第6話

さて。


お兄様たちがお部屋を出ていってから私は鏡に向き直る。


とりあえずこれから支度を始めなければならない。


支度・・・なんて気が重い言葉なのかと。






私はあまり人前に出たいタイプではないのである。


何故なら人見知りだから。


何なら薬草にまみれ、ちまちまと薬を研究するほうが大好きである。


華やかな兄達をみていると、とても自分がちゃんとした皇女だとは思えない。


あんなに美しい人達と血がつながっているという事実が信じられない。




まあ、ちゃんとつながっていますが。






それにしても何故これを・・・。






ナディアレーヌとしては悩むところである。


何故ならドゥーゼットとエルロッドウェイではドレスの仕様が違うのだ。


ドゥーゼットのドレスはどちらかといえば華やかな色とそれに付随する煌めくほどに


精緻なビーズを縫い付けるのが主流。


そして我がエルロッドウェイでの主流といえばIラインのシンプルなドレス。




「どちらに合わせるべきなんでしょうかねぇ・・・。」






トルソーに着せかけられている衣装は二着。






シャンパンゴールドのような光沢のある生地に透明なダイヤを砕いたような小さい


ビーズをこれでもかと縫い付けられているドレス。


ラインは広がりすぎず、背中が少し空いているけれどまあ晩餐会ならこの仕様で間違いない。


どちらかというとドゥーゼットの衣装に近いドレス。


シャンパンゴールドはともすれば陛下の髪の色とも取られかねない。


あんなきれいなミルクティー色の髪なんてわたくし色んなご令嬢やご令息を眺めたことは


ありますが、実際に見たことがないくらい美しかった。


確かに全てがお美しい方だったなぁ。とは思う。


あの方をなんとかお救いするのが私の仕事・・・仕事・・・。




と、ちょっと怯む・・・。




あんな美しい男性に近くに寄るだけでも気が引けます。




大体わたくしの周りには綺羅びやかな男性が多すぎる。


当たり前ですよね、だいたい皇族か王族がデフォ・・・




そうだった。わたくし皇女でした。








フルフルと頭を振り、気を取り直し隣にも目を向ける。




あと一着は。






エルロッドウェイの伝統的なシルエットIラインの後ろの裾が長いドレスです。


全ては鎖骨を綺麗に見せるためのデザインなのですよねぇ。


なんていうかもはや首筋と鎖骨をきれいに見せるのが我が皇国の主流。


前から見たところは体のラインはあまりはっきりしない。


何故なら肩から背中を覆うようにレースのマントをつけるのが主流だからで。


ただ、後ろからのラインは非常にスタイルが良くなければ後ろのドレスのラインが


崩れるという、無言のスタイル維持アップが義務付けられるドレスなのです。


そう、寸胴では許されないという我が国のドレス。鬼畜かと。




色はダスティーブルー。大好きな色だし我がエルロッドウェイの国色とも取れる色。


国花であるテスカの花の色だ。




だがしかし、こちらは陛下の瞳の色であらせられる・・・と。




本当の瞳の色は違うとはいえ、なんにも知らない方々が陛下を見る時には


このダスティブルーの美しい瞳をしていらっしゃると。


なんならこの瞳の色だからこそのあの美しさではないかと思うくらいには美しい瞳の色を


していらっしゃったと思われる。






そう、このドレスのような。


テスカの花の色のような・・・






だ、だから・・・。








これって・・・。








「サラ・・・わたくし詰んだんじゃないかしら・・・。」




トルソーの前でうなだれ膝をついてしまうわたくし。


周りを忙しく動き回りながらもサラが一言でわたくしの息の根を止めようとします。




「・・・まあ、控えめに言ってそのような気もいたしますわ。どちらをお召になっても


陛下の色でいらっしゃいますから。」






デスヨネー。


ソウデスヨネー。






膝をついたままドレスの裾を握りしめる。あ、皺になるとサラが睨んでいる。


でも、そんな事知ったこっちゃないわけです。




「なんでよりにもよってこの二色なのかしら?どうしてこれを持たされているのかしら?


一体誰の陰謀なのかしら?」


「まあ、レーヌ様ったらご冗談を!陰謀だなんてそんな物騒な。


まあ、ただ一つ言えることはそんな事ができるのは皇妃様しかいらっしゃいません。」




「・・・・。」






わかっていたんだけど・・・。


お母様のあの感じだとエルンハルト陛下の容姿を知ってらしたに違いない。


この、こちらの国に合わせればこっちで、我が皇国に合わせればこっち。


というシルエットのくせに色がどちらもエルンハルト陛下じゃないのかと・・・。






「サラ・・・わたくし、何か狙っている皇女に見えてしまわない?」






サラがわたくしをじっと見つめます。


その目が物語っていますわね。何をいまさらと。






「ポッと出の小さな医療国である皇国から大国の陛下を狙いに来た皇女。


と、取られても仕方がないくらいの出で立ちにはなられるかとは思いますが。




まあ、お子様のレーヌ様にはそのような下心はございませんから!!」




「いや、それ知ってるのサラたちだけなのだけれど?!というかお子様って何?」


「まあ、冗談はそれくらいとして。」


「へ?」




「エルロッドウェイが医療皇国であり、その皇族ともなれば国賓として然るべきですわ。


なんせ皇族の方々は医療を広めるためにいらっしゃるのですもの。」


「そ、そうよね!わたくしもそう思うわ。ということは大丈夫ということよね?


わたくしはただ、陛下のお身体をお厭いする為に医療と薬草との研究をして、治して差し上げる


それだけだものね。神託とかそういった事は他の方々に示さなくても大丈夫だし。


わたくしはちゃんと猫をかぶればよいのよね。さっきだってちゃんと出来ていたと思うの。


きちんと話せたし、取り繕えたと思うの。」






ほっと一息つこうとしたところ。






「まあ、お話の仕方などは全く問題はございませんでしょう。叩き込まれていますしね。


その外見も外交も完璧な皇族の姫君がこのドゥーゼット大国の陛下の寵愛を意図せずして。


意図なんか全くしていなくても得てしまった。


としてもどちらの国にしてもなんのデメリットもないですし。なんならメリットしかないですしね


我が皇国には。


まあ、目の敵にされるとしたらこの国の貴族の方々で陛下の寵妃の座を狙ってらっしゃるご令嬢方と


その背景にいらっしゃる派閥の貴族の方々というくらいでございますからねぇ。


レーヌ様はお気になさることは・・・」






は?




「ちょっっ。ちょっとまっていただける?」




「はい?」






そのキョトンとした顔やめていただきたいわサラ。






「わたくしってやっぱりその立ち位置に見えるのかしら?」


「ええ。」


「その立ち位置?」


「はい。」


「意図せずとも?」


「意図せずともでいらっしゃいますしその認識の方々が大半かと。大体こうやって話せば


レーヌ様が少し甘えた口調でお話されるのはわかりますが、猫をかぶれば完璧な皇女でございます。


さぞかし彼の国のご令嬢方には脅威かと思われますわ。」






至極当然みたいな顔をしないでほしいのだけれど。


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