第2話 絶望


(地獄かここは……)


 無。

 まさに今、神野栄治の表情はそうなっている。

 教室に荷物を置き、席を確認したら早々に講堂に案内された。

 入学式は普通にサクッと終わり、思ったより早く終わったラッキーなどと呑気に考えていた数分前の自分を殴りたい。

 芸能科の教師たちが勢揃いして、最初にこの学院の芸能科一年の生徒がやらされる行事と『グループ』もしくは『ユニット』に所属するように——というお達しだった。

『グループ』と『ユニット』は、“アイドルグループ”と“アイドルユニット”のこと。

 想像以上に本格化思想の東雲学院芸能科は、自分たちの芸能活動費用は自分たちで稼ぐようにと言い放った。

 そして、そのために手っ取り早いのが十年ほど前から東雲学院芸能科で根づいている『アイドル歌手』の制度。

 先輩たちが作ったアイドルグループを後輩が引き継ぎ、学院卒業と同時にアイドルグループも卒業していく三年間だけのアイドル活動。

 これがなかなかに顔と名前を売るのに適しており、在学中にプロのアイドル事務所にスカウトされて所属アイドルになる、ということも多いそうだ。

 お笑い芸人やダンサー、声優やシンガーソングライターも東雲学院の芸能科で有名な人気グループに所属しているとオーデションで有利になるという。

 そして、当校では芸能科全生徒に“アイドルグループ”または“アイドルユニット”への加入が義務。

 もし加入できなかったら、個人——ソロでもいい、という。


(マジか……)


 絶望である。

 そもそもアイドルグループとアイドルユニットの違いもわからない。

 そう思っていたら、講壇に上がった教師が丁寧に説明し始めた。

 十人以上のメンバーがいる集団をグループ。

 ユニットとは、そのグループ内で二人から五人の小グループのアイドルたちのこと。

 なぜそんな区分けがなされているのかといえば、古参のグループはその名前だけでかなりの力を持つらしい。

 そのため、グループの○○ユニット、とするのが最近の芸能事務所がオーデションの時の基準になっている。

 簡単にいえば『一軍』『二軍』『三軍』のことを、公平っぽく『ユニット』と呼んでいる——ということのようだ。


(どちらにしてもグループには所属しなきゃいけないってことじゃん……)


 顔が虚無。


「伝手がある人はその伝手でグループに所属するといいでしょう。伝手がない人は、部活などを通じて所属先を探したり、一週間後のデビューライブや半年後に行われるバトルオーディションで自分を売り込んだりできますよ」


 頭が痛くなってきた。

 逃げ場がなさすぎる。


(いや、個人ソロで——! ……そんなの先輩が許してくれるわけがない……)


 一縷の望みも砕け散る。

 先輩がそんな怠惰を許すはずがなかった。

 見つかり次第引き摺り込まれる。


(先輩のグループってなんだ? え、怖すぎる)


 教師が有名どころのグループを三つ、紹介してくれる。

『魔王軍』『星光騎士団』『勇士隊』。


(絶対全部やばい……!)


『魔王軍』はロック系やヴィジュアル系、絶叫系などの系統。

『星光騎士団』はバラード系やJ-POP系。

『勇士隊』はなんでもあり。

 これら以外にも中規模なグループがあり、自分に向いている系統やテーマのグループを探して所属するようにお達しが下った。

 そして一週間後のデビューライブに歌う曲を選び、カラオケなどで練習しておくこと。

 デビューライブはネットで全世界配信されるから——と。

 死刑宣告に等しい。


「マジかよ、一週間後とか……!」

「聞いてたより厳しいな! さすが東雲学院の芸能科」

「やっぱり『星光騎士団』だよな。王道の超有名どころ」

「俺は『魔王軍』かな。ロック系好きだし、ベース弾けるから」


 教室への解散が言い渡されると、立ち上がった生徒たちがなんとも前向きな話を始めている。

 なんとも夢に溢れた、前向きな若人たちだ。

 人の波に紛れて、栄治は絶望の淵を歩いている気分で天井を見上げてしまう。

 教室に帰ったら帰ったで、早速「各自ライブで歌う曲を選んでください」と言われる。


「まさか歌とは……」


 そして、意外にも隣の席の鶴城も半ば諦めを滲ませた笑いを浮かべて、スマートフォンを触っていた。


「歌、苦手なの?」

「流行の歌などわかりませぬ……」

「演歌でもいいんじゃない?」

「か、からおけにも行ったことがありません」

「ええ……」


 それはさすがに嘘でしょ、と言いかけてやめた。

 そういう人も、世の中に入るかもしれない。

 少なくとも、この鶴城一晴という少年は子どもの頃からテレビに出ていた。

 小さな頃から仕事をしていたのなら、行ったことがないのも多分仕方ない。


「神野殿は——」

「どの……?」

「からおけに行ったことがありますか?」

「まあ、あるけど……」

「流行の歌を教えてはいただけませんか?」

「俺もそんなに……知ってる方じゃない……」


 ランニングしながら音楽を聴くことはあるけれど、犬の散歩も兼ねているので同じ曲をリピートして、できるだけ集中力を交通状況に向けるようにしている。

 テンポをとりやすい曲をずっと聞いているので、それが流行りといわれると微妙なのだ。


「家に帰ったら妹たちに聞いてみるしかないですな」

「妹がいるんならそれが一番だろうね」


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