2節 フリバー・ライヘルド4



 「………」

 あれから2日が経った。

 フリバーは手図を手に「エルシュー街」を歩いていた。

 向かう先は『“街”』の外――。

 もっと詳しく言えば、「エルシュー街」の先。街の外に出られると言う門。

 

 ――因みになぜ2日も経ったかは仕方がない事である。

 フリバーからすれば「昨日」ようやく、今この異世界には夜が無い事実を知ったのである。

 予定通りに入った質屋でその情報を知ったのだが、その時の時刻は既に正午過ぎ。

 仮眠のつもりで眠ったら、実は夜が明けていて、それも寝過ごしていたとか。もう驚きを越して笑うしかない。ただ、寝たのが明朝だったから、それは仕方が無い。



 なんにせよ。これで、組み上げていた予定は大きく崩れる事になった。

 すでに一日経っていると言う事で、あの空き家を使うと言う事は取りやめ。

 夜が明けたら行おうと考えていた『“街”』の外へ行くのも一先ず保留。

 取り敢えず優先すべき事は、最低限の此処での暮らしと考え、当初の目的を進める事に。

 見繕っていた質屋を回った後。エルシュー街で一泊する事したのだ。

 その結果、久しぶりに時計を購入する羽目になった。此処の住人は皆この時計を持ち、暮らしていると言うのだから仕方が無い出費だ。


 この世界の時計は少しだけ特別だ。

 ぱっと見、普通の懐中時計だし、蓋を開けても此方も普通の時計に見えるのだが。

 唯一違うのは、時計の文字盤の下。

 そこには太陽の絵と月の絵が其々半分、半月の様に描かれており。示す様に短い針が一本。

 朝の6時になると太陽の模様に針が動き、夜の6時になると月の模様に針が動くと言う仕組みであると購入した時に説明を受けた。この夜が無い“世界”では必須な物なのは間違いない。

 

 ――それが「昨日」一日の出来事。無駄に一日消費してしまったのは違いない。


 意外に、得した事は、銀貨が予想以上に高く売れると知ったことか。少なくとも銀貨2枚で今の宿屋なら半年は軽く泊まれる程の値段。他の質屋に行けばもう少し高く売れるかもしれない。


 更に、それとは別に、手に入れた情報の中で気になる事が一つ。

 だから一夜明けた今日は、まずそれを最初に確認すべく、『“街”』の外へと向かっている。

 このために、『“街”』の外に近い宿屋を取ったのだ


 「――ここか」

 30分は歩いたか、目的地に辿り着く。

 10メートルはある外壁に、アーチ状の、扉も無い門が一つ。

 ここが『“街”』の出入り口。

 出口の向こうには緑色の草原。遠くに風車やら建物が見える。

 フリバーは地図をしまうと外へと足を進めた――。





 ――『“街”』の外は、その殆どが牧場と農場で出来ていた。

 嫌、殆どではない。全てといっても良い。

 細い道が一本。その道の右側には牧場、左側には農場と言うべきか。

 右を見れば、適当な柵が覆われ、中で沢山の牛や羊が群れを成していて家畜の世話に励む人影を見る。

 左を見れば、畑。トマトらしき野菜や、キュウリらしき野菜。そう思えばキャベツやらレタスやら、土に埋まる多分ニンジンとかジャガイモ。普通なら季節感覚がおかしくなりそうな畑が並んでいる。


 フリバーはそんな景色を眺めながら、唯一の細い道を進む。

 ぱっと見のどかな風景だが、落ち着いてみると異様だ。

 なにせ、トマト畑の隣に突然小麦畑が並びはじめたかと思えば、その隣で急に水田が現れ米に良く似た植物が風に揺れている。その隣はジャガイモ、そのまた隣はキュウリ。いったいどんな基準で畑が出来ているのか、農家でもないフリバーから見て不明だ。

 そして左を見れば、様々な色と柄をした牛やら羊やら豚なんかもいるのだから、正直目がごちゃごちゃとする。


 そんな永遠とも思える農場を道也に沿って進む。

 ――二時間ほどか。

 ただ細い道を歩いいた、フリバーは立ち止まった。

おそらく目的地の場所だ。


 「…この先、か?」

 フリバーの目に映るのは、それは何の変哲もない木の柵。

 左右を見渡せば、それが何処までも、長く、長く。農場と牧場を囲むように続いている。

 変わって、柵の向こうは変哲もない草原。

 農場と牧場は柵で丁度ばっさりと途切れており、柵の先にある草原は木一本生えていない。

 ただ、絵の具でも塗りたくったような青い空と緑が広がっているだけ。

 ――柵の一か所、外へ通ずる小さな扉があった。手を伸ばしてみるが鍵はかかっていないようだ。

 

 フリバーは迷いなく扉を開け、柵の外へ足を進める――。


 「………。なるほど、な」

 足一歩、柵の外へ踏み出す。それだけで十分であった。

 フリバーは溜息と共に理解する。


 農場エリアの向こう。

 草原へと足を踏み出したはずのフリバーの目に映るのは、先ほどまで見ていた白い街。

 ――紛れもなく「エルシュー街」と呼ばれる、二時間前に彼自身が居た場所だ。

 後ろを振り向けば、10メートルの外壁にアーチ状の出口

門の先には「草原に遠くに風車と建物」と初めに見た、外の風景にいる。


 フリバーは地図を広げて確認する。

 現在地と照らし合わせ、目に見える店の確認。

全部一致。ここは「エルシュー街」で間違いない。


 ――つまりフリバーは、柵を越えた、あの一瞬で場所に戻って来た訳である。

 それは質屋で手に入れた情報通り。

 

 「この”異世界”は、草原と街しかない。いや、あの草原も含めて『“異世界”』…ってことか。東京一個分ってまた随分小さい”世界“だな」


 そんな皮肉交じりの笑みを一つ。

 そう、この“異世界”には、この小さな街しか存在していない。紛れも無い事実である。

 ――ただ、フリバーに小さい妙な違和感が襲う。


 質屋で聞いた時は冗談かとすら思った。

しかし、いざ自身で確認すると何とも言えない感覚が襲う。

 この世界には、東京一個分の街と草原しかない。

 その草原は、最早草原とも呼べず。その殆ど全てが農場と畑で埋め尽くされている。

もしかすると、反対側の草原は果樹園でも広がっているかもしれない。

その農場で育てられた全てのモノがこの街全部の食料となっているのであろう。

この農場の広さは、それは、他に国や村と呼べるものが無いので仕方がないと思うが…。


 ――やはり、何とも言えない違和感をフリバーが襲う。

 ここに来るまでの間、フリバーは露店と呼べるものを目にしてきた。

 そこには沢山の果物や、野菜。肉に魚と。他には雑貨品が並んでいたのだが……………。

 だが、この違和感を取り払う事が出来る情報はフリバーには無い。

 コレもまた今は頭の片隅に置いておくしかなさそうだ。

 本当に何もかも情報が少なすぎる。


 「……よし、つぎだ」

 手に入れた情報を確定させて、フリバーは街の外壁から離れていった。

 気になっていた事は確認できた。此処にはもう用はない。だから次。

 彼は地図を確認したのち、次の目的地に向かった。


 その目的地と言うのは勿論――エルシューの元だ。

 質屋で、フリバーの推測は済みだ。

 エルシューと言う神は、町の中心。「エルシューの時計塔」に身を置いている……と言う事。

 つまりは地図上の金文字は神の住処で間違いないと言う事実。


 エルシューの時計塔は外壁から其処まで遠くはない。

 二時間ほどで、フリバーは街の中心に辿り着く。

 白くて目がチカチカする街の中で、一層白く、太陽の光を受けて輝く純白の塔。


 それを見上げながら、フリバーは眉を顰める。

 二日前からずっと思っていた。この街は白すぎで眩し過ぎて目が痛い。

 そこに更に純白の塔とか。神様は趣味が悪い。

しかも、塔の前には謁見者。行列がずらり。――これに並べとかうんざりだ。

 仕方がないのでダメもとだが、時計塔の入口に立つ無駄に美形な警備に声を掛けた。


 「おい。ここにエルシュー…様ってやつがいるんだろ?」

 「え、あ、ああ」

 「だったら、フリバー・ライヘルドが謁見しに来ました。…そう今すぐに伝えてくれないか」

 「フリバー?」

 唐突なフリバーの言葉に警備の男は一瞬戸惑ったような顔をした。

 しかし、少しの間、警備の男は手に持っていた板版に視線を移すと数秒…。「ああ」と声を漏らし笑顔。


 「フリバー・ライヘルドさんですね。エルシュー様からは貴方が来たら直ぐに通す様に伝えられています。こちらへどうぞ!」

 「………どうも」

 幸いなことに、どうやら並ぶ必要は無かったらしい。

いや、むしろ、これで「むりあわない」とか「ならんで」とか言われたら本気で一発、“神”の顔に拳をくれてやるつもりであったが。

 あの“神”、一応は気に掛けてくれていたらしい。


 警備に案内され、時計塔の上。

 白い螺子階段の先の豪奢な扉の向こう。

 玉座のような豪華な椅子に座っているエルシューの前に、フリバーは案内された。

 フリバーからすれば二日ぶり。

 椅子に深く腰掛ける“白い神”はウザい程に神々しく、憎たらしい程に美しい。

 

 入口の前で、露骨に眉を顰めるフリバーに反して。

エルシューはフリバーを見て、美しい顔に満面の笑みを浮かべ立ち上がるのだ。

 笑みを湛えたまま、距離を詰めようと数歩、歩く。


 「やぁ!フリバーくん、待ってい――」

 「今すぐ俺を元の世界に返せ」

 「――――」

 反対に。フリバーから送られたのは、勿論冷たい言葉であったが。


 ◇



 いや、当たり前である。普通に当たり前である。

 フリバーは異世界なんて知るか。勝手に助かっていろと、エルシューの言葉を拒絶したのだから。

 拒絶を受けたにも関わらず「てへぺろ」して、この異世界に無理やり連れて来たのだから当たり前である。

 むしろ「待っていた」とかどの口である。


 さて、ここで、少しだけ、エルシューの視点にしよう。なに、僅かだ。負けたら戻る。


 フリバーから拒絶を受けたエルシュー。

 思わず、余りに冷たいフリバーの目に泣きたくなる。

 なんで、こうも「異世界人は皆こわいんだよ」なんて心では泣きべそ。

だが、エルシューも此処で引き下がる訳にはいかない。

 彼には彼で、どうしてもフリバーにやって欲しい事がある訳で、無理をして連れて来た訳だし。

 僅かにでも泣こうものなら、相手の逆鱗に触れることは学んだので、泣くのを我慢し、息を吸ってフリバーを見た、手を広げて――。


 「フリバーく――」

 「先に言っておく、俺はお前に手を貸さないとはっきり言ったはずだ」

 「……それは――」

 「それなのにお前は有無を言わさず連れて来たな。ああ、それは良い」

 「!――ゆるしてくれr――」

 「どうせ、こう思っていたんだろ?『断られるはずない』って『今まで断られた事ないから俺も引き受けてくれるに違いない絶対そうだ。うん。だから転生魔法発動しておこう(てへ)』神ってやつはそういう物だ」

 「あの…」

 「慣れているから、よーく分かっている。無茶難題を押し付けるだけ押し付けて何もしないのが何故か神ってやつだ。むしろ俺の世界の神と同じ思考で呆れたぐらいだ」

 「………――」


 まさかのマシンガントーク。

 フリバー、エルシューに質問の暇さえ与えない。

 それでも此処で負けてはならない。エルシューも負けない。


 「あ……あのね――」

 「そういう神はな、次は大概こう言う。『自分の願いを、叶えてくれるまで元の世界に返さないよー。やってくれるよね、やらないと帰れないもの。……ね?』等と。全くふざけていると思わないか?」

 「え、あの。は、ええ――」

 「心底腹が立つ脅し文句で、自分たちにはできない無理難題を、例えば『自分たちですら叶わない敵を倒せ』――だとか?」

 「――はい、あ、あの――」

 「何故だか自分達より遥かに弱い存在の人間に無理難題を押し付け、手は貸さない。貸す気も無い」

 「――僕は……」

 「もし負けたら情けない呼ばわりで、頑張って成し遂げたら何もしてない癖に笑顔で『ありがとう。この世界は救われました。世界に帰る前に何か願い事をなんでも一つ叶えましょう』はっ…!脅しといてどのくちだよな?」

 「……あ……う……」

 「俺からすれば、そんな力があるなら自分で何とかしろよ、って心底腹が立って仕方が無い」

 「……う………ん」

 「普通、そう思わないか?ご褒美とやらを、ありがたく受け取って皆笑顔で帰っていくと思っているのか?」

 「………」

 「少なくとも俺は帰れないなぁ」

 「……………」

 「――ああ、でも願いが叶うなら、俺ならそんな糞野郎を一発ぶん殴る」


 エルシューの目に映るのは、フリバーの飛び切りの良い笑顔。

 「うん、実に良い願いだ」

 「…………」


 笑顔の後は凍り付くほどの無表情。

 フリバーはエルシューに殺気を向けた――。


 「……さて、エルシュー。てへぺろ野郎。俺には二発、三発ぐらいは権利があると思っているが、話ぐらいは聞いてやろう。――俺に言いたいことはあるか?」

 


 ……

 …………

 ……………。



 「…………アリマセン」


 ――エルシュー負けた。

 フリバー、見事なまでのマシンガントーク。

 言い訳出来ない程に、泣きつく暇さえ無い程に負けた。完全敗北。

 エルシューは、いそいそと椅子に戻ると、ちょこんと座り直して、

 小さくなって俯いて、

 少し顔を上げれば、冷徹な殺気が一つ。


 嫌に静かな中、フリバーは口を開いた。


 「じゃあ、エルシュー。もう一度言うぞ。――俺を元の世界に戻せ」

 「――む、ムリデス」

 「ほぉ、無理か。この機に及んで凄い度胸だな。それとも、まさかと思うが、本当に無理って事じゃないよなぁ?…帰す力が無いとかじゃ、ないよなぁ?」

 「そ、っそそ。ち、ちちが――」

 

 怖い。目、黒いフリバーの眼がマジで怖い。

 いや、ほんとに怖い。怖い。

 こわ、こわい。――恐怖しか感じられない。

 でも怖い目が語る、

 ――嘘、ついたら、ゆるさない――って。


 「――すみません!!!い、いいい今は返せないんです!!!許してください!!!世界を救ってくれたら、かならず返しますからぁぁぁぁぁ!!!」

 「…………」


 ――椅子から飛び降りた後、素晴らしい土下座であった。

 もう恥とか、恥とか恥とか恥とかプライドとか?かなぐり捨てたらしい。

 泣く暇もなく心の底から叫びエルシューは土下座をした。

 そんな神をフリバーは無表情で見下ろすのだが。


 さて、フリバーは腕を組む。

 ああ言ったもののフリバーは、別にもうエルシューをころ……殴る気はない。

 彼は昔から神様に散々な目に合わされてきたのだ。

 どうせ何を言ったって、無駄な事ぐらいは既に承知済みである。

 「タダで元の世界に返してくれる」――なんて無い事ぐらい知っている。――それが神だもの。


 だから先に出来るだけ簡単に、この“異世界”について調べて置き。

 出来る限りの、この先の生活準備を考えた上で、エルシューに会いに来たのである。

 ただ、無理やり連れて来た件は一切許すつもりは無いので、エルシューと再会した時。

 腹立たしい事を言われる前に先に脅しをかけて、その神々しさやら神の威厳やらを剥してやっただけである。

 それは完全成功。よくやったフリバー。

 プライドを投げ捨て土下座をしたエルシューに、神の威厳はもう無かった。


 フリバーは「ふん」と鼻を鳴らし、満足げに笑みを一つ。

 ――この、少なくともあの、”死の少女”と”光り輝く少女神”と比べれば格下だ。

 絵本には「原初の神で生命の神、エルシュー神」とか書かれていたし、この世界の住民からは慕われているようだが、フリバーからすればそこまで偉大な神じゃない。

 そりゃ、大体の存在に負ける。人間に縋りたくなるのも納得だ(笑


 というか、神の情けない姿を見て、ちょっとすっきりできた。

 フリバー自身にコレだけの迷惑を一方的に押し付けておきながら、あれぐらいのマシンガントークで何も言えなくなる神とか。こいつは考えなしの馬鹿だ。普通はもう少し言い訳ぐらいは考えておけばいい物を。馬鹿め。


 ――フリバー心の中でガッツポーズ。


 言いたいことも言ったし、もう十分である。

 これからは本格的に、元の世界に帰る事だけを考えよう。


 ただ、だからと言ってこの“神”の願いを叶えるかは別の問題であるが。


 「――それとなエルシュー、俺は――」

 「おいエルシュー、話がある!!!」


 フリバーの声が一人の男の声に掻き消されたのは同時の時。

 何事かと視線を後ろへと向けた。


 広間の入口、フリバーの真後ろ。そこには男が一人立っていた。

 ここまで走って来たのだろう。

 額に汗を浮かべ肩で荒く息をする、自分と同じ年ほどの少年。


 ツンツンとした深い緑の髪に、正義感が強そうな吊り上がった眉と、金色の瞳。

 鞘に美しい細工模様が入った『聖剣』を腰に差した――。



 ――ああ、そう。

   勇者ブレイル・ホワイトスターがそこに立っていた。






 『こうして、冒険者と勇者は出会ったのです』




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