2節 フリバー・ライヘルド3



 空き家の扉を開ければ、相変わらず埃っぽい匂いが充満し、床に並んだ本で足の踏み場もない。

 中に入ったフリバーは、扉を閉め。出来るだけ、本が少ない場所へ行く。建物的には端に近い。

 足元にある本を、適当にどかして、食料を床へ。漸くフリバーは座り込んだ。


 「――ま、たしかに休むにはいいな。暗くていい」

 まるで夜のような屋敷の中で、あたりを見渡しつつリンゴらしき果実を口にしながらフリバーは呟く。

 屋敷の中はそれほどまでに暗かったのだ。

 外は異様に明るかったから、この夜のような暗さが心地よく感じる。

 暗いからか、食料をお腹に入れたからか、僅かに睡魔も襲ってきた。


 思えば、元の世界では寝ようと準備していたところで“異世界”に飛ばされたのだ。

気を失っていたが、まだ旅の疲れが残っていたのか、先ほどまで細かい地図に集中していたからなのか、なんにせよ身体は疲れていたようだ。

 丁度いい、食事が終わったら少し仮眠をしよう。目が覚めたら地図を手に探索すればいい。――そう決める。


 ただ、まだやる事もある。休む前の、もうひと仕事だ。

 食事をしながらフリバーは鞄から小さなランプを取り出す。


 「‴我が身を照らせライト‴」

 そう小さく呟けば、小さなランプは僅かな光が灯った。

 これは物質に光を灯す、こちらも簡単な魔法だ。火を使っている訳ではないので安全でもある。

 この光の元で、フリバーは地図を広げた。


 次にやる事は既に決めた。

「町の探索」――これは良い。ただ同時に確保しておきたいものがある。

 簡単である。先立つものが無ければ動こうにも動けない。

 この世界の「通貨」が必要不可欠である。


 だから、まずはこの世界の通貨の確保。これが一応の最優先だろう。

まずは地図上で先ほどのオードリーの質屋を含めて、近場の質屋を幾つか見繕う。

 なにせこの”世界”の事は知らないのだ。銀一つの原価すら分からない。

あの“少女神”にはああ言ったが、ぼったくりに合うのはご免である。手元にある銀貨が、フリバーの今唯一の財産なのだから。

 “少女神”が教えてくれた「セトの遊戯町」は流石に遠すぎて無理があるが、幸いここは「カルトの町」がすぐそこだ。

 だから、今現在の範囲を考慮しつつ。「エルシュー街」と「カルトの町」の両方から合わせて最低でも5つ。

その中で、銀貨を一番高値で買い取ってくれる店とそうでない質屋を判断する。それが仮眠を終えたら「今日」一番にやる事。

そして、ついでにこの世界と街の情報収集。いや、これが一番大事だろう。

 

 次に寝床の確保だ。正直この空き家が一番だが。今日出会った二人の“神様”の話からすると、この空き家はあまり使って欲しく無さそうに感じ取られた。「今日一日だけなら良い」まさにそんな感じ。

 勝手に長居して神罰とかは論外。だから夜が更けたら出ていくつもりだ。

 だから明日からは少なくとも数日間は宿屋暮らしになる。コレは慣れているが、問題は場所だ。

 ”神様”の側は嫌だし、いつ帰れるか分からない以上出来るだけ安い宿屋で良い。



 ――さてしかし、地図を見る限り宿屋は少ない。

 見つけた限り「エルシュー街」では3つ。「カルトの町」では4つ。何処を拠点にするかが問題だ。


 「…ま、本当は協力者を見繕えば、それに越したことは無いんだが…」

 フリバーは呟く。

 一番良いのは、住居を提供してくれる協力者がいる事だ。

そうすれば少なくとも宿代と食事代は一気に減らせるだろうし情報も手に入る。

ただ、見知らぬ人物をそう簡単に、長い期間宿泊させてくれる人物など簡単にいないだろう。それに正直、見返りなしで簡単に協力してくれるとか裏がありそうで、あまり信じられない。

 そうなるとやはり、一先ず暫くは宿屋暮らしで決定である。

 全く帰れる見込みがないなら、仕方がない。住み込みで働ける場所を探しつつ帰る方法を模索するしかない。


 「…正直、ここは街の端なんだよな。行動する事を考えたら宿は出来る限り中央よりが良いか…?少なくともこの街よりカルトの町の方が便利そうだ…。いや、その前についでだ。『“街”』の外に出てみるか」

 顎に手を添えながらフリバーは地図に描かれる『“街”』の外に目を移す。

 地図には街の外も描かれていた。ここも”神様”の管轄なのだろう赤文字で「ピエナス農場」と文字が書かれていた。それも、こちらの”神”は地図に描かれる街の外の下半分を管轄しているらしい。

 その上半分は「ディアナの農場」。これまた、別の神の筈だ。


 この街の外も一応確認しておく必要がある。ここから出ると、「ピエナス農場」か。

それなら『“街”』の端にあるこの地域からはまだ離れられない。

 そもそも。この街の地図一枚しかもらえなかったが、他の国や村々も知っておく必要がある。


「………よし、取り敢えず、仮眠をとって質屋。明日になったら街の外へ行く。これで決まりだな…」

そんな先の見えない異世界での日々を想像しながら、フリバーは「今日」と「明日」やるべきことを決めた。

 と言っても、簡単な行動だ。

仮眠を取り、目が覚めたら質屋巡り。もう一度、此処に戻って、一泊。

」になってから『“街”』の外の簡単な探索。コレだけなのだから。


 やるべきことを決めて、フリバーは小さく息を付く。

 だいぶ頭は冷めた。仮眠をとれば更に落ち着くだろう。怒りだって治まる


 「………『“街”』の外を確認して、帰りにエルシューの時計塔に行くか…」

 

 怒りが冷めれば、あの神にも面と向かって対峙できるはずだ。

 会いたくなくても会いに行かなくてはいけないのも確か。

 ああ、これから忙しくなりそうだ。

一先ず数日は「エルシュー街」に泊まって無駄だったら地域を移動する。そう決める。

 何にしても忙しいのは変わりない。これから数日の、大まかにやるべき事をすべて頭に叩き込む。


 「………そうだ。こっちの確認もしておくか」

 地図を鞄にしまってから、フリバーは自身について、確認し忘れていたある事に気が付いた。

 自身の前に片手を差し出す。


 「‴我が身を表せステータス‴」

 ああ、これも初歩中の初歩の魔法。

 自身の能力値を具現化できる魔法。

 呪文を唱え終えると同時に、フリバーの目の前に自分のステータスが現れる。

 レベル。力、魔力、敏捷、耐久、幸運。それが数値化して露わになり、使える魔法とスキルが一覧で確認できる。


 何もおかしいことは無い。フリバーの世界はそんな世界だった。それだけだ。

 ――ただ、それがここで通用するかは謎である……。



 「――なんだこれ、バグってやがる」


 フリバーはステータスを確認して眉を顰めた。

 本来フリバーのレベルは99だ。それが今は99,9。そう記されたかと思えば66,88に変わり、また変わる。その上、ぐるぐる、ぐるぐる。数字が回っている。

 他の能力値も同じ。完全にバグを起こしている。

 一瞬困惑したが、冷静にした頭で、考えられるのは一つだった。


 「……この“世界”に『ステータス』ってって事か…?」


 ――……それは、この“異世界”には「ステータス」という概念がないという仮説。

 別に珍しい事ではないだろう。むしろ其方が普通なのかもしれない。なにせ、「転生前」のフリバーの世界は当たり前にステータスなんて存在していなかった。

 そして、その仮説が正しいのなら。こちらの世界に合わせて、フリバーのステータスも不具合を起こす可能性はあるのではないか。むしろその可能性が一番しっくり来た。


 ただ「ステータス」

……つまり能力の数値化が出来ないだけで、能力が劣った様子はない。

力が弱まったとか、そんな違和感は、今の所感じることは出来ない。

しっかり確かめるべきだろうが、流石に『“街中”』で能力は使えないだろうと判断して。

今は気が付いたこの事実を「異常」として、頭に留めて置くだけしか出来ないだろう。


 ステータスがおかしいのだ。次に他に異常が無いか調べる。取り敢えず、魔法のあたりを。

幸いなことに覚えているスキルや魔法が減っている――……という異常はない。

 ただ、その違和感には直ぐに気が付いた。


 「…回復魔法の類がバグってる」

 それは魔法一覧の中、数少ないフリバーが覚えている回復魔法の全て。その文面が全面的に可笑しい。

 とくに、覚えている限りでの一番の回復魔法。コレの文章がおかしい。

 いつもなら「傷の完治および体力回復」そう記されている筈が今は「傷の表の補修」…こうだ。

文章の前半は大きく変わり、後半など無くなっている。


 「………」

 これは流石に見過ごせない。ただ情報が無いので、これ以上確認しようも無い。

 しかし気になるモノは気になる。

 仕方が無いので、フリバーはナイフを取り出す。

 ナイフの切っ先を自分の手の甲へ、軽く切り裂いた。


 手の甲からは鮮血が飛び散り床へと落ちる。フリバーは僅かながらに眉を顰める。すかさず、傷口に残った手を翳した。


 「‴その魂に癒しをキュア‴」

 問題の魔法を一つ。

 本当であれば、こんなかすり傷程度にこの魔法は使いすぎ、と言う程の物なのだが。仕方が無い。

 呪文を唱え終わると同時、フリバーの手の傷は嘘の様に跡形もなく塞がった。


 「――?なんだ、問題ないじゃないか。対象が小さすぎたか?」

 これにはフリバーも首をかしげるしかない。

 フリバーの世界では「魔力」を消費して「魔法」をつかうのだが、そちらも変わりない。何時もの同じだ。感覚てきに、魔力はいつも通り減っている。

 ――……そうなれば、回復魔法の文章がバグっているだけなのか、彼の言う通り傷が小さすぎただけなのか。

 しかしこれ以上は調べるに調べられない。さすがに確認の為に切腹の真似事とかしたくない。

 仕方が無い、この問題も今は覚えておくだけで精一杯の様である。

 気にかけつつも、フリバーは魔法の確認へと戻る事にした。


 ただ、幸いなことに他に可笑しい所は見つからなかった。

 結局気が付いた問題は2つと言う事だ。


 ――取り敢えず。今日は此処まで。

 流石に睡魔が襲う程疲れている中で、魔法を使うのは疲れた。

 フリバーは魔法を解除して、大きく息を付くと共に倒れ込む。


 いや、本当に今日一日で色々と疲れた。正直、もう今はかなり眠たくて仕方が無かった。

もう今必要なのは睡眠に違いないと、ゴロン…寝返りを一つ。


 「――って」

 手の端が辺りの本にぶつかった。

 あたりの本は大体どかしたつもりだったが、量が量だ。仕方がない。

 そういえばと思う。この世界の本は一体どの様な物なのだろう――と、手に取って表紙を見る。

 

 「………」

 しかしそれはフリバーには読めなかった。

 表紙には、絵などは無く。ただこう記されている。


 『HukebaLa.KoweniUdo』


「読めん」

 取り敢えず、中を開くが。やはり読める気配は微塵も無い。

 体を起こして他の本も見てみる。


 『EwakiNulueeMu』『GyukesuDoluwao』『WopuKa』『TeweEli』

 『ONulefime』『MeweRoO』『HuleEma』『GikeExyaKeNuleO』

 『WiuekeXyuo.Umo.UdekeRo』 


 どれもこれも読めると言うレベルじゃない。

 全て理解が出来ない。まるで文字になっていない。


 「………」

 フリバーは考えた。少なくとも今自分は地図の魔法で翻訳可能なはず。

 それなのに、ここまで読めないとなると、「読むのを許されていない」と考える方が正しいのではないかと。

 現に、開けた一冊目と比べると、二冊目からの本はどれもこれも開く事すら出来なかった。


 仕方が無く、何か読めるモノは無いかと探してみる。

 ――……見つけた。


 本のタイトルは『原初の神』。これは、しっかりと読める。

 他の本と比べれば、酷く古い物だ。

 タイトルに思わず眉を顰めたが、一応パラパラと中を見てみる。


 「…くだらん」

 少し見てポイ。

 まぁ、簡単に説明すれば、最初の神がいつ現れたとか、どんな存在とか、つらつらと書かれたものだった。

 ただ気になる所はあった。

 それは本の最初のページ。そこだけ、まるで子供の絵本のような内容で記されていたのだ。


 渋々とフリバーは、もう一度手に取ってその文にだけ目を通した。


 ☆☆☆


 『げんしょの かみさま』

 

 むかし むかし あのところに “いのち”のかみさまが あらわれました。

 きらきら きれいなかみさまは そのちからをつかって たくさんのいのちを つくったのです。

 ぼくたち にんげんも そのひとつ。

“いのち”は ぼくたちのほかに たくさんのかみさまを うみだしました。

 ぼくたちのために たくさんのせかいを うみだしてくれました。

 こうして せかいは できあがったのです。


 かれがいるから このせかいでは いのちが めぶくのです。


 とても とても へいわなせかいが できあがったのです。


 あるひ へいわなせかいに それは おそろしいそんざいが あらわれました。

 それは “し” でした。

 “し” がうまれると ひとが たくさん しんでいきまいた。

 “し“は こわいです。 “し“は おそろしいです。

 でも “し” はだれより つよいのです。

 だって せいめいを ねたんで うまれてきた こわいそんざいですから。


 かのじょが いるから このせかいには “し” があるのです。


 でも かのじょは げんしょの かみさま。

 “いのち”とおんなじ げんしょの かみさま。

 しなない かみさま。 えいえんに いきるかみさま。 

 だれも “し”を たおせる かみさまは いないのです。


 “いのち”だって “し”には かなわないのです。

 だって だって かれは うみだすことしか できない かみさまですから。

 これが ぼくたちの せかいなのです。


 ☆☆☆。

 


 「………ふん。……ばからしい」

 フリバーは今度こそ本を投げ捨て、横になる。

 今日一番、実に下らないものを見たとすら思った。


 「――彼女がいるから死がある、ね」

 ――……ああ、全く持って馬鹿らしい。

 そう小さく呟いて、今度こそフリバーはそっと目を閉じるのであった。




 『嘘偽りのないお話――………』

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