第十三話「シンデレラは願わない(2)」

「春太さん。四葉のクローバーと、シロツメクサの花言葉を知っていますか?」


 ――あれは、確か一ヶ月ほど前。

その時はまだ「タイトル未定」だった、冬華の為の曲を作っていた最中のことだった。


「四葉のクローバーとシロツメクサ? それ、同じものなんじゃないのか?」

「植物的にはそうですけど、花言葉はそれぞれ違うんですよ? クローバーは、四葉だと少し意味が変わるんです」

「へぇ」


 こんな会話になったのには、理由があった。

 冬華が「二曲目の歌詞は、花に関係あるものにしてほしい」とねだっていたのだ。

 一曲目が「星」だったから、次は「花」が良かったんだとか。分かるような、分からないような理由だった。


「なんて花言葉なんだ?」

「はい。シロツメクサの花言葉は、主に『幸運』『約束』『私を思って』……そして『復讐』なんだそうです」

「おいおい、他は分かるけど、最後だけやけに物騒だな」

「うふ、約束や想いを裏切られれば、愛はやがて復讐心に代わるから――らしいですよ?」


 何故か、俺の目を真っ直ぐに見つめながら知識を披露する冬華。

 ……深い意味は無いと思いたい。


「この内、『幸運』は特に四葉のクローバーの場合の花言葉みたいですね」

「なるほど。四葉のクローバーが幸運のお守り扱いされるのは、花言葉からなのか」

「ええ。もっとも、冬華が読んだ本には『幸運のお守りだったから、花言葉もそうなった』と書いてあるものもありました。なので、どちらが先なのかは分かりませんけど」

「あー。卵が先か鶏が先かってやつだな」


 「やっぱり女の子は花言葉とか調べるの好きなんだな」等と、少々時代遅れの感想を抱きながら、「はて?」となる。


「あれ? でもさっき、四葉のクローバーは花言葉が違うって言ってなかったか?」

「はい。クローバーは、葉の数で花言葉が変わるそうなんです。『幸運』は四葉の花言葉の一つ、みたいですね」

「一つってことは、他にもあるんだ?」

「はい。四葉のクローバーの、もう一つの花言葉は――」


   ***


 ――ステージ上では、今まさに冬華が「はなことば」を歌い始めていた。

 俺が作曲だけでなく作詞も手がけた、冬華の為だけに作った大切な歌だ。

 制作にあたっては、冬華の要望を最大限に取り入れていた。


 まず曲調。これは「冬の星座を見上げて」と同じくスローバラードにした。

 出だしはいきなりのアカペラ。冬華の歌声だけで曲が始まり、そこに静かなピアノのメロディーが重なっていく。

 サビに近付くにつれ、他の楽器パートが加わっていき、サビに入ると一気にストリングスの派手な伴奏が入る。

 冬華は、そういう構成が好きなんだそうだ。奇遇にも、俺と一緒だった。


 歌詞は全般、切ない恋心を持て余す少女の気持ちを描いたものだ。

 タイトルの「はなことば」の通り、様々な花言葉と少女の想いとを重ね合わせてある。

 何度も冬華と相談して内容を詰めた、我ながら会心の作だった。


 会場はしんと静まり返っているが、盛り下がってる訳ではない。観客は皆、冬華の歌に聞き入っているのだ。

 その証拠に、会場に漂ういくつもの「スフィア」は、いよいよその数と輝きを増している。

 冬華の歌が観客の心をがっちりと掴んでいる証拠だった。


『胸に咲いた赤いバラ あなたには見えない ガラスの花びら』


 歌は、「あなた」に少女の想いが届かぬまま終わる。

 それでも一心に思い続け、いつかその気持ちが伝わるようにと。

 その結末も、冬華のリクエストによるものだ。だが――。


(結局、あの言葉だけは入れられなかったな)


 静かに歌が終わり、会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。

 静かにお辞儀をし、次に顔を上げた時、冬華の顔はいつもよりも大人びたそれに見えた。


『四葉のクローバーの、もう一つの花言葉は「私のものになってBe mine.」なんです』


 少し照れたような、はにかむ笑顔と共にその花言葉を告げた、冬華の姿を思い出す。

 その姿はあまりに可憐で、一途で。その愛おしさを表す言葉が、俺の中に見付からない程だった。


(言われなくたって、俺はとっくに、冬華の……)


 その時、俺の思考を打ち消すように、会場に力強くリズムを刻むシンセサイザーの音が響き渡った。

 スローバラードが二曲続いた後の、不意打ちのような構成に、会場がざわめきだす。


『続いても初お披露目です! 一部の方には、少し懐かしいかも? ――聞いてください。「ゼロ・グラヴィティ」!』


 続くナンバーは、打って変わってシンセサウンドを全面に押し出した、激しめのダンス・ミュージックだ。

 冬華が「アンヘラス」時代に歌っていたのに近いジャンルの曲に仕上げてある。

 これも彼女からのリクエストだった。


 冬華のファンはその殆どが新規の人々だ。だが、中には「アンヘラス」時代から応援し続けてくれている人々もいるようだった。そんな人々の想いにも応えたい、というのが冬華の要望だった。

 ――アップビートに合わせて、冬華が激しいステップを披露する。先程まで、ダンスらしいダンスはなかったのとは、対照的な姿だ。

 観客はこのギャップについてきてくれるだろうか? と、少し不安でもあった。

 しかし、どうやらそれは杞憂だったようだ。


 会場を漂う「スフィア」が、音楽に合わせるように色を変えていた。

 いつもの桃色から、もっと鮮やかな赤へと。

 けれども、その輝きは全く衰えていない。観客の心が冬華と共にある証拠だ。


 冬華が激しいダンスパフォーマンスと共に攻撃的なヴォーカルを披露すると、会場からは一際大きな歓声が上がった。

 今や冬華は、会場の全てを支配していた――。


   ***


「見ててくれましたか、春太さん!」

「ああ……全部、見てたよ。冬華、君はやっぱり凄い子だ」

「いいえ、全ては春太さんのご指導と、曲のお陰です♪」


 全ての曲目を終え、アンコールにまで応えた冬華が、息を切らせながらステージ袖へと戻ってきた。

 その表情はいつも通りの愛らしさで、つい今しがた観客を魅了し圧倒してみせた少女と同じ存在とは思えない。

 会場は、終了のアナウンスが流れているにもかかわらず、未だに熱い熱気と歓声に包まれている。


「あらあら。皆さん、まだ盛り上がってますね。冬華が出ていって、案内をした方がいいんでしょうか?」

「冬華ちゃん、それじゃ逆効果よ。お客さんはね、もう終わりだって理解してても、名残を惜しむものなのよ。今は余韻に浸らせて、クールダウンさせてあげて。あなたが出て行ったら、また火が点いちゃうわ」


 観客が全く退場しないことを気にする冬華だったが、そこは万里江が押しとどめていた。

 そういうところは、なんとも責任者っぽい。


「さあさ、疲れたでしょ? 冬華ちゃんは控室に戻って、きっちり休みましょうね。では、春太くん、万里江社長。後のことはよろしくお願いしますね~」

「はい。――冬華、会場を出られるのはまだまだ後になりそうだから、今はきっちりと休みなさい」

「はぁい♪」


 千歳さんに連れられて、控室へと戻っていく冬華。

 その背中はとてもとても小さいのに、既に凄味のような、「オーラ」とも呼ぶべき雰囲気を纏っているように見えた。


「姉さん」

「なぁに?」

「俺を冬華のプロデューサーにしてくれて、ありがとう」

「……お礼を言うのは、まだ早いわよ。きちんとあの子を、トップアイドルにしてから言いなさい! まだまだ、これからなんだから」

「たはっ、厳しいな万里江姉さんは」


 万里江と二人で笑い合う。

 そうだ、まだまだ始まったばかりなんだ。冬華をトップアイドルにするまでの、長い長い道のりは。


「さ、撤収作業を手伝おっか」

「え~? 私、社長なのに。やんなきゃだめぇ?」

「社長だからこそやるんだろ。ほら、動く動く!」


 渋る万里江の尻を叩きながら、俺はスタッフに混じって片付けを始めた――。


   ***


「千歳さん」

「なぁに? 冬華ちゃん」

「今日の冬華、どうでしたか? きちんとアイドル、やれていましたか?」

「もちろん! オバチャンもこの業界長いけど、冬華ちゃんの歳でこれだけのステージを見せてくれた子は、殆ど覚えが無いわよ!」

「そう……ですか」


 控室へ向かう道すがら、冬華は千歳の言葉に一瞬だけ笑顔をほころばせ、しかしすぐに真剣な表情になった。


「自信をもって、いいんですよね?」

「もちろんよ!」

「でも、まだまだ足りないんですよね、トップに立つには」

「それは……」


 千歳の顔からも笑顔が消える。

 傍らを歩く冬華の放つ迫力に、流石の彼女も気圧され気味だったのだ。


「冬華、もっともっと頑張ります。絶対にトップアイドルになります。それだけじゃなくて、恋だって、叶えてみせます♪」

「……冬華ちゃんの中では、トップアイドルと恋の成就は同じくらい大切なのね」

「はい♪」


 凄味さえ感じさせる冬華の笑顔。

 それを眺めながら、ステージ上で後片付けに勤しんでいるであろう青年の、今後の苦労を思う千歳であった。

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