1節 ブレイル・ホワイトスター2



 ――「こんにちは。魔王を討伐した勇者君。」


 あの日、あの夜。魔王を討伐し、英雄となったブレイルの前に現れた男は。

 にこやかに笑みを浮かべ、まばゆい光を纏わせながら、宙に浮き此方を見下ろしていた。


 僅かな間も無く、ブレイルの隣から小さく息を呑む音が聞こえ。隣に視線を送れば、旅の仲間であり旅のきっかけをくれた王女パルが、同じように“神”を名乗る宙に浮かぶ男を見上げ呆けている。


 まるで、信じられないモノを見るように。それはブレイルも同じだ。

 我に返り、パルが胸に抱く聖剣に手を伸ばす暇もなく。

 にこやかに笑う男は「初めまして」と言わんばかりに、手を差し伸べ口を開き。


 「僕は君たちの世界とは、全く別の世界からやって来た全知全能の神エルシュー。――どうか、どうか僕を助けて欲しい。僕の世界を強大な悪から助けて欲しい。」


 にこやかな顔を、困り果てた表情に変えてブレイルに助けを求めてきたのだ。


 「神」と聞いて少しだけ息を呑む。

 ブレイルにとって神様なんてモノは初めて見る存在だったからだ。

 それは隣にいた彼女も同じであっただろう。


 魔王討伐の長い旅路、その中でさえ神なんてモノと対面したことは無い。

 何せ、ブレイルの世界では神なんてモノは、大昔に「天の世界」とやらに帰ってしまったと伝えられていたから。

 見たことも無い物を信じる程、ブレイルは素直じゃない。


 しかし、隣にいる彼女、パルは違う。

 幼いころより誰よりも神様を信じて、祈りを捧げて来た純粋な聖女少女だ。


 ブレイルが持つ聖剣は神が造った物とされ、彼女の国の秘宝でもあったから。

 彼女が生まれながらに持っていた「癒しの魔法」は、神が与えたものであると伝えられていたから。


 だからパルは神様を心から信じている。

 そんな彼女の信仰をブレイルも理解し、受け入れている。



 そんな、《神様》が助けを求めて来たとしたら。



 ――嗚呼、いや、違う。


 目の前に浮く男が神様か、神様じゃない。そんなの、どうでも良い。

 神様を信じている。信じていないなんて、今は関係ない。


 ブレイルは大きく息をつく。決意したように胸に手を当てる。

 もう一度、隣を見れば。

 先程まで呆けていたパルも、また何か決意した様子で此方を見つめていた。


 二人が大きく頷きあうのは、きっと当然のこと。

 決意に満ちた目で、神を見上げて二人は笑みを浮かべる。


 「俺達に任せろ!」「私達に任せて!」


 当然の様に彼と彼女は、縋るように助けを求めて来た神様の手を取ったのだ。

 理由なんていらない。

 彼らは世界を救った英雄なのだ、沢山の助けを求める人々を助けて来た存在なのだ。

 異世界だろうが、神だろうが関係ない。


 助けを求められれば誰だって助ける。

 


 嗚呼、だって――

 それが勇者だ!



 ――はい。

 こうしてブレイルは騙されました。


 

 「ぷっ!!あはははは!何それすっごいお人よし!!」

 「う、うるせー!笑うな!人が困っていたら助けるのが当たり前だろ!」


 温かな太陽の光が降り注ぐ、美しい街の中心。その道の真ん中。

リリーはブレイルから事のあらましを聞いて大きな声でお腹を抱え笑った。

 ケラケラ笑う彼女を横目で見ながらブレイルが「ぐぬぬ」と声を漏らす。


 当然だ。リリーはエルシュー“神”の言葉を頭から否定した。

 「魔王とかいない」

 見事にバッサリと。

 彼女の話が事実であるならブレイル、そして離れ離れとなったパルは、自称神とやらに騙されたことになる。だからブレイルの反応は仕方が無い。


 だがリリーはリリーで笑い過ぎだ、ともブレイルは思ってしまう訳である。


 「……で。それよりなんで俺を街なんかに連れて来たんだよ。」


 ケラケラ未だに笑い転げるリリーに眉を顰めながらブレイルは、話題を変える様に、不機嫌そうに声を漏らした。

 質問を投げかけながら、あたりを見渡す。

そこは何処からどう見ても街。それも商店街と呼べる場所だ。


 白い煉瓦で作られた建物がずらりと並び、何かの店なのか看板が建っている場所もある。

 建物の前には様々な色をした屋台。果物やら野菜、魚と言った様々な商品が陳列する露店が並んでいる。

 美しい街並みだ。当たり前だが、ブレイルにとっては、初めて見る“世界”である。


 ここに連れて来たのは、勿論リリー。

 「話の続きは、歩きながらでも聞くから着いてきなさい」

 そう言って彼女は、ブレイルをこの場所へ連れて来た。


 彼からすれば異世界の街なので興味が無いと言えば噓になるが、どうして突然リリーが自分を街に連れ出したかは、理解も出来なかった。

 そんなブレイルにリリーは、笑い過ぎて出た涙を指で払いながら「ふふん」と声を漏らす。


 「いいから。着いてきなさいよ。この先の酒場に用があるの。まぁ、もしかしたら。なんて思っていただけだけど。さっきの話を聞いたら正解だったんだなって思っちゃった」

 「は?」


 何が正解なのだろうか、全く謎である。

 

 「あ、ほら。あそこよ!」


 不思議そうなブレイルをよそにリリーが声を上げ、これまた煉瓦作りの建物を指す。

 看板が掲げられているが、ブレイルには読めない。

 この文字はこの世界のモノなのだろう。内容は分からないが、これが彼女の目指していた「酒場」だと言う事は何となく察しがついた。


 「さ、入るわよ。」


 有無を許さずリリーがブレイルの腕を掴む。

 そのまま彼女は酒場へと駆け寄って扉を開き、中に入るのだ。


 「お、おい!本当にここに何の用が…」

 「ブレイル!!」


 困惑した声を、清廉な少女の声が遮ったのは、酒場に足を踏み入れた直後の事。

 ブレイルは顔を思い切り上げる。

 当たり前だ。誰より心配していた『仲間』の声が聞こえたのだから。

 

 ばっ、と見渡せば、酒場のカウンターに座る「彼女」の姿が目に映った。

 綺麗に切りそろえられた薄いピンクの髪。今にも泣きそうな青い大きな瞳がブレイルを映す。

 間違いない。この世界に一緒に連れて来て、離れ離れになった。――パルだ。


 「パル!」


 ブレイルはパルの姿を見て、彼女と同じように声を上げた。

 安堵に満ちたパルが勢い儘に椅子から立ち上がり、ブレイルに走り寄ってきたのは同時の事。


パルはブレイルの前に立つ。

身長差のあるブレイルをまじまじと見上げて、大きく胸をなで下ろす。


 「――……ブレイル。良かった」


 彼女の口から出たのは、ブレイルを心から案じていたと分かる、言霊。

 続けてブレイルが何かを言う前に、パルは顔を上げた。


 「私、気が付いたら病院のベッドにいて。ここの酒場のおじさんが見つけてくれたらしいの。でも貴方の姿が何処にも無かったから心配したんだから………!」


 彼女の口から出るのは涙が含まれた声。

 どうやら、自分とパルは別々の場所に倒れていたらしい。

 それでも同じ世界に飛ばされていたことは、ただ安心の一言であった。

ブレイルはパルの肩に手を置いて頷く。


 「俺もだよ!俺はそこのリリーに助けてもらった!無事でよかったな!パル!」

 「――うん!」


 二人が今一度笑いあう。そんな二人の様子に、いつの間にか店のカウンターまで見守っていたリリーも「あはは」と声を出して笑った。彼女側にいた、酒場の店主らしき男も「うんうん」と頷いている。


 「やっぱり、あんたの知り合いだったのね。今朝このおじさんが店の前で女の子が倒れてるって騒いでいてね。私も一回様子を見に来たのよ。そしたらあんたと同じようにその子は「異世界から来ました」なんて馬鹿正直に話していたの。だから、もしかしてって思ったわけ。良かったわね。」


 ここで漸くリリーの真意が理解できた。

 ちょっとむかつく女だと思っていたが間違いだったようだ。


 「サンキュー、リリー。意外といいやつだな!」

 「意外は余計よ!あんたを助けている時点で私は良い人でしょ!」


 リリーはブレイルの言葉に少しだけ眉を顰めて、しかし自慢気に笑顔を浮かべる。

 その人の好さに溢れた笑みを見て、ブレイルは心から確信するのだ。

 リリーと言うこの少女は、面倒見が良く信頼できる人物であると。




 「………すみません。」


 そんな和やかな雰囲気に似合わない静かな声が響いたのはその時。



  ◇


 

 あまりの唐突なことにブレイルはびくりと肩を震わす。

 声がしたのは後ろ、勢いよく振り向く。


 店の正に入口。

 ブレイル達の真後ろに立っていた人物は「少女」。


 正確に言えば「おそらく少女」。

 どうしてそう曖昧なのか。理由は簡単。

 頭からすっぽりとかぶったフードのせいで、顔が隠れて見えなかったのだ。


 頭からつま先まで黒一色。ダボダボのローブ。

 何とか確認できるのは、フードの隙間から除く白い肌と黒い髪の毛だけ。 

 背丈は男のブレイルより、ほんの少し小さい。

 ダボっとした服装のせいで体格ははっきりとしないが、どう見ても女の体型ではない。

 正直女性には見えない。全てにおいて、この少女にしては少々大きすぎる。


 ――ただ、そう。声。


 凛と静かな。しかし、どこか幼いその声色は少女の物で違いない。

 だから、その何とも言えない人物の姿を見てブレイルは思わず息を呑むしかなかった。


 「わ、わるい。邪魔だったな。」


 それでも無理やり笑みを浮かべて身体を端に寄せる。ブレイルの様子を見て、慌てたようにパルも道を開けた。

 この“人物”がいつ店に入り、自分たちの後ろに立っていたかは分からないが、声を掛けられた以上。邪魔であったから声を掛けて来た。そう判断したのだ。ブレイル達は店の入り口を占領していたから。


 しかし道が空こうとも“少女”は動こうとはしなかった。

 ただ無言のまま。ブレイルとパルを交互に見渡す。

 そして少しの間。“少女”は無言のまま静かに、しかし唐突に、手に握っていた何かをブレイルに押し付けて来たのである。

 

 茶色に金の装飾が刻まれた鞘。一本の剣。

 それは紛れもない。


 ――ブレイルの、勇者の聖剣。


 「俺の!」


 おもわず大きな声が漏れる。

 奪い取るように“少女”の手から剣を掴み上げ、まじまじと見つめた。

 鞘から刀身を少しだけ抜けば、美しい模様が刻まれた銀色の刃に顔が映る。


 やはり間違いない、これは聖剣だ。

 目が覚めた時手にしてなかった大事な聖剣だ。


 正確に言えば、パルに預けていたから手にしていなかった。

 彼女が持っていてくれていると信じていたものだ。


 「ああ、良かった!!」


 ブレイルは再会を喜ぶがごとく、聖剣を胸に押し当て抱きしめる

 驚きの声を上げたのは、隣に立っていたパルだ。

 口元に手を当てると、ブレイルの胸にある聖剣をまじまじと見つめポツリと呟く


 「それ、目が覚めた時、何処にも無くてずっと探していた………」


 その聖剣は確かにパルがブレイルから持っていたものだ。

 国で行うはずだった勇者の式典の為、異世界に飛ばされる直前まで預かっていた物。


 そして、この世界に来て病院で目が覚めた時、何処にも無かった一品。

 この事実に気が付いた時、パルは青ざめた。異世界に飛ばされたと理解して、驚くよりも前に飛び起き探した。

 自分が倒れていたと言う場所も、その付近も血眼になって必死に。


 だが、いくら探しても見つからない。数時間たち、フラフラになるまで探しても見つからず。

 仕方が無く、「ブレイルの元に会ってくれ」と願いながら。この店に返ってきた所、ブレイルと再会を果たしたわけだ。


 呆然としていたパルは、我に返ったように慌てたようにブレイルに頭を下げた。


 「ご、ごめんなさいブレイル!実は私ここに飛ばされた時、大切な貴方の剣無くしていたんです!それでずっと探していて!」


 今にも泣きそうな顔をするパル。

 しかし彼女の話を聞いて、ブレイルは笑みを浮かべると気にするなと言わんばかりにその頭をなでる。

 何があったにせよ、聖剣はブレイルの手に戻ってきたのだ。パルも無事であった。

 パルも必死になって探してくれていたのは違いないのだから、それで十分。怒る気も無い。

 それに、この聖剣の安否に関しては、ブレイルは心配ないと信じていた訳だし。


 なんにせよ、だ。

 すべて無事であったのなら、それでよい。


 ブレイルは笑顔を浮かべたまま、改めて視線を前に向ける。


 「サンキュー!!お前が見つけてくれたのか!」

 「…………」


 勿論聖剣を持ってきてくれた“少女”に。

 ブレイルの心からの感謝の言葉と明るい声と視線に、“少女”は少しだけ俯いた。

 まるで顔を隠す様。

 頭から被るフードを更に深く下げると、“少女”は次にパルに視線を送る。


 「……貴女にはこれ。」


 また静かな少女の声が響く。声と共に“少女”がパルに差し出したのは大きな青いリボン。

 特徴的な模様と金色の石が埋め込まれたソレは見覚えがある。


 それは何時もパルが胸元に身に着けていたリボンお守りだ。


 旅に出る時に父王に渡された亡き母の形見で、彼女にとって大切な物。

 金色の宝石にはパルの家である、王家の紋章が刻まれているのだ。違いない。


 「ああ!有難う!病院に忘れたものだわ!」


 パルはリボンを見た瞬間に花の様な笑顔を浮か“少女”から受け取る。

 直ぐに何時ものように胸元にリボンを着けた。

 そんなパルの様子に、ブレイルは思わず吹き出してしまう。


 「うっかりし過ぎだぞ?パル。」

 「だ、だって、聖剣の事で頭がいっぱいだったんだもの。」


 ブレイルの言葉にパルは思わず頬を赤く染めた。

 分かっている。からかっただけだ。

 彼女が大切なお守りを忘れる程懸命に聖剣を探していたのは容易に想像できる。


 しかし、ここで2人の大切な物が手元に戻って来た。コレは変わりようのない事実。

 それを見つけてくれたのは、このローブの人物。それもまた、変わりない事実である

 だからこそ、ブレイルもパルも改めて“少女”を目に映し。


 「本当にありがとな!」

 「うん!ありがとう!」


 素直に真っすぐにお礼の言葉を贈るのだ。

 

 「………。」


 2人の感謝の言葉に“少女”は無言。

 それ以上何も口にすることなく顔を背け、フードの端を握りしめる。

 沈黙が流れた。これは、理解する。

 

 そうやら、この“少女”は此方と会話する気が無いのだと。

 そればかりか、“彼女”はブレイル達に小さく頭を下げると、踵を返す様に二人に背を向けるのだ。

 どうやら、“彼女”の用事はだけだったらしい。2人の忘れ物を届けに来ただけ。

 それ以上の用も無ければ、会話もする気がもないようである。


 ――ただ、最後に何故か一瞬。“少女”は、視線を酒場の奥にチラリと向けて。


 「…こら父さん!いつまで飲んでるの!」


 リリーの声が店内に響き渡ったのは、正にその時。

 ブレイルは驚き。気を取られ、一瞬リリーに視線を向ければ。

 酒場のカウンターの一番奥の席、酔い潰れ眠っている男をリリーが揺さぶっているのが見えた。


 何だと思い。

 慌ててブレイルはもう一度黒い“少女”に視線を向ける。しかし、そこにはもう誰もいない。

 思わず酒場の外に出て彼女を探すが、その黒いマント姿は何処にも無く、ただ街の人々が歩く様子だけが目に映るだけ。

 そんなブレイルの様子にパルは首をかしげた。


 「どうしたの?ブレイル。」

 「ん、あ、いや。あの子よく聖剣の持ち主が俺って分かったよな。」

 「あー。それはあれよ。私、いろんな人に聞いていたから。」

 「そうか?でもそれなら普通俺じゃなくて――……。ま、いいやつだよな。『こいつ』持てたぐらいだし!」


 僅かに感じた疑問を払うように頭を振って、ブレイルは聖剣を抱えてもう一度「にっ」と人懐っこく笑う。

 先ほどの人物。正直言えば気になる存在だが、悪いやつではない。

 むしろ「善良な人物」であるのは確か、ソレが知れて自然と笑みが零れたのだ。


 なぜ断言できるか。それはこの聖剣のおかげ。

 先程の少女、この聖剣をも軽々と持っていたのだから。

 勇者しか、限られた善人だけが触れる事が許されるこの一品を。


 実は、この神が造ったと言われる聖剣は自我がある。


 自身が認めた「勇者」しか扱うことが出来ず。

 また「真に純粋な者」しか触れることもできない、そういう代物。

 大昔、まだ神が地上に君臨していた頃は、神だけが触れ扱う事が出来ると伝説も残っているが。


 神がいなくなった今は、限られた人間のみ。

 現に元の世界では、聖剣に触れる事が出来たのはブレイルとパル、そして幼い子供達ぐらいだけだった。

 他の人間は指一本でも触れようとすれば、電撃が流れ拒絶される。


 そんな一品。


 その聖剣を、だ。

 先ほどの“少女”は当たり前に触れ、剰え持ち上げていた。


 この事実はブレイルからすれば、特別の一言。

 つまり、先ほどの“少女”はパルと同じ。「真に純粋な者」になる。

 そんな存在が悪い奴な訳がない。


 更に言うと、聖剣の持ち主であるブレイルには、触れるだけで聖剣が本物か分かる。

 それはと繋がりを持っており、聖剣の魔力のおかげらしいが。


 その為、聖剣と勇者は離れていてもお互いの存在を感じ取る事ができ。例え離れ離れになっても、聖剣は自然と必ず勇者の手に戻ってくる。これは紛れもない事実。現に今まさに聖剣はブレイルの手に戻って来た訳だし。


 ブレイルが聖剣に関して、心配していなかったのもこのため。

 の存在をしっかり感じ取る事が出来ていたからである。。

 だから、勇者として、断言する。


 ――この聖剣は本物だ。


 ソレを踏まえて、何度でも言う。

 先ほどの“少女”は悪ではない。むしろ聖剣が触れることを認めた人物だ、と。


 この世界にもパルの様な純粋な人物がいる。

 それもこんな短時間に特別な存在と出会えるとは。

 ブレイルはソレが嬉しくてたまらない。


 それだけじゃない。

 初めて会ったリリーは、パルの元まで連れてきてくれた。

 こちらの酒場の店主はパルを助けてくれた。

 2人ともパルとの再会を心から喜んでくれた。


 この異世界の、出会う人は誰もかれもが、みな優しくて親切だ。


 “神”に助けを求められた世界だったから、どれほど荒れ果てた場所かと心配していたが、杞憂であったらしい。

 この“異世界”も元の世界と変わりない、温かみ溢れた世界だ。間違いない。


 その事実が知れて、その事実が嬉しくて、ブレイルは笑みを浮かべるのである。



  ◇



 「父さんの事ありがとう。助かったわ。」

 「いいんだよ。俺は助けられた上、これからは暫く世話になるんだからな!」


 あれから数刻。

 ブレイルはパルと共にリリーの家まで戻って来ていた。

 彼の肩には酔いつぶれて寝ている男が一人。先ほどの、リリーの父親だ。


 「あ、父さんはそっちの部屋に寝かせて」

 「ああ」


 そんな男をリリーの指示の元。ブレイルが目が覚めた部屋の、その隣の部屋。

父親の寝室に、運んでいく。


 彼の部屋はリリーの部屋と良く似ていた。

 薬品の独特なにおいが漂う部屋。

 部屋の棚には小瓶がズラリと並び、側の机の上には理解出来そうもない文章が書かれた紙が散乱している。


 そんな部屋の端にある、大きなベッドへとブレイルは脚を進める。

 父親をベッドに寝かせて、足早に部屋を出た。


 静かに扉を閉めて、振り返れば、そこは変わって家のリビングに当たる場所。

 中心には大きな机と、4つの椅子。そのうちの1つに座ったパルが腰かけている。

 ブレイルはそんなパルの元へと歩みを進め、空いている椅子に腰かけた。


 どうして、2人がこの家にいるか。簡単である。

 ブレイルとパルは暫くの間、リリーの家に居候することに決まったのだ。


 「泊まる場所がないなら家に泊まれば?」

 再会のあの後。軽く提案してくれたリリーの、その好意に甘えることにしたのだ。


 何せここは“異世界”。

 自分たちを頼ってきた“自称神エルシュー”の真意も居場所さえも分かっておらず。

 元の世界に直ぐに帰れるとは到底思えない、そうなればしばらく滞在するしかない。

 

 それに、この世界の危機であるのなら、救いたいと言う気持ちは、2人とも変わらなかった。

 本当に何か危機的なことがこの世界に起ころうとしているのであれば助けたい。

 真実を知るまでは、此処に居ようとブレイルとパルの考えは一致したのだ。


 ただ、問題はお金関係なもので、自身の世界と此方の“世界”の通貨は当たり前であるが全く別物。

 というか連れて来られたのが唐突であったから持ってきていない。


 そんな中、見かねたリリー提案を出してくれたのだが、それは「ありがたい」の何物でもなかった。


 「けど大変ね。あんた達も。エルシュー神の口車に乗せられるなんて」


 少ししてリリーがお茶の入ったカップをトレイに乗せて、2人の元に歩み寄って来た。

 その声色には、呆れと同情が籠っている。


 彼女の中では自分たちは神エルシューに騙されたと完全に認識されたらしい。

いや、ブレイル自身もやはりあの神に騙されたのではないかと思い始めていたところ。

 何も知らないパルだけは首を傾げたが。


 「エルシュー?確か私たちに助けを求めに来た神様の名前だよね?口車に乗せられたってどういう事?」

 「何でもない!」


 純粋に問いかけてくるパルの言葉をブレイルは遮った。

 優しい彼女に実は“神様”に騙されていました。なんて言えるはずもない。「もしかしたら騙されたかも」なんて言葉もパルには言っていない。

 そもそも。まだ騙されていたと決まった訳でもないのだから、彼女に余計な心配とショックは与えたくは無かった。


 「くそ。自称神め。何のために俺たちを此処に呼んだんだよ。説明ぐらいしに来いっての……」


 ただ、騙されていると決定してないにしても、あの自称神エルシュー。

 何故自分達をこの“世界”に呼んだか。それぐらい説明しに来て欲しいものだ。頼って来たのは其方だろう。勿論、無理だと分かっているが。

 この“世界”に、エルシュー神様は確かにいるようだが、簡単に神様と会えるなんて訳はないのだから。彼方から出向くべきだ。


 「会いたいなら、明日にでも会いに行けば?」


 ――そんな考えをリリーがあっさりと覆す一言を放つのだが。

 一瞬の間、最初はこの言葉を理解できなかったが、直ぐに。ブレイルは顔を上げた。思わずリリーを見る。パルも同じ。


 「会えるのか!?」

 「会えるわよ。当たり前じゃない。」


 リリーはブレイルの問いを、これまたあっさりと返す。

 これにはブレイルも困惑するしかなかった。

 だって相手は“神”と自称する存在だ。いや、この世界の住人であるリリーが神と認めたのだ。正真正銘“神様”と呼ぶべき存在なのだろう。

 そんな存在と、そんな簡単に会えると言うのか。

 

 「相手は神様なんだよな!」

 「?ええ、神様よ。」

 「か、神様とそんな簡単に会えるのですか?」


 ブレイルとパルの困惑した様子にリリーは不思議そうに首を傾げた。


 「いや、だから当たり前じゃない。え?当たり前じゃないの?」


 いや、そんな普通に「当たり前」だと言われても……。ブレイルとパルは顔を見合わせる。

 二人の様子に、リリーは少し考えるように顎に手を添え、考えて暫く。口を開いた。


 「ねぇ。もしかしてだけど、貴方たち神に合ったことないの?」

 「「ない!」」

 「初めて会ったのはエルシュー神?」

 「「そう!/はい!」」


 二つの質問に2人の声はぴったり、同時に頷く。


 「なるほどね」


 此方の様子を見て、何かに納得したようにリリーも頷いた。

 そのまま彼女は机の側から離れると、窓際へと向かう。締め切られたカーテンに手を伸ばし、黒く塗りつぶされた窓を上げた。暗い部屋の中に、眩し過ぎる程の太陽光が差し込み、ブレイルとパルは思わず目を瞑る。

 そんな二人を他所に、リリーは窓の外、上空を指差す。


「あれ、見て」


 何か見せたいものがあるのだろうか。

 彼女に言われるがまま、眩しさを我慢して窓辺に近づき差された方角を見上げる。

 リリーが指を向けるのは上空、輝く太陽。あまりの眩しさにブレイルは、また一度目を細める。


 それでも目を凝らし、まじまじと太陽を見つめ、そして見つけることになる。

 眩しく、目もまともに開くのが難しい太陽の中心。

 その光の中、ポツンと存在する確かな、黒い人の影を――……。


 「あれ、太陽神ソレイユ様。ここからじゃ輪郭が何とか見えるぐらいだけど、もっと近くに行けば姿が見えるわ」


 驚く暇も、疑問に思う暇も無く。

 リリーは当たり前に神の名を口にし、神の存在を提示するのだ。

 おもわず、ブレイルはリリーに視線を送った。


 「貴方たちの世界は知らないけど、この街……この世界では“神様”はそこら中に暮らしているの。私達の友人としてね。特にエルシュー神なんて人間大好きだから会いたい放題よ。」

 

 驚愕の事実と言うものがあれば、まさにこの事であろう。

 この世界には神がいる。

 エルシューと名乗った“神”以外に、それも沢山の“神”が。

 しかも、そんな“神達”に会いたい放題だとか。


 「ええええ!!」


 勿論だが、パルは驚愕。窓から身を乗り出して、太陽を見た。


 「“神様”は皆、いい方たちばかりよ。基本的には。私たちの事をよく考えてくれるし、たまに面倒ごとを引き起こすんだけど。……ほら、例えば。大昔に太陽神ソレイユ様と月神リュンヌ様が喧嘩してそれ以降、夜が訪れなくなったとかさ」


 リリーは続いて、更にとんでもない事実を告げて来た。

 ブレイルはリリーに向けていた視線を、もう一度太陽を見上げる。

 間違いない。輝かしい太陽の中には、やはり確かに人影があった。


 ――アレが神。姿ははっきりしないが、あれが太陽の神。


 まさか、他にも神様がいようとは、それも沢山いると言う。

 そして太陽の神様は月の神様と喧嘩中。全然日が落ちない事は気付いていたが、どうやら此方が原因らしい。

 ――まさかとは思うが、自分たちにやって貰いたいと言うのは、その太陽と月の仲裁じゃないだろうな。


 「まぁ。だから、真意はエルシュー神本人に聞いてみなさいよ。」


 そんなブレイルの心中を察するようにリリーが言った。

 確かに、確かにそのとおりだ。


 あの太陽の中にいる人物が“神”であり、こんなの街に存在しているのなら、エルシューもこの街にいるのは確かなのであろう。

 リリーもすぐ会えると言っていたし。彼女の言う通り、この世界では神に合うなんて、簡単な事なのかもしれない。

 すこし不安に思う所もあるが。会えるのなら彼が自分達に何を望んでいるか、彼自身に確かめればいい。


 「わかった。本当にエルシューに会えるんだな。」

 「会えるってば!あの人、人間超大好きだし、それにね。色々言っちゃったけど私の家、エルシュー神を信仰しているの。それも結構の信者!“神様”ってやつは信者が中でも大好きだから、会いたいって言えば一番に会ってくれるわよ。」

 「えええ!その、つまりリリーさんエルシューさんと頻繁に会っている事ですか!?」

 「そうよ。週一で会ってるわね。……エルシューはやっていることはアレだけど、す、素敵な神様だと思っているわ!」


 これまた初耳である。それであるなら最初に知らせて欲しい気分でもあるが、リリーの言葉が本当であるなら、彼女ほど頼もしい人物はいないという訳だ。

 

 「よし!じゃあリリー頼む!エルシューに会わせてくれ!」


 ブレイルは「にっ」と笑うと、リリーの手を握りしめた。

唐突な事で、彼女の頬がリンゴの様に赤くなる。


 「いままで信じてなかったのに急に何よ!」

 「私からもお願いします!」


 横からパルも同じように、リリーの手を握りしめる。

 二人分のキラキラした視線に、リリーは顔を赤くしたまま目を泳がし、少しして仕方が無さそうに、手を振り払うと、そっぽを向き。


 「さ、最初から合わせるつもりだったわよ!し、仕方がないわね!でも今日はこれでも、もう遅いから明日にしなさい!私だって忙しいんだから!」


 そう言ってのける。誰が見ても分かる、完全に照れ隠しだ。

 なにせ忙しいなんて言いながら、彼女は慌てたように「お茶が冷めちゃったわ」なんて言いながら、いそいそとキッチンに向かうのだから。


 ブレイルとパルは顔を見合わせる。

 自称神様に唐突に異世界に飛ばされ、コレからの先に不安を覚えていたが、リリーのおかげで最後の不安も消えた。

 再度心から思う、幸先が良い。最初に出会った少女が、信頼できる人物で本当に良かったと。


 二人は思う。大丈夫、この世界でも頑張っていける。

 なにせ二人は魔王を倒した英雄なのだ。信頼できる仲間がいるのなら、どんな困難が待ち受けようとも乗り越える事が出来ると、彼らは知っているのだから。


 「ほら、二人ともいつまで外を見ているの!お茶入れ直してあげたわよ!」


 少しして、リリーが再び二人に声を掛けて来た。

 彼女に呼ばれるまま、二人はもう一度椅子へと座る。

 目の前にヨモギ色の液体が注がれたカップ。ついでにさっきは無かったクッキーまで。


 ああ、素直じゃないな。

 なんて、リリーに対し苦笑いを浮かべながら。

 ブレイルは彼女の好意である、そのカップに手を伸ばした。



 ◇



 お茶を一口。

 どこか独特な香りが一瞬鼻を抜ける。飲んだ事も無い、初めて感じる苦みと味だ。

 正直言おう、不味い。不味すぎる。


 「う。なんだこれ?まずいぞ…」

 「ちょ、ブレイル!」


 思わず素直な感想を口走るブレイルと、そんなブレイルの口を押さえるパル。

 そんな二人に、椅子に座ったリリーは小さく笑った。


 「いいのよ。はい。コレお砂糖。あんまりおいしくないでしょ。父さんが作ったお茶だからね。」

 「父さん?」


 リリーは頷く。彼女の父と言えば先ほどブレイルがベッドに寝かせた男性の事だ。


 「私の父さん医者で科学者なの。で、これはそんな父さんが品種改良した茶葉からブレンドしたお茶。……父さんね、長寿の研究をしているの。だからこのお茶も健康には良いのよ。」


 リリーは自分の事でもないのに、胸を張って楽しそうに答える。

 その表情は、自信に満ち、誇り高いと言わんばかりの表情。


 どうやら、先ほどの男性は研究者だったらしい。

 「どおりで」……とブレイルは思う。

 この家は最初から妙に、薬品瓶やら薬草やら並んでいた。納得できる職業だ。

 そんな父親をリリーは心から信頼しているのであろう。それは彼女の表情だけじゃない。言葉の節々から伝わってきた。


 だから、と言うべきなのか。ブレイルは少しだけ意地悪っぽく笑みを浮かべた。

 彼女が自信満々に自慢する父親だが、ブレイルは酔い潰れた所しか見ていない。

 

 「さっきの飲んだくれがかぁ?」


 少し小馬鹿にするようにブレイルは笑う。

 勿論だが、わざとだ。ちょっとした意地悪だ。

 しかしリリーには効果覿面。


 「うっさいわね!今日はたまたまよ。た・ま・た・ま!最近実験で失敗しまくって自身が無くなっちゃっているだけ!本当は凄い人なんだから!街のみんなだって尊敬しているのよ!街には父さんの研究所だってあるんだから!」

 

 リリーは眉を吊り上げ、頬を膨らまし、パンパンと机をたたく。

 パルも同じだ。ブレイルの失礼な言葉に、愛らしい顔に怒りの表情を浮かべ、その頭をぽかんと殴った。


 「こら!ブレイル失礼よ!」

 「なんだよ。だって父さんは凄いって言っときながらリリーはその特性ブレンド茶飲んでないじゃねぇか。」


 ブレイルが指摘する。

 仕方がない。アレだけ自信満々に父親の特性ブレンド茶だと自慢しておきながら、リリーのカップにはミルクが並々と入っていたのだから。

 指摘された彼女は顔を赤くさせた。


 「仕方がないじゃない!飲みたくないんだもの!」


 「あ」……と思わず口に手を当てたのは直ぐである。自身の口に合わないのは完全に認めるらしい。

 そんなリリーにブレイルはニヤニヤと笑う。ニヤけ面の勇者ほど腹立たしい物は無いだろう。

 リリーはわなわなと震え。


 「今に見てなさい!」


 真っ赤な顔で立ち上がりブレイルを指す。


 「父さんは今後、もっと美味しくて凄いお茶を作るんだから!!」


 ――なんて。自分の事でもないのに豪語するのだ。


 「へえ、じゃあ頑張れよ」

 「こらブレイル!」


 それでもブレイルはニヤニヤ笑って、意地悪気に返すのだが。

 そんなブレイルをパルは失礼だと、何度もぽかぽかと彼の頭を叩いて、リリーは更に膨れ面となる。

 でも険悪な雰囲気は一切ない。


 ――ぷ、と一番に吹き出したのは誰だったか。


 同時に三人は声を出して笑った。

 笑えるほど何が楽しかったのか、と問われれば分からないとしか言えないが。

 ただ、その雰囲気があまりに温かで、和やかで、ついつい笑みが零れてしまったのだ。


 三人分の笑い声が響く。明るい夜の無い世界。

 そんな三人分の笑い声は何時までも続き、そんな明るい夜はゆっくりと更けていくのであった。

  


 『勇者が知らねぇ、“神”がいる世界』


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