紫垣製菓  4





「くそっ、くそっ、あいつ、絶対に喰う!!」


やっとで一角と千角は鬼頭アパートに戻って来た。

一角は畳んだ布団を怒ったように何度も殴った。


「当たるな、夜中だぞ。隣近所に迷惑だ。」


隣の部屋から壁を叩く音がする。


「ほら見ろよ、五月蠅うるさいってよ。」

「くそっ、くそっ……。」


千角は身を固くして呟くように言った。


「どうにか結界を破って逃げたけど、あのあか装束しょうぞくじゅを唱えていたな。」


一角は眼鏡をはずす。

レンズの部分は無くフレームしか残っていなかった。


「この前一つフレームを無くしてしまったし、あの赭装束も気になるから、

一度おばあちゃんに相談に行こうか。」

「そうだな。今回は悔しいけど

俺らが迂闊に動いたから捕まったんだな。」

「今までわりとスムーズに進んだが、それで油断したな。」


二人はため息をついた。




翌日の昼、アパートを出ると階段の下に大家がいた。

年配の女性だ。


五色ごしきさん、ちょっと。」


二人は現世では五色と名乗っている。

彼らは五色一角と五色千角だ。

二人は振り向く。


「お早うございます。鬼頭さん。」

「あのね、はっきり言うけど昨日の夜の

あんたたち五月蠅いって苦情があったよ。」


二人は顔を合わせてばつの悪い顔をする。


「ごめんよ、おばちゃん。ちょっと面白くない事があってさ。」

「多分あんたの声だよ、五月蠅かったのは。」


千角は横を向いてぺろりと舌を出す。

それを鬼頭が見て嫌な顔をした。


「あんたねぇ、」

「すみません、僕からもしっかり千角に注意します。

申し訳ありませんでした。」


一角が彼女に笑いかけて頭を下げる。


「ん、まあ、これから注意してくれればねぇ。」


と一角の顔を見て少しばかり怒りが収まる。


「ともかくトラブルは困るよ、分かったね。」

「はい。」

「はーーい。」


鬼頭は仕方ないと言う顔をして二人を見た。


「ところであんた達、何の仕事をしてるのさ。

書類の身元に接客業とか書いてあったけど。

昼間は家にいるし。」


一角が言う。


「僕達はホストなんですよ。

一度よろしければお店にご招待しますよ。」


彼は妖艶に微笑んだ。

それを見て鬼頭が少しばかりほほを染めて立ち竦んだ。


「じゃあ失礼します。」

「鬼頭さんどうも。」


二人はさっと立ち去る。


「お前、あんな適当に言って良いのかよ。」


一角は笑う。


「良いんじゃないか、鬼頭さんも喜んでいたみたいだし。」

「おばさんキラーだな、お前。真面目そうで怖いな。」

「鬼だし。

でも千角、これからはアパートでは静かにしろよ。

あそこでは極力目立ちたくないからな。」

「ほいほい。」


そして二人はすっと姿を消した。





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