第一章 ~『魂のチューニング』~


 アリアの発した白い光に包まれたリグゼは、水平線すら見えない白一色の空間へと飛ばされた。


 目の前にはウィンドウが浮かんでいる。『時間魔術の世界にようこそ』と記された画面には、次へ進むためのタッチボタンが用意されている。


(なんだ、これ? それにここはどこだ?)


 過去の世界へと転生する魔術に巻き込まれたはずだが、意識を取り戻した先は不可思議な空間だ。普通なら困惑する状況だが、彼は平静さをすぐに取り戻す。


(まぁ、悩んでも答えは出ないか)


 やれることはウィンドウを操作するくらいのものだ。次へ進むためのボタンを押すと、画面が切り替わり、人工的な女性の音声が流れる。


『はじめまして、リグゼ様』

「うわ、びっくりした」

『私はただの案内音声です。気にせず、ガイドを読み進めてください』


 釈然としないながらも、リグゼはウィンドウ画面をスクロールし、説明文に目を通していく。


『これよりあなたの魂を過去の世界へと転送します。ですが、同じ人生をそのまま繰り返すのは退屈でしょう?』

「そりゃそうだな」

『ですので、あなたの魂をチューニングするチャンスを与えましょう。これでより良い人生を送れるはずです』

「はぁ?」


 魂をチューニングする。その言葉の意味が理解できず、解説を期待してウィンドウを先に進める。


『転生後の世界では前世の記憶を維持しますか?』

「チューニングってこういうことかよ……もちろんイエスだ」


 リグゼの強みは魔術研究で培った膨大な知識だ。捨てるなんて勿体ない。迷う必要さえなかった。


『次はあなたのステイタスについてです。まずは現状を認識しましょう』


 ウィンドウが切り替わり、通知表のような画面が映る。そこに記されている内容は、リグゼ自身も把握している彼の能力値だった。


(魔力が0で、魔力の成長曲線がランクGか。改めて確認するとへこむなぁ)


 魔力は魔術のエネルギー源となる。それがゼロな上に、努力での魔力上昇率を示す成長曲線もランクGとなっていた。これはどれほど努力しても上昇の見込みなしを示すステイタスである。


(その代わり《鑑定》の魔術はランクSだ。天は二物を与えずってことなんだろうな)


 魔術はランクGからSまでに分類されており、Sは五種類しか存在しない。その中でも《鑑定》は視認した事象を解析することで、ランクD以下の魔術なら無条件で術式を解析可能と飛びぬけた性能をしているくせに、消費魔力ゼロでも発動できるオマケ付きだ。


 万能ともいえるこの力を手に入れるために、魔力と成長曲線を犠牲にしたのだと思うことで自分を納得させる。


(最後は基礎魔術か。凄い数だな)


 ランクD以下の魔術は、術式の記された魔術書を読めば後天的に習得可能だ。だからこそそれらの魔術は基礎魔術と呼ばれ、生まれ持った固有魔術とは別物扱いされていた。


 リグゼはこの基礎魔術を視認すればコピーできるため、千種類以上を習得していた。


 魔力ゼロでありながら大賢者の称号を得られたのは、この覚えた千種類以上の魔術を王国の発展に捧げてきたからである。


『現状のステイタス確認が完了しましたね。ではこれより能力のチューニングへと移ります。あなたが伸ばしたい能力と砕いてもよい能力を調整しましょう』


 驚きの説明にポカンと口が開く。


(お、おい、待て待て! つまりこれは魔術を犠牲にすれば魔力を得られるってことか⁉)


 長年求めてきた才能がなくとも魔力を得る手段が提示されたのだ。


(どうせなら思いっきりやろう。《鑑定》の力さえあれば、基礎魔術は後からいくらでも習得できる。必要最低限の魔術だけ残して、それ以外はすべて砕いてしまおう)


 ウィンドウを操作する度に、頭の中から術式の記憶が消える。一つ、また一つと砕いていくと、それはステイタスポイントとして、他の能力に振り分け可能になった。


(俺の努力の結晶たちよ。お前たちのことは忘れない。まずは魔力成長曲線をランクSにしないとな)


 ステイタスポイントを消費し、魔力を増やすための才能を得る。カンストさせても、まだまだポイントは余っている。千種類以上の魔術を砕いたおかげだ。


(次は俺の人生の生命線でもある《鑑定》の力の強化だな)


 魔術ランクはSが上限のはずだ。しかしウィンドウには強化のボタンが用意されていた。押してみると、ランクはSのままだが、魔術説明に変化が生じる。ランクC以上の魔術もDランク以下に劣化コピーさせることが可能だとの記述が追記される。


(おおっ、これで事実上、どんな魔術もコピーできるぞ!)


 劣化するため、本物と同じ性能ではないが、それでも諦めていた魔術を習得できるだけで価値がある。


(これだけステイタスポイントを使ってもまだ余るな。だとしたら次はこれだな)


 新たな固有魔術の習得である。ただ中途半端な魔術では、《鑑定》でコピーできるため意味がない。


 どうせなら最強の力でなくては。その想いが脳裏に一つの選択肢を浮かばせる。


(あいつが使役していたドラゴンは凄かったな。それにアリアの魔術も……)


 悩んだ結果、アリアの操る《時間操作》の魔術も捨てがたいが、敵を知るためにも、パノラと同じ《召喚》の魔術を会得することにした。


(残ったポイントは魔力に回してと……これで完成だな)


――――――――――――――――――

『名前』リグゼ・トールバーン

『魔力値』30(ランクF)

『成長曲線』ランクS

『固有魔術』

 鑑定(ランクS)

 召喚(ランクS)

『基礎魔術』

 錬金(ランクD)

 命令(ランクD)

 回復(ランクE)

 強化(ランクF)

――――――――――――――――――


(うん、理想的なステイタスだな)


 魔力値こそ低いままだが、成長曲線がランクSなのだから、後天的にいくらでも伸ばすことができる。


(基礎魔術もいくつか残せたしな)


 回復・強化・錬金・命令はどれも彼のお気に入りの力だ。転生した直後に何が起きるか分からないため、汎用性の高い能力を厳選して残したのだ。


『魂のチューニングは完了しましたね。ではいよいよ第二の人生です。準備はできていますか?』


 その問いに応えるように、イエスのボタンを押す。すると白い世界が新たな光の奔流に包まれていく。生まれ変わったリグゼは、新しい人生に胸を高鳴らせるのだった。

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