第十八話 凶報を告げる雷鳴

 大国主神が彼岸屋へ訪れたのは約一年ぶりのことだったが、晴が大国主に会うのはこれが初めてだった。

 大国主を始めとする”タカマガハラ”の神々を護衛する専門の組織が彼岸家には存在し、その組織は鳴の父である宗純が統括を行っている。

 故に“タカマガハラ”案件はVIP扱いとなり、鳴たちにとって完全な管轄外となるのだ。

 しかし今回の来訪は事前連絡も何もないイレギュラーだった。その為『神宿』が早急に対応しなければならないという異常事態となった。このことを思えば、鳴の顔が青褪あおざめた理由にも合点がいく。


「ガハハッ。宗純のせがれ殿は宗純に全く似ていないなぁ!」

「そうですね。どちらかと言えば、私は母に似ているとよくお話頂きます」


 んふふ。ガハハ。


 二人の笑い声に楽しさなど感じない、そんな大国主をもてなすが始まった。


 ◆◇◆◇◆


 鳴は相変わらず営業スマイルを顔に貼り付けて大国主をもてなしている。対して大国主は鳴からのお酌にまんざらでもない顔をして酒を注がれていた。晴はそんなカオスな宴会を怪訝そうに部屋の端の方から見つめており、小福は父の大国主の膝元でスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。


 大方満足したのだろう、少しして大国主が鳴の酌を止めた。鳴は始め戸惑ったが素直に従った。『そろそろ本題に入ろう』と言われたような気がした。

 鳴は姿勢を正し直し、大国主に対し頭を深く下げた。


「……大国主神様。この度は福の神・曳舟様の件、誠に申し訳ございません。現在、彼岸屋の総力を尽くして捜索をしておりますが……」

「ん? ああ、そうだった。儂はで彼岸屋に来たのだったな」

「は? そのこと以外に違う理由があんのかよ」


 思わず晴が彼らの話の腰を折る。大国主は晴に視線を向けると、ガハハと大声で笑った。その声で今まで眠っていた小福が起きてしまったのだが、大国主はお構いなしに笑う。


「半分は正しく、半分は間違いだ。そもそもの家出について“タカマガハラ”のジジィ共は心配などしていない。は存外肝の座った女だからな」


 ながらまったく読めぬ女よ、とまた盛大に笑う。


 こんな豪快に笑う夫に愛想を尽かして、彼岸屋に家出を兼ねて来たと思えば分かる気がする、と晴は心の中で独りごちた。

 独身とはいえ両親の在り方は見てきている。晴は、俺ならこんなうるさくて自分のことを“あれ”呼ばわりする旦那なんかすぐに別れてやると思った。ちらりと鳴を窺えば困った表情で話を聞いていた。


「正しい方の理由が小福を伴ってのってことは分かった。だが間違いっていうのはどういうことだ?」


 晴が大国主に訊く。大国主はその質問に、途端に表情を消した。

 静寂が、宴会場内を呑み込む。


「……の件はあまり気にせずとも良い。何、放っておけばそのうちフラッと姿を現す。だが、彼岸屋のこれからの沽券に係わるだろうから捜索は続けてくれて構わんよ」

「心配じゃねェのかよ。仮にも、元嫁さんだろうが」

の本質を知らぬのか? あれはだぞ? 早々に何か起きるとは思えん」


 これ以上何を言っても無駄かと晴は最後に舌打ちを打った。鳴も気分が優れないのか訝し気に大国主を見つめている。


「間違いとは、警告である」

「警告?」

「『彼岸屋』よ、気を付けよ。この旅館は

「狙われている……? 一体誰に——」


 晴が事の真相を訊き出そうとした瞬間、雷鳴のような轟音が彼岸屋の上空から響き落ちた。

 何事か、と晴と鳴は揃って宴会場の襖を勢いよく開ける。


 外に見えたのは、雷を全身に纏う口元を血で濡らしただった。


 ぞわりと背筋が凍る。

 ドッドッ、と鼓動を鳴らす心臓が煩い。

 呼吸が詰まって、息が、できない。


「……ああ、もう来たのか。——よ」


 大国主の独りごちた言葉は、彼岸屋を覆っていたはずの結界が割れ落ちた欠片音によって搔き消された。

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