コレが僕らの異世界チートの宿命です

涼風 鈴鹿

英雄たちのオーバルチュア

英雄 召喚


「よくぞ来てくれた異世界の英雄たちよ! 

どうか我らの為に、その異能力を貸して頂きたい! 」


 高校生、天谷アマヤ ソウの前で丸々と太った男が肉の重みで垂れ下がった頬を震わせながら悲痛そうに叫ぶ。

 その格好は、ファンタジー系の物語ならどこにでも在る王様の姿。

 煌びやかな冠に装飾品。大きく膨らんだ腹で出っぱった高そうな服に、必要性が全く分からないマント。

 そして極め付けは、なんと言ってもその赤さ。

 その格好は、上から下まで基本赤。

 所々、白い模様や服の装飾物は付いてるものの、ベースカラーは全て赤。

 ここまでテンプレートな事があるかと言うほどの見た目。


 周囲は豪華な装飾で飾られ、足元には真っ赤なカーペット。

 そのカーペットをなぞるように腰に剣を刺した、赤い服に装甲の薄い鎧を纏った兵士たちがズラリと並んでいる。


 ─一体どうしてこうなった


 蒼は眼前の王と思わしき人物の話を聞き流しながら、1日の流れを思い出す。


✳︎✳︎✳︎



 蒼の現在の年齢は17歳。要するに高校2年生。

 成績はいい方ではあるが、通ってる高校は平均程の偏差値の、普通の学校。

 運動ができないことはないが、あくまで平均より少しいい位。

 顔は確かに良いけれど、モデルが出来るかと言われれば、そこまでではない。

 身長は170中盤。そこそこ高いが、他より頭一つ突き出すとかもない。

 親が金持ちとか、髪の色が特殊とか、何か特殊な技能があるとか、喧嘩が強いとか複数の異性から告白を受けているとか、特殊な訓練を受けているとか、そんな事も一切ない。

 言ってしまえば世間のモブキャラ。

 顔の分他よりモテる。でも同性の友達も普通にいる。そんな人間。


 今日も今日とて、1日を終えて「さぁ帰ってゲームを開こう」と音楽を聴きながら一人ノンビリ最寄り駅まで歩いている最中だった。


 足元に巨大な穴が空いた。


 マンホールがあった訳でもない。工事中に足を突っ込んだ訳でもない。コンクリートに落とし穴を掘られていた訳でもない。トリックアートでもない。

 思考を回しきる前に蒼は穴に吸い込まれ、そのまま意識が暗転した。


✳︎✳︎✳︎


「つまり……アレがそうって事か」


 この状況の原因が分かり、蒼は静かに溜息を吐く。

 コレは何かの夢か幻か、それともどっかのテレビの悪質なドッキリ企画か。

 蒼が頭を巡らせる横で、茶髪で他校の制服を着た男子が勢い良く立ち上がり、


「うぉっ! コレってアレ!? よくある異世界テンセーってヤツか!?

 まさかマジであるなんてなぁ……で、俺たちは何すればいいの!? つーか、異能力って何!? 」


 鼻息荒く、嬉しそうに疑問を幾つも大声で上げる。


 そしてそこで気がついた。

 よく見れば、蒼を含め周囲には5人の様々な学生服の男女。

 どうやら彼らも同じらしい。


 色々と聞きたいことがあるが、まずは茶髪の男子への解答を聞きたいと王様へと向き直る。


 「君達は、我々が禁忌と呼ばれる術を用いて此処『イルベンド王国』へ呼び出させて貰った謂わば英雄。

 そして、英雄には一方的な術による転移という代償による様々な恩恵が与えられる。

 それが、言語能力と異能力」


 王様はまるで用意してあったようなセリフを淡々と述べる。

 そしてその解説を聞きながら、茶髪の男子と他にもう2人、男子と女子がそれぞれ少しそわそわとし始める。

 とはいえ、蒼にもその気持ちは理解出来なくはない。


 殆ど誰もが一度は憧れる、最強になって英雄になれる状況。

 子供の大半が妄想するカッコいい自分。

 携帯小説を開けば大体上の方に出てくる主人公が最強の転生物語。


 その憧れの主人公になれるこの機会を、不安に思いつつも好奇と捉えてしまう。

 ループのように繰り返す惰性混じりの日常が、人の上に立てる愉悦に満ちた非日常に変わるこの好奇を。


 僕達は当たり前のように期待した。


「そしてその異能力は全て、どれも超戦略級。君達の世界だと、呼ばれ方は……何だっけかな? チート級? とかそんな感じだったと私は記憶している」


「はっははッ!! マジかよ! 最高! なぁ王様、早く俺にどんなチートがあんのか教えてくれよ!! 」


 さらに期待通りの言葉に、場は盛り上がる。

 先程からソワソワしていた男子は1人で「ステータスオープン」とかボソボソと呟いているし、女子の方もソワソワと自分の体を見回している。茶髪の男子は声を上げ、喜びを現し、蒼自身もちょっとした昂りを感じていた。


「悪いが、能力の詳細は後ほどコチラで纏めた資料にて渡させて頂く。でよろしいかな?

 どうやらこの術は、転移の際に呼び出される人間と受け取れる能力が文字となって現れるそうでね。それを読んだ方が恐らく早い。


 今はそれよりも我が国の現状を聞いて欲しくてね」


 王様の頼みに皆の顔は引き締まり、その視線が王様に集中する。


「現在、我が国は隣国『ラステリア共和国』と戦争をしていてね……このままでは、謂れのない難癖を付けてきて共和国によって我々は滅ぼされられかねん。

 それを回避する為にも、君たちには英雄として、領地の奪還をして欲しい」


 「それって……私たちに人殺しをしろって、そういう事ですか? 」


 おずおずと手を上げながら、1人の少女が王様に尋ねる。

 だが、その問いに王様は言葉で返さず、残念そうに小さく首を振るだけだった。


 「私は人殺しなんてイヤです! 勝手な理由で一方的に呼びつけて、一方的に人殺しなんて……戦争しろなんて! 私はそんな事したくない!! ましてや、知らない人の為に命なんて捧げたくない! 

 もう、私は付き合ってられません。家に、元の世界へ返してください! 」


 涙混じりに少女は悲鳴に近い怒声を上げる。


 「なら、君は後方支援に徹してくれれば良い。幸い、君に与えられた能力はそういうものだ」


 王様は間髪入れず、穏やかに怒声に対応する。


 「君たちに最初に行って貰いたいのは、最も危険度の低い戦場。

 そこでまずは経験を積んで欲しい。

 心配をかけてしまって申し訳ないが、大丈夫、戦争が終われば勝手に家に帰れる。この術はそういう術だ。

 それは私が保証する。

 それでどうだろう? 」


 逆に言えば、戦争を終わらなさなければ帰れない。やりたくない人殺しもやらなくていい。

 少女はその背景に渋々納得し、小さく頷く。


 正直言ってしまえば、蒼も人殺しなんてやりたくない。それに、何だか話に違和感も感じる。

 でも、やらなければ帰れないのならばやらなければいけない。

 そう考えて、口を開くのをやめた。


 「さて、疑問ももう無いようなので、早速表に停まっている馬車に乗ってくれ。中に生活に必要な物は全て用意してある。

 安心してくれ、道中の安全は保証するし、君たちの戦場は敵の主戦力が最も離れた、相手にとって価値のない僻地へきちの村。ただそこを数日間防衛してくれれば良いから」

 

 王様の言葉が終わると同時に、入り口が開き、案内役の兵士が蒼達を呼ぶ。


 「さぁ! 頼んだぞ英雄! 我らに平和を! 平穏を与えてくれ!! 」


 兵士に着いていく蒼達を見送りながら、王様は大きく叫び、周りを固めていた兵士も剣を掲げ見送る。

 その姿に、茶髪の男子はまたテンションを上げていた。


 その一方で、蒼と少女は不安を一切拭えない。そんな表情で着いていくのだった。


✳︎✳︎✳︎


「うぉッ! 俺の能力、翼が生えて空飛べるんだとよ! それに、その羽根飛ばして攻撃出来るとか! 」


 男女で分けられた2台の馬車の中、蒼達一同は渡された各々自分の異能に沿った武器と書類を受け取り座席に座る。

 そして、その資料読んで自分の能力について頭に入れる。

 どうやら与えられる能力の数は、1つでは無いようで、蒼には3つの能力が書いてある。

 確かにどれも強いし、戦争をひっくり返せるのもよくわかる。

 実際、茶髪の男子の能力だって、まだ弓と剣を主体に戦っている、飛行機どころか車すらないこの世界においては破壊的だ。


 何せ、制空権は彼1人の物になるし、騒いでる内容を聞く限りあの羽を貫ける文明もない。


 それでも何か、何か気持ち悪い。楽観視が出来ない。

 そんな感情を抱いたまま、彼らは最初の戦場へと赴いた。


✳︎✳︎✳︎


 休憩を挟みつつ、馬車に揺られる事1週間ほど。

 彼らは戦場へと辿り着いた。


 「お待ちしておりました英雄殿。

 私がこの戦場の指揮をしておりますクラガー、と申します。以後お見知り置きを」


 馬車から降りて早々、クリーム色の髪をした細目で190センチはある長身の男性が蒼達一向に深々とお辞儀をする。


 「あぁ、自己紹介は結構。皆様のお手を煩わせる訳にもいきませぬ故、皆様については事前に纏めて受け取っております。

 それよりもまずは、皆様に此処の説明と状況を……」


「お話中申し訳ありません!! 」


 クラガーの言葉を遮り、兵士が1人駆け寄ってくる。


「今、英雄殿と大事な話をしているのですが……一体何の用ですか? 」


「ハッ!  我々の陣に一個小隊が近付いているようです! 如何いかが致しますか!? 」


 兵士の報告を受けて、クラガーが顎に手を当て考え、


「そういえば、英雄殿の中に空が飛べる者がおりましたな? 」


 思い出したように呟いた。


「え? あぁ、俺がそうだけど? 」


 その呟きに、茶髪の男子が手を挙げる。

 因みに彼の名前は國守クニモリ アラタと言うらしい。


「申し訳ありませんが、少し上空から相手の様子を確認して頂けませんか? 

 攻撃の必要はありませんし、相手の射程まで高度を落とす必要もありません。ただ、大まかな人数と動きさえ確認出来れば良いので……」


「まぁその位なら……俺の能力もどんな感じか試しておきたいしな! 」


 クラガーの頼みを二つ返事で了承し、新は前屈みになって背中に力を入れて


「おらッ!! 」


 気合いと共に背中から鷹のような大きな翼が一対開く。


「おぉ…コレが。凄いな」


「なッ? なッ? これ俺ヤバいって、マジでヒーローになれるって!!

 じゃ、とりあえずサクッと行ってくるわ! 」


 蒼の感嘆に気を良くして、新は翼を羽ばたかせ大空へと一気に飛び上がる。

 高さはおよそ100メートル。

 この世界の武器の射程距離をゆうに超えている。

 更に彼の能力にはもう一つ、双眼鏡のような物がある。

 これによりその高さからでも標的を目と鼻の先のように視る事が可能。

 つまり、彼に何一つリスクはない。


 誰もがそう考え、新の様子を眺めていた。






 その矢先だった。

 地面がフラッシュのように光り、そこから光る何かが新たを目掛けて飛んでいき、



 咄嗟にガードに使った翼ごと、新の胸元を貫いた。


「な……」

「いやァァァァァァ!!! 」


 目の前の本来有り得ないハズの状況を見て、

 赤黒い液体を撒き散らしながら落下する新の姿を見て、


 英雄達は皆、恐怖し、叫び、悲鳴をあげる。





 さぁ、英雄達よ。

 非日常の戦いを始めよう。

 その先にある報酬は、ただの『日常』でしかないと知りながら……。

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