ウェアラブル天体観測

西風理人

ウェアラブル天体観測

 ふと思い立って、いつもと違う道を帰ることにした。曲がり角の先に、見覚えのあるカバンを掛けた青年が居た。後ろ姿しか見えないが、あれは。間違いない。

「明星ー!」

 俺はそいつの名を呼んだ。ありったけの大声で。明星はくるりと振り向いて、そして、昔のように照れ笑いを浮かべた。

 明星というのは本名ではなく、俺たちが付けたニックネームだ。本名は名城めいじょう章太郎。小学校の理科の授業で、「明けの明星」を即答したことから付いた。

「久しぶりだな、明星。元気にしてたか?」

 旧友の顔は、小学校の時の顔と比べてしまったせいか、老けたように見えた。

「うん。確か、三年ぶりだったよね」

「へぇー、もうそんなに経ったのか」

 俺は大げさに感嘆した。高校を卒業して三年、就職してから忙しくなり、一度も会っていなかったからかもしれない。

「そうだ、仕事は何してるんだ」

「……えーっと、ソフトウェアを作る仕事。エンジニアって言えばいいかな」

「エンジニアかぁ。何だかすげえな!」

 その後しばらくは、高校時代の思い出を語り合っていたが、文系と理系の両方が分かるネタも尽き、周りの風景に目をやる。

 太陽はすでに沈み、橙の空気が、徐々に深い青に変わってゆく。太陽が沈んでいった方の空を見上げると、星がひとつ。

「なぁ明星、あの星、なんていう名前か分かるか」

「ん、あれは、金星だよ」

 すぐに返事が返ってきた。びっくりした。昔のあの明星のままだったら、いや、しかし、それだけで即答など出来るのか。実は天文学者とかじゃないのか。

「あのさ、お前の仕事は……」

「今は、星の運行が見えるソフトウェアを作ってる」

 そうだ、これ。と言って、明星は眼鏡をはずし、カチリとスイッチを入れ、俺に手渡した。

「まだ試作段階だけど、星を見るとその名前が出るんだよ」

「はぁ、時代は変わるもんだなぁ。ついこの間まで、机に置くコンピューターしかなかったのになあ」

「そうだよね。眼鏡型のコンピュータが出来るのは、もっと先だと思ってた」

 眼鏡のつるを両手に持ち、レンズをのぞいた。おっ、本当に金星だった。その場でぐるぐる回りながら、時々映るカタカナと英数字を、不思議な気持ちで眺めた。

 もしかしたら、明星はこれのおかげで金星だと分かったのかもしれないな……。

「ありがとよ、返すぞ」

 眼鏡を返すと、明星はカチリとスイッチを切った。

 俺はここで、ようやく気づいた。明星は星の名前を見るソフトを使わずに、金星だと分かったのだ。

 ということは、明星は、星の名前がそらで言えるのか。

 その後、俺は明星から眼鏡を取り、延々と星の名前を当てさせて遊んだ。

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ウェアラブル天体観測 西風理人 @kazerika

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