第2話 気が付いたら、人間に追い回されていました

 トラックに跳ねられて死んだ俺は、何故だか異世界で木に転生してしまったらしい。


 うーん、木の身体で出来ることはなんだろうか。


 先程、魔物から助けてくれた小鳥を見下ろす。

 林檎をあげたら喜んでくれた姿が思い返された。

 

 もっと喜んでもらうために、美味しい木の実を付けれるようになるとか?


 そもそも俺は林檎の木ということでいいのだろうか。

 それ以外の木の実も付けれるんだろうか。

 まあ付けれなくても、より美味しい林檎を沢山実らせて、色んな動物たちに食べさせてあげて、動物に囲まれた楽しいツリーライフを送るのも良さそうだ。


 というか、自分の身は自分で守れるようになった方が良いのか?


 先程の緑色二足歩行の魔物を思い返す。

 またああいうヤツに行き会った時に、運よく助けが入るかはわからない。

 俺自身が魔物だと木こりたちに思われている以上、いつ襲われるかわからない。

 どうにか戦闘力を獲得したり、逃げ足を早くする訓練をするのも良さそうだ。


 でも、折角ならのんびり過ごしたいよなぁ……


 前世では彼女はおらず、寝て仕事して飯食って仕事して寝て寝て仕事して寝ての繰り返しだった。

 転生して木になった今、煩わしいことは全て忘れてのんびりと過ごしたい。

 景色が良くて、日当たりの良い場所に根を下ろしてぬくぬくと過ごしたい。


 そうだな、それがいい。


 そうと決まれば、よいせと重い腰ならぬ幹を上げる。

 ここは先住の樹木が多いため、日当たりが特別に良いわけではない。

 景色は手の入れられていない森だ、あまり良い方とは言えない。いや、こういうのが好きという人も一定数いるだろうが、俺の好みとしてはもっと見晴らしの良い場所がいい。

 そんなわけで、俺好みの土地を探して出発だ。


 足代わりの根っこをもぞもぞと動かして歩き出せば、先程助けてくれた小鳥が俺の枝に止まった。ついてきてくれるのか。それは頼もしい。


 こうして、俺たちの旅が始まった。


 小鳥の歌声を聞きながら、俺は森の中を移動する。

 さわさわと流れる風が気持ち良い。


 歩きながら、自分の新しい体のことを考えてみる。


 視界は良好。視力は生前に比べ遥かに良い。つまり、どこかに目がある。

 小鳥の歌声が聞こえてきて、心地良い。つまり、どこかに耳がある。

 爽やかな風が肌を撫でる感触が気持ち良い。つまり、神経が通っている。

 そして、意図した通りに体を動かせている。


 ただし、小鳥に話し掛けようと試みても全く音にならない。つまり、口はない。


 木の生態に詳しくないことを差し引いても、自分の体の構造がいまいちわからない。

 ひとまずもう一度自分の状態を客観的に見てみるべきか。

 俺は、水のあるところを探すことにした。


 こういう時はどこを探せばいいんだったか。

 生前の知識を探る前に、さらさらと水の流れが聞こえてきた。

 音のする方へ向かって、のそのそと歩いていく。


 体感にしてニ十分程度は歩いただろうか。

 木こりや魔物との追いかけっこもあったせいか、疲労が色濃くなってきた。

 そろそろ休憩したい。水を飲みたい。

 誰か運んでくれないかな。でも運ばれるときは木材に切り刻まれたときだろうか。

 なんてことを考え始めたころ、音の出所に辿り着いた。


 先ほどの川もあまり幅はなかったが、それよりも更に幅は狭い。

 それでも有難い水であることは変わりない。

 

 やった、水だー!


 俺は根っこ数本をぽちゃりと川に浸し、ごくごくと勢いよく水を飲む。

 いつのまにか俺の枝から下りていた小鳥も、隣で水面を突いていた。


 ふう、生き返る。


 美味しい水と降り注ぐ太陽の光で、俺の渇きと疲労はすっかり解消された。

 元気が出てきたところで、俺は一旦川から上がって、水面を覗き込む。

 どこからどう見ても、一本の木だ。

 頭上はいくつも枝分かれしていて、深い緑の葉っぱが茂っている。林檎が実っているのは見えない。


 そういえば、人が埋もれる程に葉っぱを落としたのに、減っている様子はない。

 水を飲んで回復したからなのか、林檎と同じで落とす分と生えている分が別なのか。

 気になって、葉っぱを落とそうと頭を振ってみる。はらはらと数枚の葉が落ちるが、見た目の変化はわからなかった。もっと大量に落とさないとわからないかと思い、この確認は後回しにする。


 もう一度、自分の姿をよく見てみる。

 木肌は茶色で少しごつごつとしていて縦に割れている箇所がちらほらある。

 もしかしたら、その空洞が目や耳の代わりをしているのかもしれない。

 そう思って何か覆えるものはないかと辺りを探してみるが、適切なものは見つからなかった。はて、どうしたものかと思っていると、目の前が突然真っ暗になる。


 え、なに!? なにごと!?


 突然暗くなった視界。何かが張り付いている感触がする。

 ゆらゆらと体を揺らしてみるが、全く剥がせそうにない。どうしよう。

 

 せめて腕があればいいのに!


 そう思ってもないものはどうしようもない。

 困り果てながらも諦めずに体を揺すっていると、「ピー!」と小鳥の鳴き声がした。まるで怒っているかのようだ。

 その声に応じてか否か、視界を塞いでいたものが剥がれた。

 明るさを取り戻した視界を下に向けると、ムササビ……いや、モモンガか? 動物に詳しくない俺にはその差はわからないけど、モモンガらしき動物がいた。

 なにやら、小鳥と話しているように見える。いや、説教されているように見える。

 「キュウ」と小さく声を出したモモンガは、俺の方に向き直ると、ぺこりとお辞儀した。

 

 え、モモンガってお辞儀とか出来るの?


 そんな俺の困惑を余所に、モモンガはいそいそと俺の体……幹をよじ登っていくと、小さな穴があったらしく、そこに収まった。うん、まあ視界を遮ったり耳を塞がれたりといった邪魔にならないならば居てもらっても構わないか、と納得をつける。

 なにやら、穴の中から寝息が聞こえる気がするが。


 さて、水分補給もしたし、俺の体のことをちょっとはわかったような気がする。

 俺は俺の目指す場所を求めて、立ち上がった。


 この周辺を歩き回っても、恐らく俺の望むような場所はないだろう。

 というか、魔物にも行き会ったし、危ない場所だ。

 ここがどんな世界かもう少し知った方がいいかもしれないと考えた俺は、川を辿って山を下って行くことにした。

 川の中を歩いて行けば、喉が乾くことはない。更に日が当たり続ける限り、俺は最強である。いや頭が良すぎるな。なんて自画自賛しながら、川の中をばしゃばしゃと歩いて下っていく。

 

 しかし、これが想像以上に大変だった。

 大きな石がごろごろと転がっているため、高低差が激しい。

 更には滑りやすく、幾度も倒れそうになった。

 倒れたら流石に立ち上がれない気がする。下敷きになった枝も折れてしまうだろうし。

 打ちどころが悪ければ、胴体が割れてしまうかもしれない。


 俺は作戦を中断して、川から上がる。

 疲れて喉が渇いたらその度に川に足を浸して水を飲めばいい。それだけのことじゃないか。

 そんなことすら横着するなんて、俺って馬鹿だなあと先程の自画自賛を数分で撤回した。

 

 川に沿って山を下り始めて、体感十分程度だろうか。

 太陽が木々の向こうへと沈んでいく。ぬくぬくと当たっていた光はなくなり、夜が来た。


 夜か……結構歩いたもんな。


 太陽が沈んだことによって、月と星が空に見えるようになった。

 しかし、山の中を歩くにはそれらだけの明かりでは心許なさ過ぎる。

 それに、なんだか眠気を感じる。

 

 木も眠くなるんだなぁ。


 そんなことを考えながら、俺は眠りについた。



 「ピチュチュ!」


 小鳥の鳴き声に、俺は目を開ける。

 昨夜は寝付きも眠りの深さも良かったようで、ぐっすり眠ったという感覚があった。

 今日の天気も晴れ。朝日が心地良い。

 俺はぐっと背伸びした。本当に伸びていたかはわからないけれど。


 そんな優雅な朝を破る声がした。


 「おい、あれじゃないか?」

 「確かに動いている。報告にあった魔物で間違いないだろう」


 声の方を見れば、四人の人間が居た。全員装いが異なる。

 鎧を着て、腰に剣を差している男。ナックルを手に付けた男。杖を握りしめた女の子。片手に弓を持ち、肩に矢筒を背負った女性。

 ゲームでいうところの冒険者パーティーってやつじゃないだろうか、これは。


 「よし、討伐するぞ」


 そう言って、四人が各々の武器を構えた。


 討伐!? 俺、何も悪いことしてないですけど!


 そう思ったが、突然木が動き出したら報告しても不思議ではない。しかも木こりたちは生き埋めにされかけんだしな。俺からすれば、動きを止めたかっただけで息の根を止めるつもりはなかった。しかしそんなこと通じるわけもなく、有害と判定されても仕方ない。

 ……本当に仕方ないのか? 俺の方が先に殺されそうになったんだけど。


 しかし目の前の四人と交渉する術を俺は持っていない。

 とすれば俺に出来ることは一つだけ。


 目くらましをして、逃げる!

 

 木こりたちにした時のように、ばっさばっさと頭を振って葉っぱを落とす。

 しかし、冒険者パーティーはそんなことを想定済みだったらしい。


 「ウィンド」


 杖を持った女の子がそう唱えると、俺の葉っぱたちはあっという間に散らばっていき、目くらましとしての効果がなくなる。

 

 くっ、どうしよう。


 にじり寄る冒険者たちを前に、俺はどうしようかと考えを巡らせる。


 「ピィ!」


 そう一声鳴いて、小鳥が冒険者たちに突撃する。

 

 「うわ、なんだ!?」


 突然小鳥のくちばしに突かれた男性が、鎧をまとった腕で防御する。

 カキンっと弾かれた小鳥が痛そうな顔をしたように見えた。

 その後ろで、女性が弓を引いている様子が目に入った。彼女の狙いは小鳥だ。


 や、やめろ!


 小鳥を守りたい。そう思った俺は、人間だった時の感覚のまま、手を伸ばす。

 手なんてないのに、馬鹿だな。


 そう思ったのは一瞬だった。


 俺の頭に生えている枝の一つが、にょきにょきと伸びて、小鳥の元へ辿り着く。

 先端で分かれた枝とそこに幾重にも集まった葉っぱが掌のように広がって、小鳥を守る盾となり矢を弾き落とした。


 「なに!?」


 冒険者たちが驚くが、俺も驚いた。

 そうか、根っこが足になるなら、枝は手になるのか。なるほど。


 そうと分かれば、俺は二本の枝に意識を注いで、にょきにょきと伸ばす。

 それを左右にぐわんぐわんと振り回す。


 「ぐっ」

 「うわっ」


 二人ほど、枝の腕で吹き飛ばすことが出来た。あと二人に当てたら、ここを離脱しよう。

 しかし、ことはそう簡単には行かなかった。


 「せいやっ」


 剣を持った男性に、俺の腕が切り落とされてしまったのだ!

 痛い! 腕ではなく枝だとわかっているけれど、痛い!


 ちょっと涙目になった俺は、この作戦は良くないと、結局最初のやり方に戻る。

 頭を振る方法だ。しかし、今度は葉っぱじゃない。いや、葉っぱでもいい。

 もっと堅くて、落ちるだけで彼等にささやかなダメージを与えられそうなもの。

 そう念じながら、ばっさばっさと頭を振る。


 「いた、いたたたたっ!」

 「なんだこりゃ!」


 狙い通り、堅いものが二人の頭に落ちた。

 いが栗だ。

 これはいいぞ、と俺は何度も頭を振って、いが栗を大量に落とす。

 冒険者パーティーの頭上に降り注ぎ、まきびし代わりにもなって、彼等の足止めに成功した俺は、その場から逃げ出した。

 

 川をまた渡り、山の下へ横へと走れる限りに走っていく。


 そうして走っていると、今度は魔物に出会った。

 小鳥とそこで出会った猫に助けてもらって、逃げる。

 走り続けていると、違う冒険者に出会った。

 いが栗と硬くした葉を落として、逃げる。

 魔物の群れに出会う。

 また頭を振って、逃げる。

 

 逃げて逃げて、水があれば休んで、また見つかっては逃げて。

 そうして逃げ続けていたら、いつの間にか山から抜け出ていた。


 「いたぞ、魔物の木だ!」


 また人間に見つかってしまった。

 慌てて俺は逃げる。

 走って走って、闇雲に走り続けていたら、何もないだだっ広い場所に出た。


 俺以外の木どころか、草花の一本も生えておらず。

 少し高くなっているのか、人が暮らす町が一望できた。

 高さがあるから、建物があっても地平線が見える。

 何ものにも遮られず、景色を楽しめる場所。


 ああ、俺が探し求めていた場所じゃないか。


 こんな場所でのんびり過ごすのが、今生の夢だった。

 後ろから追いかけてくる声が微かに聞こえる。

 追いつかれたら、俺は討伐されるのだろうか。木材にされるのだろうか。


 でも、もうこんな理想の場所には巡り合えない気がする。


 束の間の幸福となってもいいや。


 俺は少しだけウロウロとして、一番景色が気に入った場所に座る。

 今度は体育座りじゃない。

 地面の中に、しっかりと根を伸ばす。


 そうして一息をついた。


 そうすると、どうしたことだろうか。

 まるで緑色のカーペットを転がしたかのように、俺の足元を中心にして草花が一斉に広がっていった。


 「な、ここは不毛の土地だったはず!」


 俺を追いかけてきた一人が、驚きの声を上げた。

 

 「これは奇跡だ」

 「魔物じゃなくて、聖なる木だったのではないか」


 俺を追いかけていた人間たちが、次々に言い募る。


 「聖樹さまだ」

 「聖樹さまが降臨されたのだ!」


 なんと、気に入った場所に根を下ろしたら、俺は聖樹に昇格してしまった。


 「ピィ」


 ずっと付いてきた小鳥が鳴いた。その声と顔は、誇らしげだった。


 さて、それから。

 聖樹を盛大に奉ろうと、人間たちが俺の周りに何やら建造しようとしていたので、折角の景観を損ねられては困る!と、いが栗やら松ぼっくりを投げつけた。更には遊びに来ていた犬や狐たちに頼んで、吠えたてて追い払ってもらった。

 動物たちにはお礼に林檎や桃を落としてあげた。落とせる種類は少しずつ増えている。


 それでも聖樹をどうにか崇めたいらしい人間たちは、俺の前に色々な物を持って来てお供えするようになった。

 酒を持ってこられたときには、ウキウキと根元あたりに掛けて飲んでみたが、美味しくないし全く酔わなかった。

 木の体とは相性が悪いのかもしれない。残念だ。


 さわさわと、気持ち良い風が吹いた。


 そうだ。何故、供え物に一喜一憂する必要があるのだろう。

 ここは、草花が咲き誇って、動物たちが走り回って、太陽の光は暖かくて、空気も水も美味い。


 ああ、最高だなあ。


 俺は、空に向かって、大きく体を伸ばした。

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転生したら木になっていた 森ノ宮はくと @morinomiya_hakuto

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