わたしのせいなのに

 震えが止まらない。

 まるで冷たい空気を吸い込んでいるかのように胸が痛み、呼吸が乱れる。

 地面に座り込み、大きく見開く瑠衣の目に映るのは、制服が破れ、出血している遥の右腕。彼も同じく座り込んでおり、瑠衣の左肩を抱いている。右腕から流れる血は、ぽたりぽたりと地面に落ちていた。

 瑠衣が攻撃を受ける覚悟を決め、目を瞑った直後のことだ。突然、遥に強く抱きしめられた。それが何を意味するのか。瑠衣が気が付いたときには、もう遅かった。

 女子生徒の攻撃は遥の右腕に直撃。遥は左腕で瑠衣を抱きしめるように体勢を変え、負傷した右腕を動かして女子生徒へ向け能力を放った。女子生徒は遥に吹っ飛ばされ壁に激突。その衝撃で気絶し、地面に倒れている。

 呼吸を整えようと、今も震えが止まらない両手で胸辺りを握りしめた。地面に視線を落とし、深呼吸をしようと口を開くが、呼吸は浅い。それでも、何とか声を絞り出す。


「ご、めん、なさい」


 浅い呼吸を繰り返しながら、声を必死に絞り出し、何度も何度も「ごめんなさい」と呟いた。

 遥が怪我をしたのは、自分のせいだ。あのとき、意識がはっきりしていたら。身体を動かせていたら。今更どうしようもないことばかりを考えてしまう。

 小刻みに震えながら謝り続ける瑠衣の肩を抱いていた遥の左腕に力が入る。そのまま彼のほうへと引き寄せられ、抱きしめられた。頭に重みを感じたのは、遥が瑠衣の頭に自身の頭を乗せたからだろう。


「落ち着け。穂波が謝ることじゃない」

「でも、右、腕……血、が」

「気にしなくていい」


 それよりも、と遥は「ゆっくり息を吐け」といまだ呼吸が乱れている瑠衣に言い聞かせるように背中をさすった。遥の温もりと優しい声に、自然と涙が頬を伝う。その涙を拭うことなく、瑠衣は言われた通りに息をゆっくりと吐き出すことを意識しながら呼吸を繰り返す。

 実技でも怪我をすることはある。ペアの相手に支えられ、保健室へと向かう生徒を何人も見てきた。瑠衣自身も保健室で診てもらったことがある。が、ここまで出血している生徒は見たことがない。そもそも、誰かがこのように血を流しているのを初めて目の当たりにした。

 だからだろう、遥の右腕から流れる血が、怖くて堪らなかった。

 それも、自分を庇ったせいで、遥は怪我を負って血を流している。それなのに、何故、彼は──。


「……どう、して」


 喋らないほうが良いのはわかってる。だが、止められなかった。


「わたし、の、せい、なのに」


 何故、こんなにも優しいのか。責めないのか。

 そう続けようと思ったが、乱れている呼吸が邪魔をし、言葉が出ない。


「もう喋るな。……俺が怪我をしたのは、穂波のせいじゃない」


 肩で必死に呼吸をする瑠衣の背中を、遥はゆっくりとさすり続ける。


「穂波を守りたかった。ただ、それだけだ」


 背中をさすってくれる遥の手が、あたたかく心地良い。抱きしめてくれる遥の温もりと匂いが、徐々に落ち着きを取り戻させてくれる。あれだけ浅かった呼吸も、リズムが整ってきた。


「遅くなって悪かった。一人で、よく頑張ったな」


 目の前にある遥の服を両手で掴み、彼の胸に顔を強く押しつけた。肩を震わせ、声を押し殺して泣く瑠衣に、遥は頭を優しく撫でた。

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