第一章 ~『新たな人生の始まり』~


 光の奔流に巻き込まれたリグゼは意識を取り戻すが、襲ってくる眠気に瞼を閉じずにはいられなかった。


 窓から差し込む光や聞こえてくる話し声が、彼の眠りを邪魔しようとする。煩わしいと唸り声をあげる。


「五月蠅いなぁ……静かにしてくれ」


 寝言を口にすると、太陽の光が鬱陶しくはあるが、耳から入る雑音が消えた。


 このまま眠ろうと意識を閉ざそうとするが、そのタイミングで聞きなれた声が届く。


「リグゼ、やはりお前は天才だ」


 その声の主は親友のグノムだ。さすがに寝てはいられないと目を開けると、彼が巨人になっていた。


 周囲は見慣れない場所だが、置かれたベッドや玩具から子供部屋だと察する。傍には使用人たちが集まり、口をギュッと閉じていた。


(何が起きている……)


 驚愕はさらに続く。グノムに抱きかかえられ、鏡に自分の姿が映し出されたのだ。その姿は黒髪黒目と生前の彼とよく似た赤子だった。


「さすがは私の子だ……ここまで早熟な子供は未だかつて聞いたことがない」


 グノムの口から答えが飛び出す。どのような因果か、世界が改変され、彼の子供として転生してしまったのだ。


(グノムには事故で亡くなった俺と同じ名前の子供がいた。なぜ別人に生まれ変わったのかは謎だが、アリアの魔術が変な影響を与えたのかもな)


 時間逆行は膨大な魔力と詠唱を必要とする大魔術だ。術者の意図しない効力が働いても不思議ではない。


(まぁ、俺からすれば他人に転生したことに恨みはない。むしろ感謝さえしている。なにせ若返った分、寿命が延びたわけだからな)


 年老いて亡くなるまでのリミットが延びた分だけ魔術の研究に時間をさける。最強へ到達するチャンスが増えたわけだ。


(でも話せたくらいで天才だなんて、大袈裟だな……いや、待て待て! 何かが変だぞ)


 使用人たちは口をギュッと閉じたままだ。まるで話すことを禁じられているかのようだ。


(ははは、そうだった! 俺は魔力を得たんだ!)


 習得した千種類以上の魔術を犠牲に、念願の魔力を手に入れたのだ。


 だからこそ『静かにしてくれ』という寝言に反応し、相手の意思を捻じ曲げる魔術、《命令》の力が無意識に発動してしまったのだ。


「これは世間でも評判になるぞ。なにせ一歳で《命令》の魔術を使えるのだ。上級魔術師でも習得困難な力を、こんな赤子の段階で使えるのだから、将来は大賢者間違いなしだな」


 天才とはリグゼのためにある言葉だと、親バカっぷりを露わにする。


(だが嬉しいのは俺も同じだ。生前は魔力ゼロで魔術を扱えなかったからな……もしこの肉体で魔力増加の訓練を積めば、どれほどの力を得られるんだ)


 第二の人生が楽しみで、知らず知らずのうちに頬が緩む。続くように、使用人の男が部屋に飛び込み、朗報を届けにやってきた。


「領主様! お子様が生まれました!」

「おおっ、喜ばしいな! それで男の子か、女の子か?」

「玉のように可愛らしい女の子です」

「そうか――ふむ、よかった。リグゼ、お前に妹が出来たぞ」

「ですが領主様……奥様は……」

「駄目だったか?」

「はい……」

「あいつは身体が弱かったからな……」


 グノムの顔が悲痛で歪む。家族思いの彼だ。心が割かれるような悲しみに襲われながらも、涙を堪えているだけ立派だった。


「領主様、実はもう一つ報告が……」

「まだ何かあるのか?」

「実は……瞳の色が……朱色でした……」

「ぐっ……そうか……やはり私の血は引いていなかったか……」


 グノムも、その妻とも瞳の色が異なる。不倫の疑念が確信へと変わったのだ。


「だがまぁいい。私にはリグゼがいる。私の血を引く嫡男がな」


 悲しみに耐えながら、グノムはリグゼの頭を撫でる。波乱万丈な公爵家の嫡男としての人生はここから始まったのだった。


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