第4話

「くっ・・・。」


「な、何たる・・・。」


「フレディ兄様・・・く、悔しすぎます・・・。」


「カイン、みなまで言うな。私だってそう思っている。」


「だがしかしあれではぐうの音も出ませぬ。」


「ああ。流石に私でも粗は探せなかった・・・不覚・・・。」






ど、どうなさったのかしらお兄様?どうして二人して泣いてしまいそうな顔を


していらっしゃるのかしら・・・。




「あの、フレディお兄様、カインお兄様?」




私は首を傾げながらお二人の顔を見上げます。






一番上のお兄様であられるフレディお兄様は29歳。


ドゥーゼットの陛下と同い年です。


エルロッドウェイ皇国の男性は髪を伸ばすのが基本です。それを美しいリボンで


束ねるのが普通なのですがお兄様はいつも左サイドを編み込んでいらっしゃいます。


背は私の頭一つ分高く、細身で引き締まった体をしていらっしゃって実際剣をもたれます。


時期皇国を率いる皇帝としては文武両道、質実剛健、清濁併せ呑む皇帝資質の高いお方であり


医療を生業にする我が国の価値を限界まで引き上げて他国と取引してやろうという才気も野望も


持ち合わせつつ、でも頭が硬いわけではないという素晴らしい王の資質。




お兄様は美しい銀髪に澄んだ緑の瞳をお持ちの冴え冴えとした美貌の美しい殿方です。


もちろんその氷の貴公子とも呼ばれる名に相応しくあらゆる美姫のアプローチにも流されることなく


10も年下の幼馴染であるご令嬢とこの春に無事に婚約が成立。


業を煮やした義姉になる私の敬愛するキャロル様に半分脅されて。というのはご愛嬌。


キャロル様は我が国一番の美女とも誉高く、かつ薬草等を扱う商会を13歳の時点で立ち上げ


今や我が国の薬草の取引を一手に取りまとめる商会のシステムを立ち上げました。


公爵家の長女であり完全無欠の女傑でもあります。お兄様が勝てるはずがありません。はい。






二番目のお兄様であられるカインお兄様は24歳。


お父様に似たのか少しだけゆるくウェーブがかかる髪を緩やかに肩下に流していらっしゃいます。


同じく美しい銀髪に澄んだ緑の瞳をしていらっしゃってフレディお兄様よりも背が高く


体も分厚く、騎士か?といったほうが似合う体躯をしていらっしゃいます。


実際は宰相候補として非常に優秀で医学にも秀でていらっしゃる、これまた美しい方。


更に強かな手段もきちんと取れる素晴らしい宰相になることでしょう。腹黒なので。


ええ、腹黒なので(大事なことなので二回言いました)




腹黒故にその美貌を逆手に取り他国の姫や令嬢、自国の高貴な令嬢との縁談を選び中。


ちなみに一番蝶や華を虜にし楽しみながら最後までは落ちることがないという難攻不落の王子と


名高いのもお兄様です。


縁談は自国のためときっちり割り切りながらその中でも一番自国の利になり、かつ、


自分を高く売り込めるほどに強かな女性を求めているという愛国心の塊のような方です。


私としてはそんなこといいから幸せになってほしいところなのですが。


自分について来られるか己よりも悪辣・・・ではなく強い方でなければ。というブレない思惑と対象。


そんなお兄様が私は大好きですけれどもねぇ。






エルンハルト様より賜った部屋にて、お兄様たちと寛いで、夜の歓迎の夜会まで


グダグダ過ごしたいと思っていたわたくしはあまりのお兄様たちの焦燥ぶりに眉を顰めます。


いったいどうされたというのでしょうか?






「お兄様?私お茶を飲もうと思うのですが、一緒にいかがですか?」




空気を変えようと誘ってみましたがふたりともブツブツとつぶやきながらわたくしの方を


向いてくださいません。






仕方ない・・・






「・・・もうすぐ離れ離れになってしまうというのにレーヌのお話は聞いていただけないのですね。


寂しいです・・・。」






くすんと、軽く泣き真似をするとわかりやすく慌てだす二人。








「ああ、レーヌ。違うんだよ聞いておくれ。」


フレディお兄様が私の手を取ろうとしますが私は軽く避けて首を振ります。


でも避けきれず私の右手はお兄様に捕まってしまい柔らかく握られました。


「いいのです、フレディお兄様。お兄様はわたくしのお誘いよりもカインお兄様との話のほうが


重要なんでしょう?」


ここで軽く見上げながら口をまっすぐに鉗みます。


逆の方から私のうしろ髪を軽く引きカインお兄様が言います。


「私とフレディ兄様がレーヌ以上に大事なものがあるはず無いだろう?わかっているよね?」






ええ。とても。


ええ、とても。


ああ、再びですが大事なことなので二回言いましたよ・・・。






真顔になるのもぐっと我慢。






この二人の兄は私を溺愛しています。


文字通りの溺愛です。




長兄が結婚に乗り気でなかったのは私の神託を聞くまではわたくしから離れるもんかと


家族に声高らかに宣誓していたからであり・・・。


わたくしはキャロル様と親しくさせていただいておりながら事実をお話するわけにも行かず


やきもきしていたのです。


まあ、神託が下った次の日にわたくしからキャロル様に今押してくださいませ!!!!


と、機会をお教えしたのですが。


だって、キャロル様は私の2つ年上の憧れのお姉さまなのですもの。


本物のお姉様になっていただきたいと思っても仕方ないです。




カインお兄様が私を軽く抱き寄せながら腕の中に囲い込みます。




「レーヌ、そんなつもりはないんだよ。」






それもわかってます。


ええ、わかっています。




お兄様が結婚に踏み切らない理由も少しわかります。


私の神託を聞いたあとに婚約をしたフレディお兄様と逆で、カインお兄様は更に頑なに


結婚をしない素振りを見せ始めました。


フレディお兄様はとにかく30歳にはお世継ぎを考えなければならないという期限もあります。


30歳になるときにフレディお兄様は皇国の王となられます。


それに、神託を見極めればわたくしのその信託の如何関わらず気に食わなければその処遇に


携われると思われたのでしょう。


ありがたいことです。




そして七歳違うわたくしを一人他国にやるのに自分が結婚するわけに行かないと思いこんでいる


優しいカインお兄様も一緒の考えのようです。


誰よりも力をつける為に兄を支える、ひいてはわたくしを護るための強き宰相を目指していると。


宰相になるにはこれまた自国の地盤固めのために結婚は有効な手段だとわかっていても


わたくしの事があるのでセーブしながら選んでらっしゃるのだと思われます。


なんせお兄様のお見合いお相手の方はわたくしのことを悪く言われた方は一切の予断なく


お断りになられていると言うお話。ですが私をよく言い過ぎるお兄様にすり寄る方も一切の


感情なく切り捨てると。


お兄様結婚される気があるんでしょうか・・・。






ですが、ときに違いますよお兄様。


そんなつもりはないとお兄様はおっしゃいますがそれはわたくしも同じこと。


陛下がわたくしを選ぶはずがないのですからわたくしは解放された暁には自国に戻りますし、


薬草を作りながら平和に暮らしたいと思っているのです。


できれば結婚などせずにこの大役を果たした暁には修道院にでも入ってしまいたい。


まあ、皇女なので修道院も婚姻しないことも無理だとはわかっていますが・・・。


この国によっぽどわたくしの興味を引くものがあるだとか、万が一にもありませんが


お兄様以上にわたくしを望んでくださる方がこの国にいらっしゃるとかではない限り


私は絶対に国に帰りたいと思っております。




産まれたときからいろんなことが決まっていたわたくしですが、お役目を果たしたならば


自由に過ごしても良いと思いますの。少しの間だけでも良いから。


私は自由を勝ち取りますわ!!待っていてくださいませね、お兄様たち。




と、おおっぴらにわたくしでも声には出せません。




お母様に怒られてしまいます。








囲い込まれた中でじっとしているとフレディお兄様がカインお兄様ごと私を抱きしめてきました。


・・・もはやカオスですね。


三十路近いお兄様が大人である弟ごと抱きしめるという。


しかもカインお兄様のほうがデカいわけですよ。




カオス・・・。






「ナディアレーヌ・・・・私はそなたをこの国において行きたくはないのだ。」






は?なんてことをおっしゃってますのでしょうか?


いや、フレディお兄様かなり無茶なことをいってらっしゃいますね。


おいていかないでどうするのですか・・・。


神託を無視すると?


エルンハルト陛下もしってますよ、神託のこと。


かの方にも神託は下るんですから。


わたくしがあの方の命を救うために来たことはわかっていらっしゃるかと思われます。


それをわたくしを置いて行きたくないなどと、政治的にも許されません。




嘆息するのをぐっとこらえてお二人の顔を見上げようと思ったのですがなんだか切なくなって


顔を上げることができなくなりました。






わたくしだって国を出るのは初めてだし何をしていいかもわからないし、


本当は心細くて仕方ない。


でも、あの方を本当に愛する必要とする方に体を直して無事に巡り合わせたなら、




その暁には自国に戻れるってことでしょう?






「お兄様なにをおっしゃっているのですか?わたくしがこの国で虐められるとでも?」




「「いーーや!!」」






二人の声が重なります。






え?では一体何が心配でらっしゃるのでしょうか・・・。


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