奇襲  5




一寸法師の法術師達は紫垣しがき製菓の外に集まっていた。

言葉もなく目の合図だけでそれぞれの場所へと移動する。


もう間もなく深夜になる。


彼らの眼にはすでに赤い粒がどんどんと集まっているのが見えた。

ただ事ではないのはあからさまに分かった。


豆太郎も金剛こんごうとともに紫垣製菓の門近くにいた。


その時ふっと気配が現れる。

それに気が付いた豆太郎と金剛が後ろを向いた。


一角と千角だ。


「……。」


金剛が一瞬息を飲んだ。


「何もしないよ、豆太郎君のラインを見たからね。」

「怖いおっちゃんがいっぱいいるから、

さすがに俺様もぞくぞくするよん。」


小声で鬼が囁く。

金剛が彼らを睨む。


「一角と千角だな。

うちの豆太郎が世話になったな。」

「おっちゃん、名前なんて言うの。」

「金剛だ。お前らの名前は知っているからな、

こちらも教えてあいこだ。」


一角がにやりと笑う。


「そうだね、正々堂々とした方で嬉しいよ。」

「ところで鬼界きかいはどうなっているんだ。」

「こちらとよく似た感じですよ。

ただ、あちらは空が破裂しかけて小さな赤い玉が溢れ出してる。」


豆太郎が言う。


「でもお前らには赤い玉は勝機を見出すものだろう。

赤い玉がごっそりあるなら良いんじゃないか。」


千角が首を振った。


「あれは逆数珠の玉じゃない。

ただの煩悩の粒であれを集めて巨大な玉を作ろうとしてる。」

「紫垣製菓の中でか。」

「ああ。」


一角が言う。


「そしておばあちゃんから連絡が来た。

あのあかの元々は大地じゃないかって。」

「大地?」

「赭は赤土だ。それが鬼界では全部覆いつくすように

空から降ってきている。

鬼界の空の裏はお前達人間の大地だ。

鬼界と現世に共通してあるものと言えばそれしかない。」

「ちょっと待て。」


豆太郎が言う。


「大地と言ったら地球だぞ。

それが人を滅ぼそうとしている赭丹導あかにどうとどうして結びつくんだ。」

「まんまだよな、地球様は人が邪魔なんだろ。

赭丹導も人が嫌い。

で、人と裏表の鬼も邪魔。

鬼は別として人間様はここのところやりすぎなんじゃね?」


豆太郎と金剛は顔を見合わせた。


「地球がやる事にしては小さすぎるんじゃないか、

俺は信じられん。」


金剛が言う。


「僕もよく分からないけど、ただの手始めかもね。

これがうまく行ったらまた別の事をするんじゃないかな。」


まるで他人ひとごとのように一角が言った。


「ま、地球様にとってはただの害虫退治だろ。

でも簡単に滅ぼされては鬼の名が泣くぜ。」


金剛がため息をついた。


「俺には信じられん。地球とか人間が邪魔だとか。

そんな事より、まず赭丹導を成敗しなきゃならん。

ただ、それだけだ。

人に害なすやからは正義のもとに成敗するのが我々の役目だ。」


金剛は鬼を見る。


「俺達一寸法師には信念がある。

それは悪を成敗すると言うものだ。

何事にも揺るがず、それを成すために死ぬ事もいとわん。

お前達がどう思っているのか分からんが、今日もその心構えだ。

地球とか害虫とかそんなことはどうでもいい。

俺は俺の正義で動く。」


鬼は何も言わず黙っている。

豆太郎も何も言えない。

これは金剛の今までの生き方の全てなのだ。


「……じいちゃん、赭丹導を倒そう。

いや、絶対に倒す。

一角、千角、お前らも言ってくれ、倒すって。」


千角がぼりぼりと頭を掻いた。


「ん、まあ俺らもあいつら嫌いだからな。」

「僕達もあいつらに痛い目に遭わされたからね。」

「ありがとう!」


思わず豆太郎は二人の手を握る。

そしてはっと気が付き、手を離した。

金剛はそれを見た。


その時だ。


空がうっすらと赤くなる。


雲が赤く染まっているのだ。


誰かが言った訳でない。

だが誰もが気が付いた。

それが合図なのだと。


紫垣製菓を囲んでいる白作務衣の法術師が一斉にじゅを唱えだした。

多分鬼界でも始まっているのだろう。


千角が呟いた。


「始まった。」


今回はさすがに彼の口調も真面目だ。


「一角、千角、お前達を信じているからな。」


豆太郎が言う。

そして彼は突入する一寸法師の白作務衣の元に走った。

金剛の横に立っている二人の鬼がため息をつく。


「金剛さん。」

「俺ら鬼だけどなあ、心配になるよ。」


金剛が鬼を見た。


「豆太郎君、あんなに素直でいいのですか。」

「豆、か……。」


金剛は呟くように言う。


「豆の親はな鬼に殺されたんだよ。

お前らじゃない鬼だがな。

だから豆にとって鬼は親の仇だ。」


周りが騒然とし出す。


「豆はあれで良いんだ。

お前達も豆はあれで良いと思わんか。」


みなは無言だった。

だが、しばらくして一角が言った。


「金剛さん。」

「なんだ。」

「僕達の父と母は人に殺されたんだよ。」


金剛は返事をしない。


「でも何だか豆ちゃんを見ていたら変な気持ちになるよ。」


千角がぽつりと言った。

そして二人は姿を消した。


「……若い奴らは何かが変わりつつあるのかもしれん。」


金剛が呟いた。

そして車椅子で移動しようとした時だ。


「金剛さん。」


ゆかりが桃介とピーチを連れて金剛のそばにやって来た。


「始まったのですか。」

「そうだ、始まった。紫さんは安全な所で待機してくれ。」

「いえ、私は大丈夫です。車椅子を押します。」


紫が真剣に言う。


「紫さんは常務さんを助けたいんだろ?」

「はい。」


その眼には決意があった。


「分かった。押してくれるか。

桃介、ピーチ、紫さんを頼むぞ。」

「うん、分かったよ、じいちゃん。」

「紫さんは絶対に守るわ。」


犬達も真剣な目で言った。









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