孤高の国王陛下は医療国の皇女を溺愛する

こころ

第1話

「美しい瞳の色だな。私の好きな色だ。」




低く澄んだ声。


穏やかな語り口。


私のようなものに対しても告げられる丁寧な言葉。


でも圧倒的な威圧。




ああ、彼は生まれながらの王だ。




目の前の人は私をじっと見つめていながら表面だけを観察しているだけにも思う。


褒めてくれていながら私を見通そうとする。




慣れている目。




人に見られることが当たり前で。


人に好かれ憧れられ慕われ請われる。


そして。


人に恐れられることに慣れている人の目。




人をかしずかせることに疑問を持たない人の目だ。


何も見ていない目。私を見ていながら見ていない。


透明な壁に隔てられている感覚がヒシヒシとする。


きっと彼に近づくことは誰にもできない。




圧倒的な美と圧倒的な気高さ。




ああ、この人にはきっと誰も手が届かないだろう。






でも、それでもいいんだと思う。


私ごときが。


ああ、私なんかがというのが正しい。




ずっとずっと昔からどうしてだか知っていた。


私のしてきたこと。


成そうとしてきたことは全てこの人の為だったのかと。


それを知った時、ふっと腑に落ちたことに安堵した。






隣に佇む人を謂う。


私に注意を向けながら、彼を護るように庇うように傅くように。


ああ、この人とは話があうといいな。


この人もきっと彼を唯一人の主君だと決めた目をしていた。






黒髪の、なんだか全てを見通すような黒曜石のような瞳の騎士が彼に寄り添う。


あのときはいなかった。


あの日のこの方のそばにはいなかった。








覚えているのは華奢な背中。




あの日の小さな背中を覚えている。しゃがみこんだ背中、一人ぼっちの背中。


いつかこの人の苦しみを取ってあげられたなら。






今ふと思う。


私と同じ瞳の色を持つ人。




私と同じ苦しみを抱える人。








たとえこの人が。




私が覚えているという事実に気づき私の命を奪うことになるとしても


私がこの人を恨むことはできない。


その隣りにいる騎士が私を疎んだとしても恨むことはない。


でもできればこの方々とは仲良くしたい。




だって、疎まれたくはないだろうと思うのだ。助けたい人に。




私が生まれ育った国とは違う国で育った人。


私が何をして、何を成して、何に思いを馳せて生きてきたのかなんて


きっとちっとも気が付かないし、どうでもいいと思っているだろう。






ふっと唇を引いて。


目を細めて距離をとった。


ああ、神がいるのだとしたらなんと残酷なことだろうか。


私には荷が重い。


ああ、そんな気がヒシヒシとしている。




だがまあ、そんな事お首にも出さず完璧な淑女の礼を取る。


あと少し。あと少し時間が欲しかった。


まだ固まりきらない私の気持ちを叱咤しながら甘えるなと鼓舞する。






完璧な淑女の礼を取りながら少しだけ母国の礼よりも深く膝を下げる。


苦笑いが浮かぶ。


あと一年、いや半年でも遅かったなら完璧だったのに。




彼のための知識が満ちたはずだったのに。


ああ、あの薬草の栽培方法はこの国には馴染むのだろうか?とか、あの薬の


抽出方法はどうやってやれば一番この国に馴染むかとか。


ここにいてもまだ学ぶ時間があるのだろうか・・・。






いけないいけない・・・こと薬草や医療に頭が切り替わるとどうも良くない。






でも、心がトクトクといつもより少し早い。


ああ、そうか。






私は喜んでいるのだ。


どうあれ彼に会えたことを。


そして彼が無事だったことを。


今も無事で、生きていることを。


よかった。あの日からおとなになったこの人を見ることができた。


ホッとした。




きれいに隠せている。


ああ、本当に無事に隠せているその瞳の色と、彼の全てに関わることを。






でもきっと彼も知ってしまったのだろう。


私に神託が下ったと共に。


この人にも神託が下ったはずだ。




私よりも過酷な神託が。








それを全くきれいに隠し、私の目の前にいるこの人の豪胆さに感銘を受ける。






礼を取る前にふっと頬が緩んでしまったことは許してほしい。




その瞬間を目の前の人が心のなかで動揺しつつも顔に出さないことを私は知らなかった。


なんの表情も変わらない彼の表面しかこの時しらなかった。


そう私は知らなかったのだ。






だって。




記憶の中の彼はもっとずっと幼い。


もっとずっと高くて澄んだ声だった。


「ありがとう、とても安心したよありがとうお嬢さん」


そういって、まだ苦しそうな息をしながらも彼は紳士的に笑った。




だいたい私が何故覚えているのかもその記憶が大体が私にあるのもびっくりモノだ。


あの時一瞬、そばに寄った少女のことなんか彼が覚えているはずがない。


きっと誰にも信じてもらえないだろうがなんせ私が彼に初めてあったのは4歳のときだから。


4歳。ほぼ赤子じゃないかと。いや、幼児か。






ちなみに忘れたことがないなんてそんなわけがない。


4歳の記憶なんてそんなに長持ちするわけがない。


でも、一年に一回。


必ず5月の1日その日にフラッシュバックして頭に一瞬浮かぶ顔。




五歳のときにフラッシュバックしたその映像は切り取るように


カシャカシャと場面が変わるように繰り返される。






誰?きれいな顔。。誰?あなたは誰?




今までであったことがない。




私の瞳と同じ色の人。






その色を秘密にしなければならない人。






理由はわからない。でもきっと私と一緒だ。


私のこの瞳の色も、誰にも知られてはいけない。


だからきっと彼も知られてはいけないのだろうと漠然と思っていた。


でもさっきまできれいなダスティーブルーだった瞳の色がかわったのが綺麗で。


あまりにも綺麗で何も言えなかったんだ。




だから小さい私は忘れていたのだろう。






彼も私もどうしてか隠さなければならないその瞳の色をわかったのか。






思い出し始めて五回目の5月1日。


その日に点と点がつながったように、彼の記憶がつながった。








「もう一度あなたに会える?」




優しく私の頭をなでてくれた彼にそう聞いた私。


記憶の中の彼はたしかに言った。




「僕と同じ色の君、君は      だよ。だからきっと     だ。」








とぎれとぎれの記憶は今になってもつながらない。


だから彼が小さいときの私に何をいったのかはわからない。


でも私は笑ったのだ。




「わかったわ。きっとそうね。」




そういって。






座り込んでいる小さな背中を見つけたあの時。


私は走って彼に駆け寄り、そして彼の背中をなでた。


彼の咳が止まらなかったから。


彼がうずくまっているのを見つけた。


息をするのも苦しそうだったから、私も一緒だったから。




そのときに私が持っている薬を一粒。




彼の口の中に押し込んだ。






咳が止まるまで背中を擦っていたのは、いつも私がそうしてもらうから。


この優しい瞳をした少し年重のお兄さんにも通じると思った。


薬はすぐに効く。それは自分が一番良くわかっている。


3分ほどで彼の呼吸がもとに戻り始めた。


ひゅうひゅうという呼吸音が穏やかに、そして普通に戻っていく。




安堵したのを覚えている。








あのときの彼は・・・・。






そう、この人。






国の名前をそのままに背負う人。


いえ、この国そのものの尊きお方。


29歳という若さで一番高い場所にいる方。




ドゥーゼット王国のたった一人の王。








エルンハルト・ディ・ドゥーゼット






孤高の国王陛下だ。






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