼をすると答えた。

「了解」

 通信が切れると、サダミツはシートの背もたれに寄りかかった。トキヒコが尋ねる。

「あの人も管制官の方ですか」

「いや、総務室長のローラ・エラミスだ。ハジャ副司令官ともよく一緒にいたから、『改革隊』のメンバーになったのかもしれんな」

 サダミツは眉間に指を当てた。

「もしかして、先輩あの方が苦手なんですか」

 サダミツがこの仕草をするときは内心困っているのをトキヒコは分かってるのだろう。少しからかうように問いかけた。

「ここに赴任したばかりの時、何度か二人きりで会おうと誘われたことがあってな。『地球に恋人がいる』と言ったら諦めてくれたけど、それからギクシャクしてるんだ」

 サダミツはそう言いながら腰のホルスターからレーザー銃を引き抜き床に置いた。

能野のうの淑子よしこ先輩とは大学からの付き合いですからね。僕にも先輩が結婚についてどう思ってるのか聞いて欲しいって言ってましたよ」

「ああ。帰ってこないなら火星に異動願いを出すってこないだメールで言われたし……ってのろけてる場合じゃないだろ。トキヒコも早く銃を置くんだ」

「分かりました。ただし、解析中の観測データはプロテクトしておきますね。大発見に繋がるかもしれませんし」

 トキヒコはすまし顔でパソコンを開いてパスワードを設定する。サダミツもサポートロボットの作業プログラムを確認後、停止指示を出した。

「やれやれ、作業プログラムを止めると船のメンテナンスに支障が出るからやりたくないんだけどな」


 入港した「タイタン」のハッチから、赤い腕章を付け、武装した隊員が乗り込んできた。サダミツとトキヒコは手を上げ、抵抗の意思がないことを見せる。そのまま二人はボディチェックされ、手錠をはめられた。

「二人を司令室に連行してください」

 モニターからエラミスが命じる。隊員に腕を捕まれたままサダミツは歩き出した。

(トキヒコは念願叶って宇宙に来たばかりなんだ。危険な目に遭わせたら承知しないぞ)

 隣を無言で歩くトキヒコの姿を見ながら、サダミツは心に誓った。


 二人を出迎えたのは、「改革隊」の隊長、ネジギ・ハジャだ。軍服姿で整然と司令官の椅子に座っている。その周囲を囲む警備メンバーを見たサダミツは驚いた。いつも「タイタン」の整備を担当している整備兵、ケルブ・イーゴリ・カサトキンが銃を構えて立っていたからだ。赤毛の皮肉屋な男性だが整備技術の腕は確かで、良き友人だとサダミツは思っていた。

(ケルブがどうしてここにいるんだ)

 だがトキヒコの前で取り乱すわけにはいかない。サダミツは努めて冷静さを装おうとする。そこにハジャの重々しい声が降りかかった。

「キョウゴク隊員、それに新人のトリイ隊員、パトロールご苦労だった。留守中に事を進めたので挨拶が遅れてすまない。もちろん『改革隊』に入ってくれるよな。君たちのような優秀な隊員は大歓迎だ」

「入るも何も、事情が分からないのでは判断のしようがありません」

 きっぱりと言い放ったサダミツの顔を見たハジャは、にやりと笑うと話し出した。

「かなり前から、我々は本部の無能さに我慢できなくなっていた。火星基地へのミサイル配備を削減したり、哨戒艇の武装を減らしたり。我々が抗議すると『平和が崩れる』と取り合ってくれない。確かに現在の地球圏は平穏だが、異星人からの侵略ということも十分あり得る。我々には太陽系警備隊としての誇りと義務があるのだ。無能な幹部及び司令官を解任し、我々が新たな太陽系警備隊を再編する。これが『改革隊』の理念だ」

 満足そうな顔で二人を見つめるハジャにサダミツは尋ねた。

「話は分かりましたが、司令官たちは今どこにいるのですか」

「大事な人質だからな、反抗した隊員と一緒に軟禁させてもらってる。今は本部の回答待ちだ。司令官は負傷しているし、あまり長引くと具合が悪いだろう。さあ、『はい』と答えてもらえれば、君たちも自由になるぞ」

 トキヒコがサダミツの肘を小突くので、サダミツはトキヒコを見やった。無言で見つめる目は「僕は嫌ですよ」と言っているようにサダミツには感じた。再度ハジャに確認する。

「もし、『いいえ』と答えたらどうなるのですか」

「君たち外部から戻ってきた者を一緒に軟禁は出来ない。懲戒房に入ってもらおう」

「それでは、一晩そこに入れてください。心の整理を付けたいんです。トキヒコもそれでいいか」

 トキヒコは仕方なさそうにうなずく。

「では、一晩だけ猶予をやろう。諸君の賢明な判断を期待しているぞ」

 ハジャはそう言うと警備兵に命じた。

「カサトキン隊員、懲戒房に二人を連れて行け」

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