英雄 慟哭


「なんで!? 絶対安全じゃなかったのかよ! 」


 目の前を墜落する新を見て、蒼は顔を真っ青にしながらクラガーに掴み掛かる。


「……申し訳ありません。敵に……新兵器があった模様です。

 完全に我々の諜報不足……失態です」


 クラガーもクラガーで、残念そうに目を伏せながら首を振って、自分の襟首を掴む蒼の手をゆっくりと剥がす。


「新兵器? ふざけんな!

 弓と矢が主流の世界で、どんなパラダイムシフトがあったらレーザーなんて兵器が生まれんだよ! 」


 蒼の慟哭どうこくにも、クラガーは答えない。ただ苦々しげに目を伏せるのみ。

 周りの英雄も全員涙を流しながら、新が落下した方角を力無く眺めているだけ。


 ただし、その涙は新の死を悼むだけのものではなく、


 『郷土愛も何もない土地の、死のリスクがある戦場に放り込まれてどうすれば良いのか』


 というこの先の不安に対しての方が大きいまであった。


「お話中申し訳ありません! 」


「またですか……今度は何ですか! 今私達は忙しいのですが!? 」


 ただでさえ逃しようのない怒りを受け止めてストレスの溜まっていた身に、先程と一言一句変わらぬ発言に、クラガーの声色もとうとう荒れる。

 そんなクラガーに萎縮しつつも、兵士は言葉を続ける。


「さ……先程の小隊が此方へ向けて進行を開始! その後ろから一個中隊程の兵が此方へ向かって来ています!! 」


「ッ……何で急にそんな! くそッ、英雄殿、申し訳ありませんが我々に言い争っている時間はないようです。

 後程話し合いの時間は取らせて頂きますので、今はどうかご容赦下さい」


 頭を深々と下げ、クラガーは蒼から離れて置いてあったヘルムを被る。

 そんなクラガーが遠ざかるクラガーの背中に向かって、クラガーの襟首を掴んでいた拳で今度は宙を強く掴み、


「待って……待ってください……クラガーさん……」


 震える声音で呼び止めた。


「申し訳ありませんが、こうなった以上私も戦場で指揮に立たねばなりません。

 まだ戦争に慣れない身で、前線に立てと言う気もありません。ですので、状況が落ち着くまで救護室で休んでいて構いませんので……」


「二つだけ、聞かせてください」


「手短かにお願いしますよ? 」


 蒼の言葉にクラガーは少し片方の眉を上げて向き直る。


「僕たちは、武器を取らないと死ぬんですか? 人殺しをしないと死ぬんですか? 」


「えぇ。

 今武器を取らないで生き残れるのは今だけ。そう言い切れます」


 絶望的な冒頭二文字に英雄4人は強く歯噛みする。

 分かっていた事ではあった。

 それでも、こうして納得しなければならないとなると精神へのダメージは相当大きい。


「なら、最後にもう一つ……」


 そんなダメージを負いつつも、蒼は続ける。

 止まった瞬間、言葉が出なくなって指先の一つすら動かせなくなる。そんな不安があったから。


「この国は、何が目的何ですか?

 どうして英雄を欲したんですか……? 」


「それは……」


 蒼の問いに、珍しくクラガーの声がよどむ。


『戦争に勝つため』

『他国から攻撃を受けてるから』


 それは何故?


 それに、いくら時間が無いとはいえ、この世界に対して何の説明も無かった。

 馬車の中でも兵士に聞けるタイミングは無かった。


 何故?


 そう言った全ての疑問が、蒼の一言には込められていた。


 それを理解しているのだろう。

 クラガーの口はとても重く、何やら迷ったようにパクパクと動かされている。


 それから数十秒程の時間が経過し、やがて意を決したように、


「申し訳ありません。貴方あなた方への説明は禁則事項に当たりますので、お答えは出来ません」


 苦々しげに、まるで吐き捨てるように呟いた。


「……ありがとうございます。

 お陰で、僕も踏ん切りがつきました」


 そんなクラガーの答えに納得したように大きく頷いて、他の兵隊達が集まる地点を目指して歩き出した。


 そんな蒼に慌てて少女が一人駆け寄る。

 王城で「人殺しはしたく無い」と叫んだあの少女だ。

 肩まで伸びた暗い茶色のセミロングの髪に、整った少し目の垂れた可愛らしい目鼻立ち。

 身長は160センチ無いほどで、低すぎることもないが高い事もない。

 胸元も服越しにハッキリと分かる膨らみはあるが、人の目を大いに引くような大きさは無い。そんな少女。


「ねぇ、君。いきなりどうしたの? 」


 少女は蒼に先程の問いの真意を尋ねる。


「この国……多分、英雄は僕達だけじゃ無い。それどころか、何回もやってると思うよ」


 蒼は出した結論を端的に述べる。

 そう、これが彼の最初からあった違和感の正体。


 動きが全て手慣れすぎていたのだ。


 形式化されたような、マニュアルのような対応。

 召喚から戦場までのスムーズさ。

 周りの受け入れの速さ。


 そして、先程のクラガーの言葉より分かった英雄の為に存在する法律。


 これが切羽詰まって禁忌の術に手を出したような動きかと言われたら、どう考えてもそんなわけがない。


「だから僕はもう一度王様に会って、問い詰めて、必要なら脅してでも日本に帰る。

 その為なら、人殺しだって……」


 蒼は震える手で決意を語る。

 こんな国ではなく、自分のために手を血で染める決意を。


 そんな決意に感化されたように、少女もまた息を一つ、大きく吐き出して、


「いいよ。私も乗るよ。

 私も家に帰りたい。こんなスマホも無い世界で死にたく無い」


 今の決意を強く言葉にし、


「私、雪宮ゆきみや 春香はるか

 よろしくね。えーと……」


 蒼に握手を求める。

 とはいえ、お互いまだ自己紹介すらしていない身の為、名前が分からずそこで止まった為、


「天谷 蒼。こちらこそよろしく」


 春香の手を取り握手に応じたのだった。


✳︎✳︎✳︎


 その後、数分もしないうちに兵は集合し、馬防柵の後ろにズラリと兵が並ぶ。

 と言っても、村の防備に当たっていたのは50人程度。その兵達が縦数列に展開しているだけだが。

 コレから来る200人規模の隊に対して圧倒的に兵力は足りていない。


「……英雄殿……いや、蒼殿。この戦場でこのような事になってしまい本当に申し訳ありません。

 ですが、貴方の力無くしてこの局面は越えられません。どうかお力をお願いします……」


 結局、他の2人は説得できず、戦闘に参加するのは蒼と春香の2人のみ。

 それに、春香の異能は完全に後方支援型な為、実際に戦うのは英雄の中で蒼のみだった。


 ─新がいれば、かなり楽そうだったんだけど


 そんな事を考えつつ、蒼は前衛の中でナイフ片手に身を屈める。

 他の兵が直剣を片手に堂々と構えているのに対して実に異様な構えだったが、まぁ仕方がない。

 そもそも武器が違う上に、直剣なんて現代っ子のインドア派が持ったところでまともに使えるわけが無い。それならナイフの方がまだマシである。


 そうこうしているうちに、敵陣も先程の小隊が後から来た中隊に取り込まれるように混ざり込み、一つの隊になる。


「弓兵隊、前へ。

 兵力差はありますが、地の利は我々にあります! 」


 クラガーの指示で弓兵が前へ出て、弓をつがえる。目標は横広に展開された騎馬の群れ。


「この地域の死守を! 貴方方のその手に国民の平穏が掛かっています!

 全軍、放てッ!! 」


 最後に、怒声にも似た大声の後に続くように、大量の矢が先陣の騎馬達に突き刺さる。

 場所は遮蔽物のない開けた平野。そこを真っ直ぐ駆けてくる時点で的でしかなかった。


 そこそこ離れた距離からも苦しそうな馬達の鳴き声がよく響き、上に乗っていた兵士たちがボロボロと落ちていく。

 だが、それでも陣の足は止まらない。

 落馬してもまだ動ける者は剣を手に走り、その命が狩られるまで愚直に走る。


 ─これなら出番はないかもしれない


 数の差はあれど、一方的に討ち落とせるこの状況に、蒼は若干の余裕を見せる。

 その時、


「ッ……!! クラガーさん! 離れて!!」


 蒼の視界に一本の直径数センチ程の太い赤線が伸びて、慌てて大声を出す。

 その声に反応し、陣の真ん中で指揮をしていたクラガーは、乗っていた馬から飛び降り逃げるように横へとゴロゴロと転がる。


 直後、敵陣の奥の方でフラッシュが焚かれ、先程新を貫いたりレーザーが陣へと突き刺さる。


 その結果、クラガーの乗っていた馬と周囲にいた9名が悲鳴すら上げられずに腹に大穴を開けて至る所から血を流しながら崩れ落ちた。


「助かりました蒼殿……ですが、やはりあの光線は厄介ですね……一体どうすれば」


 絶命した部下たちを見ながらクラガーは頭を回す。その表情は、落下の痛みもあり相当険しい。

 見れば、クラガー自身も右腕を庇いながら、片足を引き摺るように歩いている。


「僕が行きます」


 覚悟を決めるなら今だと蒼は思った。

 だから自分から人を殺す覚悟をした。


「……お願いします。貴方が頼りです」


 色々と思うところがあるのだろう。

 クラガーは悲痛な面持ちで頷き、蒼に向けて一つだけ指示を出す。


「蒼殿……どうか、もう死なないでくれ」


「……わかりました」


 『もう』

 この二文字にどれだけの意味が、どれだけの苦しみが込められていたかは蒼には分からない。

 それでも、本気で心配してくれる。それだけで蒼にとっては勇気に繋がった。


 そのまま蒼は馬防柵の間の通り道に立ち、息を大きく一つ吐いて正面を見据える。

 足元を見たらすくんで動けなくなりそうだから。

 足が水を踏む感覚を感じたら終わりそうだから。

 そう考えながら、体勢を低くして、


「いこう」


 ただそれだを呟いて、敵陣に向けて単身駆け出した。



 蒼に与えられた異能は3つ。

 相手の攻撃がレーザーポインタのように赤い予測線となって視界に映る『死線シセン


 刃で斬りつけたモノを問答無用で切断する『断裂ダンレツ


 そして、弾丸の如きスピードで移動ができる『疾駆シック


 そんな存在が身を屈めて駆けてくるのだ。

 兵士たちからしたら視認することさえ難しい。


 それを利用し、蒼は一気に騎馬隊の中へと駆け込んで馬の脚を手にしたナイフで斬りつける。

 まるで豆腐に包丁を入れるようなスムーズな感覚。肉を切っているなど思えない程の軽い感触。

 それが何よりの救いだった。

 手に生々しい感覚がなく、血を見る前に駆け抜けられる。

 それだけで生き物を殺す感覚が多少はマシに感じられたから。


 弓兵の攻撃でただでさえ削られていた騎馬の道は直ぐに開かれ、蒼の視界に黒い髪の男が映る。


 「その動き……あぁ、同類か」


 男は蒼を見るとポツリとそう呟いた。

 そしてその声が、蒼の手を止めた。


「……やっぱり、貴方もですか」


 レーザーなどというこの世界にあるワケがない存在。

 攻撃などから見ても、そんな兵器を生み出せる科学力はない。

 なら出来る説明は一つだけ。


 相手もまた、英雄。

 言い換えるなら『日本人』


 「そん位だとまだ高校生か?

 可哀想に、こんなゴミみたいな状況に巻き込まれちまって」


 黒い髪の男は憐れむように蒼を見る。

 そんな男を、蒼も憐れに思う。


 普通に生きていれば会う事は無かったハズの2人。

 日本に生きていれば殺し合うなど有り得なかったハズの2人。


「何でこんな事になったんでしょうね」


「さぁな……だけど俺は帰りたいから、もう一度、いや、もう何度でも! アイツに会うって決めたんだ!! 

 本当に悪りぃが……アンタに恨みなんざカケラもねぇし、同情しか無いが死んで貰うぜ? 」


 そう言って男は人差し指を蒼に向ける。

 直後、蒼の心臓に向かって赤い線が現れる。


「くそッ……! 」


 蒼は慌てて右に飛び退き、直後レーザーが蒼の心臓があった場所を通り過ぎる。


「あぁ、それがアンタの異能ってワケかい! クソ厄介な事この上ねぇな!! 」


「人の事言えないだろアンタも! 」


 次々と放たれるレーザーを的確に回避しながら、お互いに毒付く。


 ─躊躇してたら殺される!


 蒼はそう判断し、歯を食いしばり、


「あぁァァァァァァァァァ!!! 」


 まるで自分が斬られたような絶叫を上げながら、男の右足にナイフを入れる。


「んなッ……!? 」


 元々相手は完全遠距離型。

 近接特攻の蒼に接近されては相性が悪い。


 その結果がコレだ。


 男の体はバランスを崩して仰向けに倒れていき、蒼は飛沫しぶく血液に顔を激しくしかめる。


「ざけんな……まだだ……まだ……」


 それでも男は諦めない。

 喪った足の付け根から、まるで蛇口のように血を流しながら上半身だけを無理やり起こし、プルプルと震える指先で蒼を狙う。


 既に血の匂いと感触で蒼の精神もギリギリに近い。

 そんな中で、レーザーが頬を掠める。


 それがキッカケだった。


「くそッ……くそォォォォォォ!! 」


 悲鳴にも近い絶叫を。

 それと共に、男の首にナイフが突き刺さる。


 その一撃で今後とそ全身から力が抜け、ダラリと地面に大の字に倒れ、


「ぁ……ァ……クソが……もう一回……会いた……かったなァ……なぁ……千佳ちか……」


 そう言って男は血を吐き目を閉じた。

 その目からは一滴だけ、涙が溢れ落ちたのだった。


 そんな男を見て、

 今自分が殺した亡骸を見て、

 故郷に想いを馳せる同類を見て、


「何で……」


 蒼は一言呟いた。

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