蓼丸咬白狼明愛

『鴉』

     『 鴉 』

              作・蓼丸明愛




     雑踏と共に、新聞を宣伝する声が聞こえてくる。


新聞売り  「さぁ、新聞だよ、新聞だよー!行き先不明なこの世の中、情報がなきゃあ、賢く生きれないよ~!今回の目玉はまぁ、恐ろしい!なんと、大量殺人のニュースと来たもんだ!隣町を管理してる貴族様が軒並み殺されたってお話さぁ。どうやら素人の仕業じゃねぇ。なんと、まことしやかに語られる暗殺者『鴉』の影が!?……おっと、これ以上は新聞を買っとくれ!さぁ、ビッグニュースだよ!どうだい、そこの兄ちゃん?」


     新聞売りは近くにいた男、ローナに話しかける。


ローナ   「え?あ、じゃあ、1つ」

新聞売り  「まいどっ!」

ローナ   「どうも」

新聞売り  「兄ちゃん、見かけない顔だね、旅の者かい?」

ローナ   「僕は絵描きでね。旅をしながら、行く先々の風景を絵にしているんだ」

新聞売り  「へぇ、そいつは良いね。だが、ここん所、物騒な話をよく聞くからな、兄ちゃんも気をつけてな」

ローナ   「はあ、どうも」

新聞売り  「さぁ、ビッグニュースだよー!」

ローナ   「………ほんと、物騒な話だね」


      新聞売りはその場を後にし、ローナは新聞を読み始める。

      と、そこに1人の少女が走ってくる。彼女の名はソフィ。


ソフィ   「そこの貴方っ!」

ローナ   「え、はい?」

ソフィ   「ねぇ、ちょっと匿って!」

ローナ   「は?」

ソフィ   「いいから早く!私を隠して!」

ローナ   「わかった」


      咄嗟にソフィを隠す。と、2人組の男が走ってくる。


カルノ   「くそっ!何処にいったんだ?」

バリオ   「どうしようカルノ!このままじゃまた、アイツに!」

カルノ   「口を慎め、バリオ!お前、ちゃんと追い込む様にしてたんだろうな?」

バリオ   「もちろん。でも、何時間も追いかけてたから、腹が減っちまって、もう力が出ねぇよ」

カルノ   「腹が減ったぁ?そんな事言って、さっき隠し持ってたチキンかなんか食ってただろうが!」

バリオ   「あ、そっか。じゃあ、おれ腹減ってねぇ!早く探そう!」

カルノ   「あぁ?お前の満腹中枢どうなってんだ?まぁいい、行くぞ!」

バリオ   「がってんだ!」


      走って行く2人。

      ソフィ、2人が去るのを確認すると、


ローナ   「………」

ソフィ   「ふぅ、助かったわ。ありがとう」

ローナ   「うん。なるほど、貴族には近衛兵もこんなに居たのか。にもかかわらず全滅。なるほどな」

ソフィ   「あの、聞いてる?」

ローナ   「え?」

ソフィ   「いや、さっきは助かったって」

ローナ   「どうも。しかし、その犯人と思われる男の目撃情報が……?目撃情報?そんな手練れが」

ソフィ   「あの、ないの?」

ローナ   「なにがです?」

ソフィ   「だって、こんな年頃のいい女が、貴男に助けを求めて、くっついていたのよ?なにかないの?ほら、何処に住んでるか聞くとか、お礼を要求するとか」

ローナ   「…………」

ソフィ   「露骨……。顔くらい隠しなさいよ」

ローナ   「それは、失礼。じゃ、そうだな、この街の案内ってことで、どうかな?」

ソフィ   「この街の案内?そんなので良いの?」

ローナ   「僕はいろいろな場所を旅しながら、絵描きをしていてね。是非、この街を案内して欲しいんだ」

ソフィ   「まぁ、貴男が良いと言うのであればそれで良いわ。私はソフィ。貴男は?」

ローナ   「僕は、ローナ」

ソフィ   「ローナ?変わった名前ね。女の子みたい」

ローナ   「全く、ね」

ソフィ   「じゃあ、いろいろ案内するわね。だけど、さっきの2人組がいたら、隠れるからそのつもりでね」

ローナ    「了解。よろしく頼むよ」


      ローナに街を案内するソフィ。トラブルも無く、和やかに街の風景が流れていく。

      その道中、2人はパンを買い、ひと息つく。


ソフィ   「どうかしらこの街は?と言っても何もないでしょうけど」

ローナ   「いいや、そんな事ない。小さな花畑も味のある雰囲気の教会も、実に良いものだった。素朴で気取らぬ自然体の方が、なにかを想像できるってものさ。それと、このパンの食感は格別だ。いい名物になるよ」

ソフィ   「そう。ありがとう。そう言ってくれると、本当に嬉しい。でも、前はもっと良い街だったのよ。人々も活気に溢れ、お花もそこら中に咲き誇っていた。でも……」

ローナ   「でも?」

ソフィ   「いいえ、なんでもないわ。旅人に言ってもしょうが無いもの。さぁ、気を取り直して、どこか気になる場所はある?」

ローナ   「そうだな。ここから見える、あの大く立派な城についてとか?」

ソフィ   「それは………。貴方、タイミング良すぎね。さっき言いかけた事に関係する事よ」

ローナ   「……無理はしなくていい」

ソフィ   「いいえ。この街にしばらく滞在するのなら、いずれにせよ知れる話だったわ」

ローナ   「そう」

ソフィ   「あの建物はね、この街の管理者である貴族、イズマイル家の持つ城よ」

ローナ   「ずいぶんと大きいな」

ソフィ   「ホントにね。前まではイズマイルだけでなく、ブライトピース家っていう別の貴族もあの城に住んでいて、合同でこの街を管理していた。でもある日、ブライトピース一家は皆、死んでしまったの。それ以来、この街はイズマイル家だけで管理し、あの城はイズマイルのモノになった」

ローナ   「でも、片方の管理者が残ってたのは不幸中の幸いじゃないか?」

ソフィ   「そうかもね、本来は。でも、イズマイルが街の管理をするようになってから、街の活気は落ちて行く一方。吊り上げられる税金に完全貴族制の政治。ここだって、少し前までは綺麗な噴水があって、子ども達の声で溢れていたのに………」

ローナ   「そうか。この街もいろいろ有るんだね」

ソフィ   「ごめんなさい。暗い話になってしまって。さ、気を取り直して案内を続けましょう。次は、そうね、何か好きなものはある?」

ローナ   「……紅茶、かな」

ソフィ   「へぇ……。ちょうど良かった!この街で1番美味しい紅茶が飲める場所を案内するわね」

ローナ   「そう?じゃあ、よろしく頼むよ」


      去って行く2人。

      場所が変わり、カルノとバリオがマルコーにひれ伏している。


マルコー  「それで?またもや逃したと言うのかね?」

カルノ   「申し訳ありません」

マルコー  「娘1人。そう、娘1人すら捕まえられぬとはどう言う事だ。よもや貴様ら、私への恩を忘れたのではあるまいね?」

バリオ   「そのようなことは全く………」

マルコー  「あ?聞こえないな、この豚が!(蹴り飛ばす)」

カルノ   「バリオ!」

マルコー  「さて、お前達は、数年前まで何処に居たのだったかな?」

カルノ   「……ブライトピース家直属の護衛団であります」

マルコー  「で、あったな。しかし、今やブライトピースは滅びた!そうして、主を失い職をも失い人たる尊厳を失いかけた貴様らを!この私、マルコスコール・イズマイル様が引き取ってやったのだ」

カルノ   「はっ。マルコー様には多大なるご恩を頂いております」

マルコー  「そうだ、その筈だ。が、しかし!ソフィを!再び!逃したというのだ!」

カルノ   「申し訳ありません。」

マルコー  「不様だな。まぁいい、彼女も逃げ足が達者であることは確かだ。今回のことは不問としよう。それとな、私も反省しているのだ。お前達はいつも、私の命令に忠実だ。だと言うのに叱りつけてばかり。それではお前達も疲弊してしまう」

カルノ   「……いえ、そのような」

マルコー  「そこで。お前達が無事、ソフィアを我が元に連れ戻すことが出来れば、褒美をやろうと思うのだ」

カルノ   「はっ、有難き幸せ」

マルコー  「もしソフィアを連れ戻すことが出来れば、その時は私が抱える奴隷を半分、お前達に分けてやろう」

バリオ   「しかし、それは!」

マルコー  「なんだ?文句か?」

カルノ   「いえ……!」

バリオ   「しかし、マルコー様!その、奴隷というのは、」

マルコー  「元はブライトピース家の召使いだった者共だが、それがどうした?なぁに、中にはなかなかの上物も、良い声で鳴く物もいるぞ?まぁ、きっと彼女には劣るだろうが。アハハハハッ!」

バリオ   「しかし……」

マルコー  「あぁ、そうかそうか!そう言えば貴様らの血縁、或いは元伴侶も居たか?奴隷の扱いがわからなければ、教えてやろうか?」

バリオ   「マルコー様!」

マルコー  「黙ってろ、ブライトピースの犬っころめが!お前らのミスを赦し、更には褒美をやろうと言っているのだ、文句は有るまいなぁ!」

バリオ   「っ………!」

カルノ   「バリオ、もういい。マルコー様!勿体なき御言葉、恐悦至極に存じます」

マルコー  「ふん。それで良い。忠告しておくが、次は無いと思いたまえ。失敗の暁には貴様らの親族もろとも、いや、皆まで言うまい。アハハハッ!」


      高笑いしながらはけていくマルコー。

      取り残される2人。


カルノ   「………痛むか」

バリオ   「……カルノ、おれ、おれは……!」

カルノ   「わかってるさ。俺も、もう我慢の限界だ……!でも、」

バリオ   「でも?」

カルノ   「その前に、もう一度だけ、ソフィア様とお会いしたかった。それで、もう悔いは無い」

バリオ   「………行こう」

カルノ   「え?」

バリオ   「実は、知ってたんだ。あの御方が、隠れ家に使っている場所を。だから、行こう。あの人の無事を確かめられたら…奴を……」

カルノ   「あぁ。最後まで頼むぜ、相棒」

バリオ   「がってんだ。相棒」


      決意を固め、2人去る。


      ソフィに続いてローナがやってくる。


ローナ   「ここが?」

ソフィ   「そう。美味しい紅茶が飲める場所、私の家よ」

ローナ   「そんな、年頃の女性宅に、見ず知らずの男が入るなんて」

ソフィ   「いいの。私が誘ったんだもの。寧ろごめんね、ここって街外れで、けっこう治安の悪い所だから」

ローナ   「それは大丈夫だけど」

ソフィ   「自由に座ってて。お茶を煎れてくるわ」

ローナ   「あぁ、お構いなく」

ソフィ   「なにそれ、緊張してるの?変なの」


     ソフィがはけ、奥から食器のぶつかる音が微かに聞こえる。


ソフィ   「お茶に何か入れるかしら?」

ローナ   「いや、お任せします」

ソフィ   「そう?じゃあ、そうするわね」


      ふと、ローナが壁に掛かっている絵に目を向ける。幼い少女と高貴な服を着た男女の絵だ。


ローナ    「これは……… 」


      ソフィが戻ってくる。


ソフィ   「どうしたの?」

ローナ   「綺麗な絵だなと思ってね」

ソフィ   「あぁ、それね。私もお気に入りなの。さ、貴男の分。私のオリジナルをストレートで」

ローナ   「頂きます」

ソフィ   「……どうかしら?」

ローナ   「うん。すっきりしてて飲みやすい。それでいて不思議な香りだ。でも、嫌な臭いじゃ無くて、ハイソで且つどこか懐かしさを感じる、そんな香り」

ソフィ   「それは、高評価ととらえても?」

ローナ   「もちろん」

ソフィ   「ふふっ、良かった」

ローナ   「うん。いや、これは、なかな、か……」


      椅子から崩れ、

      寝息を立てるローナ。


ソフィ   「…ごめんなさい。これは私の常套手段なの。でも、この紅茶をわかってくれる人は初めてだったわ」


     ソフィ、ローナの懐をまさぐり始める


ソフィ   「うーん。やっぱりただの画家って言うとお金が無いものかしら?この銀貨は……へそくり?まぁいいわ。これだけ貰っておきましょう」

ローナ   「それは困る」


      ローナが起き上がる


ソフィ   「!貴男、起きて!?」

ローナ   「いい紅茶だとは思ったんだけど、少し舌がピリついたからね。寝たふりをしてみたんだけど、当たりだったか」

ソフィ   「そんな、どうして!」

ローナ   「まぁ、落ち着きなよ。別に警邏隊を呼ぶつもりは無い」

ソフィ   「黙って!」


      ソフィ、ナイフを取り出しローナに突きつける。


ローナ   「物騒だな」

ソフィ   「動かないで!後を向いて跪いて!そこから一歩でも動けば、貴方を刺す」

ローナ   「それは御免だ。君のような人間がする事じゃない」

ソフィ   「無駄口は辞めてちょうだい。私はこうやって生きてきたの。これはただの脅しじゃないわ」

ローナ   「あぁ、そう。」


      ローナが足を踏み出そうとし、ソフィは迎え撃とうとするが、制圧される。


ローナ   「こんな得物で、よくもまぁ」

ソフィ   「そんな……!」

ローナ   「動かないでくれるかい?これは、ただの脅しじゃない」

ソフィ   「うそ………」

ローナ   「もう1度だけ言う。これは、脅しではない」

ソフィ   「………!」

ローナ   「さてと、こういう事はもう辞めにして、お茶を入れ直してくれないかい?」

ソフィ   「え?」

ローナ   「話がしたいと思ってね、君と」

ソフィ   「どうして?私は貴男を殺そうとしたのよ?」

ローナ   「あの壁の絵」

ソフィ   「?」

ローナ   「あの絵に描かれた高貴な服を着た少女は、君にそっくりだ。と言うよりは君を幼く描いたよう、かな。もしかして君は、君の言っていたこの街の貴族と、何か関係があるんじゃないかい?」

ソフィ   「……どうして、わかったの?」

ローナ   「最初に引っかかったのは、イズマイル家を語るときの君だ。無念で、暗晦な感情が伝わってきた。ブライトピース家の支持者なのかとも思ったけど、そこには謝意も込められている気がして」

ソフィ   「そう……」

ローナ   「確信に変わったのは、ここに来てからだ。あの絵のことは正直、偶然と言ってしまえば其れまでかも知れない。でもね、この紅茶は恐らく、王族や貴族にしか販売されない種類のものだ。街外れの人間が買えるような代物じゃない。そこで、君が貴族と何らかの関係を持っていたとしたら、説明が付くんじゃないかと思ってね?」

ソフィ   「……正解よ。ここまで見抜かれてしまっているんだもの、白状するわ」

ローナ   「どうも」

ソフィ   「まずは、私の名前。私の本当の名は、ソフィア・メイ・ブライトピース。ブライトピース家の正当な後継者だった者よ」

ローナ   「だった?」

ソフィ   「言ったでしょ?ブライトピースは滅びたの。イズマイル家現当主、マルコスコールの手によって」

ローナ   「マルコスコール。」

ソフィ   「欲に目が眩んだ男。奴は数年前、ブライトピース家の人と他に、当日のイズマイール家の人間をも殺したの。でも、マルコーが殺したという証拠は、何一つ見付からなかった。奴は何の罪にも問われることなく、悲劇を生き残った英雄として、この街を我が物にしている。民衆への税は跳ね上がり、上流階級限定で奴隷制も導入された!まさに、大欲非道のクソ野郎よ」

ローナ    「でも、君は生きている。君が証人となれば、マルコーを捕まえられたかも知れない」

ソフィ   「無理よ。事件が起きた夜、私はあの城には居なかったの」

ローナ   「どうして?」

ソフィ   「事件が起きる少し前よ。マルコーの弟が、私の部屋を訪ねてきたわ。何の警戒もしていなかった私はそのまま、部屋に招き入た。すると途端に、マルコーの弟は私に……。」

ローナ   「………」

ソフィ   「私は自分の身を守ろうと、手を伸ばした先にあった物を思い切り掴んだ。私は、彼の腰にあったナイフに手を伸ばしていたの。奴の悲鳴を聞いて、マルコーが部屋にやって来たわ。パニック状態だった彼は私にこう言ったの。『逃げろ。後は任せなさい』」

ローナ   「それを聞いた君は城を離れて、その日の内にブライトピース家暗殺の事件は起きた」

ソフィ   「ええ。そうして、逃げた私は弟殺しの犯人になり彼の計画は完遂。事実、私も……もう表では暮らせない」

ローナ   「だから、こんな事をしてまで稼いでいたのか」

ソフィ   「そう。でもそれだけじゃないわ。貴男、鴉って知ってる?」

ローナ   「黒い鳥、の方じゃ無いよね?」

ソフィ   「ええ。正体は不明、でも、対象が葬るに値する悪人であれば、金銭さえあれば誰でも依頼できるという暗殺者。そんな迷信にも似た話しに、私は頼ろうとしてるのよ」

ローナ   「頼んで、マルコーを殺したとして、君はどうするんだい?」

ソフィ   「どうもしないわ。結局私は人殺し。元に戻るつもりは毛頭無い。私はブライトピースの名を捨てたの」

ローナ   「そうか」

ソフィ   「もういいかしら。警邏隊を呼ぶなり、殺すなり、好きにして。私は抵抗しないから」

ローナ   「いや、そうも行かないようだ」

ソフィ   「え?」

ローナ   「伏せろ!」


      ローナがソフィを押さえると、銃声が鳴り響く

      そして、ピストルを持ったカルノとバリオが乱入する。


ローナ   「火薬…珍しいな」

カルノ   「彼女から離れろ!」

ローナ   「断る」

バリオ   「おのれぇ!」

カルノ   「銃は止せ!ソフィア様の保護を優先する!コッチで仕留める」


      2人が剣を抜き、ローナに襲いかかる。が、ローナは2人に対して圧倒的な技量を見せる。

      

ローナ   「良く訓練されている。でも、終わりだ」


      トドメを刺そうとするが、


ソフィ   「殺さないで!」

ローナ   「は?」

バリオ   「ソフィア様………」

ローナ   「なぜ?コイツらはマルコーの手下だろう?だとしたら、君の隠れ家が割れたとこは拙いはずだ」

ソフィ   「でも、」

カルノ   「そうなさいませ、ソフィア様。我々は既に、マルコーに首輪を付けられたもの」

バリオ   「本来、私どもは、貴女様に会う資格すら」

ソフィ   「貴男たち……」

ローナ   「ワケありかよ。復讐を臨む人間が何を甘いことを」

ソフィ   「それは、」

カルノ   「黙れ!ソフィア様に近く不埒者めが!」

ローナ   「いや、最初に声をかけてきたのは彼女の方だ」

バリオ   「何をいけしゃあしゃあと。知ってるぞ!肩のその紋様……!貴様、鴉か…!」

ソフィ   「えっ?」

ローナ   「……。」

ソフィ   「そんな!?いえ、でもその身のこなし、紅茶の睡眠薬にもいち早く気付いた事を考えると……」

ローナ   「非礼をお詫びします、ソフィア。僕も君に嘘をついていた。僕が名乗れる名などありません。有るとすれば『鴉』。その称号だけ」

ソフィ   「そう、貴男が……」

ローナ   「あぁ。君が探し求めていた者、になるかな」

カルノ   「ソフィア様が、暗殺者を?」

バリオ   「どうしてです……」

ソフィ   「……私は、お父様やお母様、皆を殺した奴への復讐を胸に生きてきたの。ようやく巡り会えたわ」

バリオ   「なりません!それは、私どもの手で必ず!」

ソフィ   「駄目よ。これは私の問題なの。そのために、ブライトピースの名を捨て、ヤミに身を投じてきたの!…ローナ、いえ鴉。」

ローナ   「………」

ソフィ   「これは私が今まで集めてきた全てのお金よ。これで、私の依頼を受けてください」

ローナ   「……金貨ざっと20枚。無理だな」

カルノ   「なにっ………?」

ローナ   「相手は貴族なんだろう?敵兵も多いだろう。これでは足りない。慈善事業でやってるわけじゃないんだ」

ソフィ   「そんな……」

ローナ   「さて、どうする?覚悟を見せるか、このままコソ泥を続けるか」

ソフィ   「なら、なら私が担保になるわ!私を貴男の所有物として、好きにして構わない」

カルノ   「ソフィア様!」

ソフィ   「黙りなさい!どうかしら、ローナ。私ではお金にならないかしら?」

ローナ   「さぁね?僕は人攫いではないから何とも言えないよ。だが、君みたいに綺麗な女性なら、そう言う奴らには高く売れそうだ。そこに元貴族という付加価値……」

ソフィ   「それなら」

ローナ   「あぁ。取引成立。今から君は、僕のものだ」

バリオ   「貴様ぁあ!」


      バリオが武器を持ちローナに襲い掛かるが、返り討ちにされる


ソフィ    「………!」

ローナ    「……ではソフィ、早速だが出発しよう。城に着くころにはあたりも暗くなっているだろう」

ソフィ   「ええ、わかりました。バリオ、カルノ。最後に、貴男たちが心の底よりマルコーに落ちた訳では無いとわかって、私は満足です」

カルノ   「ソフィア様……!」

ローナ   「行くよ」

ソフィ   「ええ」


      ローナとソフィが隠れ家を出て行く。


カルノ   「無事……か?」

バリオ   「…………(虚ろに何かを見つめる)」

カルノ   「……どうした?」


      バリオがゆっくりと腕を上げ、指を指す。それは、壁に掛かったあの絵。


カルノ   「………!くそぉ………!」


      慟哭と共に暗転。

      場所が変わり城の内部。マルコーが寛いでいる。


マルコー  「ほ~う。たしか、セルキィの30年物と言ったか。なるほど、この芳醇な香り悪くない。が、これだけでは物足りんな。おい、つまみを持て!……カルノ!バリオ!返事をしろ!……誰かいないのか?おい、誰か返事をせんか!」


      そこへ、召使いに扮したローナが……


ローナ   「申し訳ありません。いま、召し使い共は立て込んでおりまして」

マルコー  「なに?このマルコー様を差し置いてだと?後で仕置きが必要か……いや、誰だ貴様?」

ローナ   「申し遅れました、実は私、先日より召し使いと相成りました、ローナと申します」

マルコー  「なんだ、新入りか。まぁいい、つまみだ。そうだなぁ、キッシュとソーセージがいい」

ローナ   「申し訳ありませんが、買い付けの者が戻らず、」

マルコー  「なんだと?なら何でも良い!チーズかなんかあるだろう!」

ローナ   「それでしたら、マルコー様への手土産も兼ねまして、飛び切りの物をご用意しております」

マルコー  「いいから、早く持って来い」

ローナ   「では………こちらをどうぞ」


      ローナがソフィを連れてくる


マルコー  「なんと!おぉ、ソフィア!ソフィアではないか!」

ローナ   「こちらが私が用意しました、マルコー様への贈り物でございます」   

マルコー  「そうか、よくやったぞ新入り!どうした?何を黙っているのだ、ソフィ。再会の抱擁をしてくれても、」

ソフィ   「マルコー。(ナイフを突き付け)ここからが、本当の贈り物よ」

マルコー  「なっ、なんだと!止せ、イズマイールとブライトピースの仲だろう?」

ソフィ   「そのブライトピースをあなたは殺したのよ!」

マルコー  「いやいや何を言う?アレは不幸な事件だったが…。そもそも、私が殺したと言う証拠は一切無かったのだ」

ソフィ   「うるさい!ブライトピースを滅ぼし、私利私欲のためにこの街を陥れた報い、ここで贖いなさい!」

マルコー  「おい、新入り!なんとかしろ!」

ローナ   「無理です。因みに警備兵も皆、眠りについて居りますので、それも無理ですね」

マルコー  「な、なんだと!?」

ソフィ   「覚悟を決めなさい。直ぐに地獄に送ってあげる」

マルコー  「そ、そんな、これが私の最後か……とは言うまい」

ソフィ   「えっ?」


      何者かが、ソフィに斬りかかり、ローナが防ぐ。

     その姿は日中の新聞売りである


ローナ   「昼間の………!」

新聞売り  「チッ、紙一重か」

ローナ   「何者だ」

マルコー  「ハッハー!油断したな、ソフィ。紹介しよう、私の友人、ヴァローナ・フィーンド君だ!彼は鴉という名で、暗殺を生業としていてね、」

ソフィ   「そんな、嘘よ!だって、本物の鴉は、ここに!」

マルコー  「なにぃ?おいヴァローナ、あぁ言っているが?」

新聞売り  「恐らく偽物でしょう。居るんだよなぁ。名のある暗殺者にあやかろうとする輩が」

ソフィ   「………嘘、でしょ?」

ローナ   「…………」

マルコー  「さぁて、形勢逆転だ。ソフィ、ついでに良いことを教えてやろう。数年前のあの日、ブライトピース家の者共を事故に見せかけ殺したのは、」

新聞売り  「この俺だよ。滑稽なお嬢さん」

ソフィ   「………お前が、お父様やお母様を!」

新聞売り  「そうだ!俺の手に掛かれば造作もない!」

ソフィ   「許さない、絶対に許さない!」

ローナ   「待て!ソフィ」


      ソフィが新聞売りに突貫し、乱戦となる。

      よろけたソフィをローナが庇う。


ソフィ   「ローナ……!」

新聞売り  「情け無いなぁ。鴉の名にあやってる奴が、その程度か?」

ソフィ   「ごめんなさい、傷が」

マルコー  「あはははは!やはり、良い景色だ!私の前で虫ケラの如く屑が死に行くのは」

ソフィ   「下衆め……!」

マルコー  「おぉ……。その顔も良い。そそるではないか」

ソフィ   「許さない…!絶対に!」


      突然、ローナがソフィを気絶される


ソフィ   「え………?」

マルコー  「何をしている!私の物だぞ!」

ローナ   「いや、どうも煩くてね。仕事の邪魔になる」

新聞売り  「あ?ただの輩にしては言うじゃねぇか」

ローナ   「さて、本当にただの輩かな?」

マルコー  「はっ、ふざけた奴よ。殺れ!鴉!」

新聞売り  「おらよぉ!」


      鴉を自称する男とローナの激しい立ち回り。

      ローナの攻撃が鴉を捉える


新聞売り  「ぐっ!て、てめぇ……!」

ローナ   「さて、マルコー、お前の番だ」

マルコー  「ふ、ふざけるなぁ!おい!貴様ぁ!なぜ、偽物にやられている!どうにかしろ!」

ローナ   「酷いな。僕を偽物だなんて」


     ローナが大型のナイフを引き抜く。

     その刃は鉤爪の様に曲がっていて、薄赤い金属光沢を放っている。


マルコー  「貴様……」

新聞売り  「その武器は」

ローナ   「『クレシェンテ』三日月の名を持っているけど、皆はコレを鴉の鉤爪と言うんだ」

マルコー  「で、では、貴様、本当に」

ローナ   「鴉の称号は襲名制でね。僕は何代目かのソレだ」

新聞売り  「……違う!俺だ!本物の鴉は!俺だぁ!」


     ローナに襲いかかるが返り討ちにあう。


ローナ   「鴉の名を勝手に名乗ろうと僕は知ったことでは無いけど、お前、少しムカつくなぁ………」

新聞売り  「や、やめろ!」

ローナ   「たまに居るんだ。名のある暗殺者にあやかろうとする奴が」


      ローナがに男を切り付ける。


新聞売り  「あぁあああぁああ!!」

ローナ   「君も……哀れだな」

新聞売り  「ひっ……!た、助け………」


      ローナが男の頸を斬る。

      少しの沈黙。


マルコー  「……や、役立たずめ!こうなったら、私自らこの無礼者を始末してくれる!」

ローナ   「大人しくした方が身のためだよ」

マルコー  「黙れぇ!私はマルコスコール・イズマイール!この街の支配者だぁ!」


      短い立ち回りの後、マルコーは眼を斬られ、よろよろと歩いて行く


マルコー  「あぁあぁぁ!痛い!痛いぃ!」

ローナ   「そうかい?彼女が味わった痛みに比べれば、まだマシだとは思うけどね」

マルコー  「わ、私の計画が!こんな、所でぇ!」

ローナ   「ソフィ、借りるよ」


      ローナはソフィのナイフを広い上げる。


ローナ   『主が、私の成す事をご覧になさるれば、私には罰が下るでしょう。然れどこの身はかの主為に………』

マルコー  「あ……あぁ、お、おぉおのれぇぇえぇえ!!」


   ローナがソフィのナイフでマルコーを刺し殺す。


ローナ   「祈りは、大人しく聞くものだ。」


      カルノとバリオがお互いを支えあい、入り。


バリオ   「こ、これは!?」

カルノ   「ソフィア様!」

バリオ   「貴様、」

ローナ   「死んでないよ。気絶しているだけだ」

バリオ   「なに?」

ローナ   「僕の仕事はこれで終了だ。あぁ、あと、ソフィに伝言を頼む。彼女は僕に好きにしてくれて構わないと言っていたからね」

カルノ   「なんだ?事によっては容赦しない」

ローナ   「………伝言はこうだ。あの金貨はこの城の門の保管庫にいれてある。それと……もし、もし仮に僕が再びこの街を訪れたら、その時は、もう1度あの紅茶を煎れて欲しい。できれば噴水で遊ぶ子ども達の声を聞きながら。頼めるかい?」

カルノ   「鴉………。承知した」

ローナ   「じゃあ、あとを頼むよ」

カルノ   「待て!」

ローナ   「?」

カルノ,バリオ「ソフィア様をありがとう、御座いました」


      ローナ、無言で去る。

      

ソフィ   「ローナ……?」

カルノ   「ソフィア様、お気づきになりましたか」

ソフィ   「彼は!?」

バリオ   「もう、行きました。仕事が終わったからと」

ソフィ   「そう……」

カルノ   「それと、ソフィア様に伝言が」

ソフィ   「私に?」

カルノ   「ええ」


      溶暗。


      明転するとそれは数年後の街。噴水の音や、子どもの賑やかな声が聞こえるベンチに男が新聞を眺めながら座っている。

      そこに、綺麗な服を身に纏った女性が近づく。


ソフィ   「そこの御方、紅茶はいかがかしら?私のおすすめの、ストレートティー」


      声を聞き、男は新聞を退ける。


ローナ   「じゃあ、頂こうかな」


      男は、女性に微笑む。

      子どもの声やM上がり、閉幕。


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蓼丸咬白狼明愛 @kousirou-akitika

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