ちょこっと、ある噂

「まさか、そんな噂以下の胡散臭い話を信じたんですか?」

 呆れた俺の言葉に沢渡は自身満々に答えた。

「もちろん、藁にもすがるっていうのはこのことだね」

 曰く『早朝の校舎から下着を投げると悩みが解決する』とのこと。

 沢渡が噂だと言い張るそれは、あまりにお粗末で下品でくだらないものだった。

「なんか噂にしては、背後に人の意志を感じてならないんですが」

「ええい! ごちゃごちゃと! 天内くんのせいで里奈から色々聞かれて大変だったんだから!」

 うるさい沢渡のことは一旦無視して、いや、本当に無視するべきはこの噂なのだろうが、俺は少しだけ調べてみることにした。

 と言ってもやることは簡単で、いつもより早く登校して、女性モノの下着を投げる。もちろん、女性モノの下着は持っていないので買った。なに、少しの勇気と人目を気にしなければ余裕だ。

「何やってんだ俺……」

 登校するときは誰にもバレないように裏から入った。

「俺の予想が正しければこれで……」

 下着を適当に投げて、落ちた場所の物陰に隠れる。

 すると、静まり返った校舎に人影が一つ。

「おいおい……」

 下着を見下ろす男、俺の担任教師の岡野だった。

 岡野は周りをキョロキョロ気にすると素早く下着をポケットにしまいこんだ。

 岡野が立ち去った後も俺はその場から動けなかった。

 ……これなら正体は枯れ尾花のほうがよっぽどよかった。

「どうするかな……」

 出どころ不明の妙な噂を流したのは岡野だろうが、しかしそれ以外の下着の盗難被害は聞いたことがない。それに男女問わず、生徒から信頼されている教師だ。

 まぁ、これに関して言えば下着を投げるようなやつも悪いとは思うのだが……。



 俺は岡野に手紙を送ることにした。差出人不明の怪しい手紙だ。わざと遅らせたを課題をわざと岡野の不在中に持っていき、隙を見て机の引き出しの中に忍ばせておいた。


『岡野先生へ。私の悩みは噂通り無事解決しました。ですが、もうこんなことはやめてください。先生を慕う多くの生徒たちのために』


 なんの捻りもない文章だがこれくらいの方が特定される心配がなくていいだろう。

「あ、天内くん」

 何も知らない能天気な沢渡は今日も元気が良さそうだ。

 そういえば、この噂も正体はどうであれ、少なくとも今回に限って言えば当たっていたということになる。

 案外、こう言う噂話はバカにできないのかもしれない。

「来なさい、先輩がジュースを奢ろう。拒否権はない!」

 上機嫌に小銭を鳴らす沢渡の後ろ姿を、ゆっくり追いかける。

「ジュースと言わず、昼も奢ってください」

 それ以降、下着を投げる噂話を聞くことはなかった。





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放課後ワールド 大石 陽太 @oishiama

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