第36話

もう少し若い頃にそれを地で体験していたルーはうんざりとした顔をする。


「だいたいなんの思い入れもない母に似たとしても全く嬉しくもないよねぇ。」


ルーとエルンの母はとても美しい人だった。それこそ国一番の美女とほまれ高い人だった。


だが、子供に愛情をかけることがない人だった。


とりあえず息子を二人産んではみたものの、二人共が銀眼を持つと知った途端に全くの愛情を拒否した人だ。


小さい頃は寂しくて泣いていたルーも、エルンに危害が加わるかもしれない状況になった瞬間なんのためらいもなく母を切り捨てた。






離宮に追いやったことになっているが・・・。


エルンに知られないようにしたのは申し訳なかったけれど、もう母は自分たちを思い出すことはないだろうねぇ。だからエルンも忘れたらいいんだよね俺がいるんだからさ。と、ふふっとほの暗く笑った。


それを聞いた時からああ、エルンのために始末したんだなぁと漠然と思った。


命を取ることはなかったが公の場に出てくることがないくらいの事はやったのだろう。


大まかに聞いた時に何も言わずにえらく素晴らしい笑顔だったのでこれ以上聞くなよ。


という圧を感じてしまい・・・とりあえず背筋に汗が伝ったことだけは覚えている。






なんとも怖い男だった。






ああ、とうとうルーは家族をエルンだけだと決めたんだなぁと。


妙に腑に落ちたものである。


そしてあのクソの先王の時代の老害たちの塊である支持者たちに邪魔されて愛しいアンジェと結婚できなかったとしても、事実上の妻はアンジェだった。


愛する人とともにいることで幸せだったと思う。それでも毎日皇后を、正妻をと嫌味や当てこすりまで言われ続けたルーは、ある日突然粛清に継ぐ粛清をはじめた。


それはアンジェとともに有るためだったこともあるだろうけれどきっとエルンのためだった。


というか多分面倒くさくなったのだろう。自分の命がそう長くないと思っていたのだから一切の手心を排除しいっそ清々しいほどに粛清をはじめた。


そしてエルンのために出来得る限り道を均すことを決めたように思った。


そのために叔父であるあの皇位継承権を返上したアンドレア様を引っ張り込んだに違いない。






「だからレオはエルンを守ってよ。アンヌと一緒にさ。アーノルドを育てるのと一緒だよ。エルンも育ててくれたらいい。色んなものは俺が引き受けていくから。」


「ルーゼは本当にエルンが好きなんだから。兄弟は大事よね・・・私もアンヌのためなら何でも出来るもの。」


「そうだろう?それにエルンはとてつもなく優しくて可愛い世界一の弟だ。」


「アンヌは世界一の妹ですけども?でもアンヌにはレオルドがいるから大丈夫よね。」


アンジェと笑い合いながらそんなことを俺に託す。


俺に少しの負荷をかける。


全くたちの悪いやつ達だ。善意だけでは俺が動かないことをよく知っている。


少しの責任感を足せば俺が動くと解っている。


ああ、そのとおりだ。そのとおりだよ。




だから俺はそれからエルンを助けるために生きようと思った。10も下のエルンが苦しむのを放って置けるはずがないだろう?


アンヌとアーノルドとはまた別のところで。


エルンを俺は大切に思っているのだ。






16歳だったときも美しい少年だったエルンはみるみる間に更に美しくなった。


俺から見てもルーも美しい男だったがそれよりも拍車がかかるほどにエルンは美しい。


ルーが亡くなった時に背中まで伸ばしていた髪を切り捨てた。


それから頑なに髪を伸ばすことはない。


柔らかな茶色みがかかった金髪はミルクティーゴールドで伸ばしていたときにはそのリボンを解きたいとたくさんの令嬢の羨望の的だった。


でもルーが亡くなった時にすべてを振り払うように髪を切り捨てて今もそのままだ。


ずっと短いまま。






「咳をすれば優しく背中を擦ってくれたルーゼ兄様はもういない。きれいな髪だなと笑ってくれた兄様はいない。だったらもう伸ばす甲斐もない。兄様が褒めてくれてくれたから伸ばしていただけだ。」


そう言って悲しそうに笑ったエルンを抱きしめて一緒に泣いた。


「俺もきれいだと思っているぞ。でも、伸ばさなくてもいいとも思う。ルーはお前の特別だから。」


「レオルド・・・レオルドもわたしの兄だ。」


俺たちはきっとルーの思惑通り絆を強くした。今まではルーを介していた思いも二人で共有していくことに慣れていく。


その一歩だった。

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