モツ煮の味は

 珍しく前話からの続きものを書く。

 週一更新と銘打めいうちながら、月一ですら更新をせず、一話完結と題しながら、ついにそれすらも破る。やりたい放題である。


 よければ本編を読むのに先立って、ひとつ前の話がどんな内容だったのか、チラっと確認して頂けると嬉しい。



 ***



 社会人一年目のときの話。

 配属されて二週間ほどが経ち、新人歓迎会なるものが開かれた。


 会社に入ってから初めての飲み会。いままで同年代としか関わってこなかった新人には、立ち居振る舞いが分からぬ。


 こういうとき、私は用意周到に準備をしていくタイプなので、前日の夜はもう調べに調べた。


 どんな質問がよく来るのか。

 どんな新人が好かれるのか。

 どんな行動がタブーなのか。


 インターネットの深海に身を投じて、あらゆる情報を漁っていく。

 そうして、大量の情報で全身を武装して、血気けっきさかんに新人歓迎会へと乗り込んだ。



 歓迎会はチームが主催する小規模なもので、新人ひとりの周りを先輩社員五人ほどが囲う。


 調子はどう?

 どこ出身?

 休みは何してる?


 一問一答集みたいな質問から始まって、新人と先輩、お互いに剣先で間合いをはかっていく。


 この日の私の行儀良さと言ったら、お受験中の幼稚園児も舌を巻いたに違いない。笑顔は決して絶やさず、上司を立て、全身を使ってオーバーにリアクションをとる。事前の調査の賜物たまものである。飲み会での理想の身のこなしは調べ尽くしてきた。



 気づけば宴会も大いに盛り上がりをみせ、顔を赤らめた男たちの上機嫌な様子が目に映る。鼓膜に届く声もぼんやりと鈍くなってきた。


 心地よい酔いのなか、私が先輩たちの話に相槌あいづちを打っていると、同じテーブルに座るチームで一番偉い上司が口を開けた。

 この人は管理職たちの間でマフィアと呼ばれているらしい。私なんぞ口が裂けてもそんな軽口は叩けない。別のふさわしい呼び名があるだろうか、いやない。


 マフィアは少し酔った目つきで私を見ると、納得するように頷いた。


 「最近の新人はさあ、ほんと真面目だよな~」


 私はピクリと反応する。つむじで電波を受信した。


 ──あっ、これ進研ゼミでやったところだ。


 会話がどこへ流れていくのか。とっさに私の脳は感知していた。前日のインターネット調査で何度も目にした、これは先輩社員の武勇伝の流れ。


「ええっ!? そうですか?」


 私は大げさに驚きの声をあげる。

 マフィアは、私の顔をまじまじと見て、納得するようにうなずいた。


「若いときはさあ、もっと尖ってるもんだよ」


 世間一般にはうとまれる先輩社員の武勇伝。私は情報の過剰摂取オーバードーズで気分がハイになっていて、この瞬間を待ち望んですらいた。息を止めてマフィアの言葉を待つ。来い来い来い。念仏のように何度も祈る。



 俺たちが、若い頃はもっと──



 来た。


 夢にまで見た、俺たちの若い頃はタイムである。教科書どおりの美しい流れに思わず感動してしまう。はやる気持ちを抑えながら、すかさず私は火をべる。


「ええっ、先輩が!? 想像できない! どんなことをしでかしたんですか!?」


 そこから、「俺たち」の話は大いに盛り上がりを見せ、飲み会は上々のまま終了するのだった。



 帰り道、私は自分の仕事っぷりに満足しながらも、マフィアの言葉を思い出していた。


 ──最近の新人はさあ、ほんと真面目だよなあ


 そう、マフィアは尖った新人がお好みなのだ。



 ***



 私が働く会社には、従業員だけが見れる会社ブログなるものがあった。管理職の人がチームの状況を報告したり、業界動向ぎょうかいどうこうを展開したりしている。


 車関係の事業をしていている会社だったので、自動車業界にまつわる経済ニュースなんかが投稿されていた。


 新人でも会社ブログに投稿する積極性が大事だよ、そんな話を聞かされていたこともあって、私も何か記事を書きたいと思った。


 ブログ、文章の執筆。

 業界動向、自動車の話。

 そして、マフィアが求める、尖った新人。


 勘のいい方は気付いたかもしれない。


 『その日、私は車になった』


 私は前話を会社ブログに投稿したのである。



 ***



 会社ブログにはコメント欄があって、投稿直後の朝からコメントが付いていく。別チームに配属された同期たちが、チームを越えて反応してくれる。


 面白かったです。

 社会人として文章力って大事ですよね。

 私も教訓としたいと思います。


 上々の立ち上がり。だけど今回のターゲットは同期じゃない。

 マフィアに刺さったかどうか、それが問題だ。


 その日の朝、マフィアは外出していた。いつ帰ってくるのか、私はもう気が気ではなかった。仕事に身が入らぬまま、昼休みに入る。消化しきれなかった仕事を片付けるため、私はパソコンとにらみ合いを続けていた。


 ぽんぽんと、軽く肩を叩かれた。


 私は顔を上げた。

 マフィアがいた。その両隣を、チームで二番目に偉い人と三番目に偉い人が固めている。トップ3のお出ましだ。


昼飯ひるめしどう?」


 配属されて数週間たつが、今まで昼食に誘われたことなんて一度たりともない。私はこくりと頷くと、うまれたてのヒヨコのように三人のあとへついていった。



 我々一行は駅前の路地裏に入る。湿った路地に響く革靴の音。ランチ営業中の居酒屋の暖簾のれんをくぐった。上司三人がモツ煮定食の食券を買うのをみて、私も真似してモツ煮定食のボタンを押した。ここはモツ煮がうまいんだよ、なんて声に耳を傾けながら、案内された席に向かう。

 四人掛けの椅子に座ると、不気味に沈黙が流れた。


 どっちだ、どっちの可能性もありそうだ。

 褒められるのか、叱られるのか、私には判断がつかなかった。血管がこめかみを激しく脈打つ。


 マフィアは小さく息をつくと、私の方を見て静かに告げた。



「会社ブログはな、そういう場所じゃねえから」



 こっわ。



 ***



 会社の後輩にこの話をしたとき、後輩は「尖る方向性が間違っている」と苦笑していた。方向性って、バンドの解散理由以外で使うんだね。あの日食べたモツ煮の味はまったく覚えていない。

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チンパンジーに進化してる 中辛バーバリアン @ns_barbarian

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