第二十話「世界でいちばん熱いステージ(1)」

 十一月初旬。冬華の二枚目のCDとなるミニアルバムが無事発売された。

 売り上げは好調。CDでも配信でも、デビューシングルを上回るペースで売れているようだった。


 冬華は相変わらず多忙を極めていた。だが、それも以前ほど目まぐるしいスケジュールではなくなっている。

 オッサン――マイケル会長が言っていた通り、本社側が闇雲に仕事を回すようなことをしなくなったのだ。量より質に切り替えてくれたらしい。


 それは冬華が、仕事を選べる立場になったことを示していた。

 冬華はソロデビューから半年ほどで、「ミカエル・グループ」内で重要な存在となったのだ。異例のスピード出世と言えるだろう。

 プロデューサーである俺とて例外ではない。以前は、本社の連中に小間使いと勘違いされているんじゃないか? という扱いを受けていたのが、変わった。今や、本社の営業は俺に敬語で話すようになっている。

 世の中、変われば変わるものらしい。


 そして、あれよあれよという間に時は流れ、十一月下旬。

 都内のドームで行われる、大規模合同ライブの前日となった。


「わぁ……すごく広いステージ! 客席もこんなに! 冬華、本当にここで歌うんですね? 春……プロデューサーさん!」

「ああ。遂にここまで来た、と言えばいいのかな? あまりに早すぎて、実感が湧かないけど」

「よく言うわよ。アンタ、デビュー前にここでライブしたでしょ?」

「ちょ、姉さん。声が大きい……」


 ステージと客席の設営が進む中、俺と冬華、万里江の三人は会場の下見にやってきていた。

 設営が終われば、すぐにリハーサルも始まる。

 出演アイドルは計ニ十組。それぞれ二曲ずつ披露し、短いながらもMCの時間もある。

 予定では、四時間を超える長時間のライブとなる。

 既に冬華以外のアイドルの姿も、チラホラ見える。


 ――と、その時。俄かに会場がざわめき始めた。

 何事かと首を巡らせてみると、その原因が分かった。

 最終チェック中のステージの上に、江藤みのりが姿を現したのだ。


 深緑のチェスターコートに身を包んだその姿は、遠目に見てもオーラが漂っている。

 設営スタッフの間に緊張が走るのが伝わってきた。


「ご挨拶くらい、した方がいいでしょうか?」

「いや。かなり遠いし、向こうが気付いたらでいいんじゃないか」


 ステージは外野スタンド側の一番端にある。対するこちらは、正反対のホームベース付近の座席のただ中だ。声が届く距離でもない。

 わざわざ挨拶する必要もないだろう。――等と、高をくくっていたのだが。


「あら~? やっほ~冬華さんとそのプロデューサー! お久しぶり~」

「んげ」


 あろうことか、みのりの奴はステージ上からこちらの姿を捉え、あまつさえ声までかけてきやがった。

 マイクも使っていないのに、フィールドの反対側にいるこちらへ届く、恐ろしい声量で。

 なんだなんだと、設営スタッフの注目が俺達にも集まってしまう。


「……仕方ない。挨拶しておくか?」

「はい♪」


 無視するわけにもいかず、三人でステージに向かってとぼとぼと歩き出す。

 その間、みのりは勇者一行を待ち構える魔王のように堂々たる立ち姿で、ステージ上に陣取っていた。


「ご無沙汰しています、みのりさん」

「……おう」

「や~ん、みのりちゃん久しぶり~! 相変わらず美人ね~」


 スタッフに許可を取ってステージに上がり、三者三様の挨拶をする俺達。

 みのりは何が楽しいのか、そんな俺達の様子を見て怪しく微笑んでいる。


「万里江さんとは本当にお久しぶりですね。今は『アークエンジェル』の社長としてご活躍だそうで」

「いやねぇ。みのりちゃんの活躍に比べたら、私なんて小間使いみたいなものよ」


 ちなみに、みのりと万里江は旧知の仲だ。

 万里江が「ミカエル・グループ」に入ったのも、やはり十年ほど前。俺のデビューとは全く関係なく入社して事務所内でばったり出くわすという、ミラクルをやってのけたのだ。

 その辺りで、みのりとの縁も出来ている。なんというか、腐れ縁というか、世間は狭いというか。


「冬華ちゃん。どうか明日は、お手柔らかにね?」

「とんでもありません。冬華の方こそ、勉強させていただきます♪」


 笑顔で言葉を交わすみのりと冬華。

 けれども、間近にいる俺達はどこかピリピリとした張り詰めた空気を感じていた。

 明日、みのりは大トリを務める。キャリアと人気を考えれば、当たり前の順番だった。

 だが、みのりの一つ前は、異例にも今年ソロデビューした新人アイドル――冬華が務めることになっていた。

 

 今回のライブは様々なアイドルが順番にパフォーマンスを披露する、穏当なものだ。

 大規模野外フェス等のように、複数のステージで観客数を競い合ったりするものでない。

 だが、それでも前後に歌うアイドル同士は、否応なく観客に比較されてしまう。観客の反応で、そのアイドルの「格」が決まる側面が、どうしてもあるのだ。


 だから明日は、冬華とみのりの対決の日でもある。

 まさか、こんなに早く挑むことになるとは思いもしなかったが……。


 ――その後に行われたリハーサルは、順調に進んでいった。

 冬華もみのりも、歌いはしたが軽く流す程度で、明らかに本気ではなかった。まるで、明日の為に力を溜めているかのように。


「二人とも、気合い入ってるな。……冬華はまだ分かるんだが、どうしてみのりまで、あんなに迫力出しちゃってるんだ?」

「……春太。アンタ、そういうところよ?」

「?」


 ステージ側からリハーサルを見守りながら、万里江とそんな会話を交わす。

 何が「そういうところ」なのだろうか? さっぱり分からない。

 ――とにもかくにも、どうやら明日のライブは、ただ事では終わらないらしい。それだけは分かった。


   ***


 そしてライブ当日。ドームの中は凄まじい熱気に包まれていた。

 会場のキャパは五万人強。それだけの人数が一つ所に集まり、これから始まる夢のライブに想いを馳せているのだ。それも無理からぬことだろう。

 だが、本番はこの後、ライブが始まってからだ。彼らの溜めに溜めたパワーが、アイドル達の歌と踊りによって解放される。言ってみればこの会場は、噴火直前の活火山のようなものなのだ。


 俺はその様子を、控室側のモニターから眺めていた。

 そして――。


「うっはー! キンチョーして来たぁ! これから始まるアイドルちゃん達の夢の競演を思うと、アタシもう昇天しちゃいそうだよぉ! ――はっ!? もしかしてアタシ自分で気付かないだけで、もう昇天しちゃってる? 実はここがパラダイス? ほらだって、冬華ちゃんそっくりの天使がいるし! これはもうお腹に顔をうずめてクンカクンカスゥーハァー! するしかないよね!」

「おいこらやめろそれは冬華本人だ! というか、ヤイコ。なんで出演者でもないのに当たり前の顔して控室にいるんだ」


 今日も絶好調の万世橋ヤイコの首根っこを掴んで、冬華に飛び掛かるのを阻止していた。

 誰だ、こいつをここに呼んだのは。


「うふふ、ヤイコちゃん来てくださったんですね? 万里江さんにお願いして、関係者パスを用意しておいてもらって良かったです」

「――って、冬華が呼んだのかよ」

「? 何か問題ありましたか?」

「い、いや。ヤイコも関係者には違いないから、別にいいんだが……」


 ジャージ姿の冬華が、心底不思議そうな顔をしながら首を傾げる。

 前から思っていたが、冬華は何故ヤイコに対してだけ、非常識の許容量が大きいのだろうか……?

 ――ちなみに、冬華がジャージ姿なのは、すぐにステージ衣装に着替えられるようにする為だ。

 四時間近い長丁場のライブで、冬華の出番は最後から二番目。その間ずっとステージ衣装でいるのは色々と苦労が多いので、出番が近付くまではジャージで待機するのだ。


 周囲には、他のアイドルやそのスタッフの姿もある。既に衣装に身を包んでいるアイドルもいれば、冬華のようにジャージ姿の者もいる。

 今日は若手女性アイドルだけのイベントなので華やかな光景――にはならず、張り詰めた空気が辺りを包んでいる。今回が初ドームという娘も多いらしく、誰もが緊張しているのだ。

 むしろ、冬華が堂々とし過ぎとも言える。


 トップバッターのアイドルの子など、先程から真っ青な顔で震えている。

 マネージャーらしき人が必死に元気付けようとしているが、あれでは逆効果だろう。こういう時は、もっと――。


「皆さ~ん、お疲れ様です~」


 その時だった。

 緊迫した空気にそぐわない、能天気な声が控室に響いた。

 なんだなんだと声がした方を見て、誰もが仰天した。そこにいたのは歌姫、江藤みのりだった。

 控室の中が一転して、ざわめきに包まれる。今日の出演者の中でも、みのりは別格だ。控室も一人部屋をあてがわれていたはずだ。

 それが何故、ここに姿を現したのか? 誰もが彼女の次の言葉を固唾を呑んで待っていた。

 しかし――。


「ん~? 空気が重いですね。ドームだけに!」

『……?』


 みのりの発した言葉の意味を、誰も理解出来なかった。

 いや、正確に言えば俺以外の誰も理解出来なかった。

 冬華も、ヤイコも、他のアイドル達もスタッフも、誰もがポカーンと口を開けている。


 ――まさか、天下の江藤みのりがくだらないダジャレを言った等と、理解出来なかったのだ。


「え、ちょっと……もしかして、滑っちゃいました? あれれれ、どうしましょう? 緊張を解ければと思って、頑張ったんですけど……。ねぇ、ちょっとそこの春……じゃなかった、TTさん。どうすればいい?」


 そして当たり前のように俺を巻き込むみのり。

 こいつ、昔からこういう所は変わってないな!


「いや、俺に訊れても困るんだが。というか、もしかしなくても、今のは『どうも』と『ドーム』をかけようとしたのか?」

「そうだけど?」

「そんなしれっと言われても、全然かかってないからな? どうするんだ、この惨状……」

「そんな~! 必死に考えたんですけど~?」


 歌姫の威厳はどこへやら。

 子供のように口をとがらせて拗ねるみのり。

 だが――。


『ぷっ』


 そのギャップのあまりのおかしさからか、誰かが耐えきれずに失笑した。

 すると。


「ぷぷっ」

「あはっ、みのりさんでも、あんなこと言うんだ……あはは」

「ははっ、なんか緊張ほぐれてきたかも!」


 誰かの失笑が笑顔となって、控室に伝染し始めた。

 いつしか気まずい緊張感は消え失せ、誰もがリラックスした表情を浮かべ始めている。


「……ふふっ。計算通りね」

「いや、この場合『怪我の功名』だろ」


 ドヤ顔のみのりと、それに対する俺のツッコミで、再び笑いが起こる。

 決してみのりの計算通りではないだろうが、どうやら出演者達の緊張は大分ほぐれたようだった。

 

「皆さん。ファンの方々は、この会場に楽しむ為に来ているんです。だから――私達も、存分に楽しみましょう?」

『はいっ!』


 みのりの言葉に、アイドル達が息のあった返事をする。

 ドタバタしても、最後にはこうして皆の心をまとめ上げるのだから、やはり恐ろしい奴だ。


 そして、合同ライブが始まった――。



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次回ライブ本番。冬華はみのりに勝てるのか?

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