第3話 才能


 しかし、教師は別に流行り曲、と指定はしていないような。

 そんなことを考えていると、教室後ろの扉がバァンと勢いよく開く。


「うげっ!」

「うげっ、とはご挨拶ねぇ、栄治。自習になってんなら、真っ先に! 先輩に挨拶にきなさいよ!」

「すみませ——」


 ざわ、と教室が突然現れた上級生に浮き足立つ。

 中でも一瞬でロックオンされた栄治は立ち上がって、思わず声を上げてしまった。

 美しいハニーオレンジの長い髪を、左肩に結って垂らしたこの日本人離れした長身美形は真歳まさいせん

 栄治の世話になっているモデル事務所の先輩だ。

 アルバイトの栄治と違い、この人はしっかり事務所所属。

 がしっ、と胸倉を掴まれると、「来なさい」と凄まれる。

 もう逃走は不可能。

 諦めて「はい」と返事をするしかない。


「神野殿!」

「なによアンタ、邪魔よ」

「いえ、しかし!」

「大丈夫。事務所の先輩だから……」

「え、あ、そ、そうなのですか? ですが……」

「大丈夫」


 栄治が無理矢理連れていかれると思ったのか、立ち塞がってくれたのは鶴城だ。

 思わず教壇に立っていた担任を見るが、向こうはすぐに笑顔を浮かべて「どうぞどうぞ」と手を振る。

 なるほど、こういう学校か。と、諦めもつく。


「せんぱーい、俺はどこへ連れていかれるんですかー」

「入学式に聞いてるでしょ。アタシが所属してるグループよ」


 そんな気はしていた。

 しかしこの絶望感。

 だがこれから連れていかれるのが、どこのグループなのかは聞いておかねばならない。


「先輩のグループ……どこっすか?」

「星光騎士団よ。その第一ユニット『第一騎士団』ね」

「ウッソ……先輩、一軍にいたの……!?」

「あったり前でしょ! アタシは真歳閂なのよ!」

「失礼いたしました」


 十二歳でプロ——事務所所属になった天使。

 今ではすっかりらゴリラ……ではなく、がっしり体型のメンズ雑誌表紙を飾る、人気モデル。

 この年齢でこの体躯は武器だろう。

 海外のモデルが増えている昨今、この高身長とこのがっちりとしたら体型の日本人モデルは日本に彼しかいないと言っても、過言ではない。

 しかもプロ意識が高く、やる気がない栄治には当たりがきついきつい。

 その割にこうして頻繁に構ってくるのだからよくわからない人でもある。


「アンタは才能があるんだから、真面目に戦えば一気にアタシのところまで来れるはずなのよ」

「いやー……俺は日々の生活が送れればそれでいいので……」

「あのねぇ! アンタは天才じゃなあのよ! モデルとして食べていくつもりなら、ちゃんと努力しなさい! 天才じゃなくてもアンタは才能があるんだから!」

「いやー……」


 これである。

 毎回こうして、「才能があるから努力しなさい」「才能があるからその才能を伸ばしなさい」と説教をしてくるのだ。

 栄治は自分に才能があるとも思わない。

 ただ、この人に構われるようになってから食事と体調管理、ランニングは続けている。

 それが世話になっているこの人への、最低限の義理だと思っているので。


「……アンタが自分の容姿を嫌いなのは知ってるわよ」

「っ」

「でもね、世の中やりたいことと持ってる才能が一致していない人間、才能とそれを活かす場所を知らない人間の方が多いのよ。アンタ別にやりたいこととかないんでしょ? だったら自分の才能を伸ばして、プロに来なさい。アタシみたいに努力してここにしがみついてる人間にとって、アンタみたいに才能があるのに努力しないでダラダラしてるやつはムカつくのよ」

「……すみません……」

「誰が謝れっつってんのよ。さっさと行くわよ」


 才能を認めてもらえるのは、多分ありがたいことなのだろう。

 けれど、この容姿を使うのは——やはり気分が悪くなるのだ。


(あと、モデルとアイドルグループってなんか関係あるんだろうか……)


 その辺がまるでわからない。


「この学院は基本『体で覚えろ』タイプなのよ。仕事ってスムーズに終わることもあれば、トラブルに見舞われることもあるでしょう? まあ、アンタも現場では一応プロとしてやってんだから知ってると思うけど」

「はあ……」

「でもアンタみたいに現場を知ってる新入生ばっかりじゃないから、アイドルとしてデビューさせて、現地で経験を重ねて臨機応変に対応できるように実践教育に力をいれてんのよ。セミプロがプロに育っていく過程を見たいファンもいるから、そういう人たちに顔と名前を覚えてもらうの。SNSで共有されて、仕事に繋がるのよ」

「へ、へえ」


 意外としっかりした理由があってのアイドルだった。

 なんてとち狂った制度だ、と思ったけれど。


(けどやっぱり“ガチ勢”向けすぎる……)


 平穏に……普通科の生徒として暮らしたい。

 アイドルなんてやりたくないし、プロのモデルになるのも嫌だ。


「そして大手古参のグループは、練習棟にグループの個室とレッスン室、仮眠室と防音の収録スタジオがあるのよ」

「えっ、すごっ」

「でしょ? だからみんな大きいグループに入りたがるのよ。ネームバリューも大きいけど、それ以外の旨味も多いの」


 校舎から練習棟へ。

 空気が変わる。

 入学したてのフレッシュな空気だった教室とは、明らかな別物の空気。

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