学校内の怪物  2





教室には夕方の光が入っていた。

その真ん中で由空ゆくが暇そうに座っている。


「あっ、灯乃芽てのめちゃん。」


彼女が満面の笑みで扉の方を見た。


「ありがとう、灯乃芽ちゃん、先生を連れて来てくれたのね。」


彼女は嬉しそうにはしゃぎ、二人の元へやって来た。

灯乃芽は何も言わない。


「先生、素敵。」


由空が一角の腕に手を絡めようとした。

が、一角の目が自分を見降ろしているのに気が付き

その手を引っ込めた。


逆数珠ぎゃくじゅずの玉は初めて見たが、ここにあったのか。」


と一角が言う。


そして彼は灯乃芽を見た。

灯乃芽の手だ。


子供の小さな手の甲に裂け目が出来て、

そこに薄く光がさしている。


「千角。」


ふうっと千角が現れる。


右手の鈎針、たなびく血の色赤い糸。


「早かったな、一角。」

「ああ、向こうから来てくれて助かったよ。」


灯乃芽の手が顔の前に上がり顔を覆う。

そして両手の甲が開き目のように赤く光った。


「惑わされたんじゃなかったのかよ。」


灯乃芽の口からどす黒い声がする。


「惑わされるか、こんな子供騙しのまやかしに。」


一角が鼻で笑う。

灯乃芽の口が歪んだ。


一角の隣にいる由空は既に腰を抜かして座り込んでいる。


「君、こいつに操られていたな。」


一角が小馬鹿にしたように由空に言った。


「お前が欲しいものをこの子が持って来たと思っていたんだろうが、

お前が言わせられていたんだよ。」


千角が由空に近づく。


「口を開けな。」


由空はぶるぶる震えるだけで何も出来ない。

千角は彼女の顎を持ち無理矢理開くとそこに金の針を突っ込んだ。


ぐるぐると針を回し引き出すと、

先の鈎に真珠ぐらいの真っ赤な玉が引っかかっていた。

由空はもうたまりかねて気を失って倒れた。


「これをこいつに入れたのはお前だろ。」


一角は灯乃芽を見て言った。

赤い光は激しくなり、彼女の口元がせせら笑うように歪んだ。


一角は手の持っていた薬品を床に叩きつけた。

丈夫なはずの瓶はあっさりと割れて床に広がる。

そして混ざった部分から白い気体が浮き上がった。


「やるぞ、千角。」

「おうよ、一角。」


一角がネクタイを素早く解くと鞭になり、

彼はそれを灯乃芽に振った。

鞭は長く伸びてきつく巻き付くと

彼女は動けなくなった。


そして千角がその手の甲に針を突き立てる。

素早く次々と両手に。


そして鈎には真っ赤な血のような大きな玉が二つ。

さっきの玉の倍の大きさだ。

禍々しい、だが彼らにはとてつもなく美しい宝珠だ。


「たまんねぇ。」


千角が玉を糸に通す。

よほどの事が無い限り解けない戒めだ。


灯乃芽はふらふらと気を失い倒れた。

教室には少女が二人倒れている。


その時入口の方で気配がする。


「一体何だこの臭いは。一角先生、それにこの男は!」


そこにいたのは教頭だった。


「どこにでも気配を読む奴はいるよなあ。」


めんどくさいと言うように千角が呟いた。

そして教頭に近づき額をつつく。


「ここで喰っちゃうと面倒な事になるから記憶だけもーらお。」


一角も少女達の額をつついている。

教頭もその場で座り込んだ。


そして一角と千角の姿は消えた。





「灯乃芽と言う子は家で虐待を受けていたようだな。」


高台の公園に戻り二人はベンチに座っていた。


「小さい時から盗んで来いと親から言われていたようだ。

嫌だと思いつつ習い性になっていたんだ。」

「教頭はまあ普通のおっさんだな。」

「盗みはだめだと思っていたけど、体が覚えている。

だからあの由空と言う子にも玉を飲ませて、

あの子に命令されて仕方なく盗んでいるという名目を作ったんだ。」

「おお、罪深い事。」


千角がふざけて体を震わせた。


「しかしニンゲンの記憶って結構ウマいよな。」

「うん、悪い事をしていた時の記憶はトロンとしてかなりいけるよ。」

「今日は人は喰えなかったけど記憶で我慢するか。」

「そうだな。」

「でもよう、あの教頭、結構真面目で大した味じゃなかったぜ。」

「そうか、外れだったな。僕は当たりだったよ。」


千角が伸びをする。


「でもあんな子供にいきなり玉は憑かないよな。」

「そうだな、子供に憑く前に近くにもっと強い玉があるはずだ。」


一角が眼鏡の奥で目を光らせ地図を広げた。


「多分親にも憑いているだろうよ。

地図にも光がある。家はあの子の記憶から分かる。」

「多分あれよりでかいよな。

たーっぷり邪気を吸ってるぞ。」


二人はにやりと笑った。


「でも家族全部玉を取ったらどうなるんだ?」


一角が少し考える。


「まあ善良なる家族になるだろうな。毒気は僕達が抜くからな。」

「なんだよ、俺達良い事するのかよ。

胸糞悪い。」


その瞬間二人の姿は消えた。




教頭が戻らないのを不審に思った同僚が探しに行くと、

教室に倒れている三人を見つけた。


中は異様な匂いに満ちていた。


床には薬品の瓶が割れて散らばっており、

そのせいで三人は倒れたのかもしれないと皆は思った。

三人の記憶も定かではなく、それも薬品のせいだと思われた。


翌日、学校には本当の新任理科教師が現れた。


教頭以外は新しい新任教師が昨日来ていたと言ったが、

その人をなぜかみな思い出せなかった。

誰かが来ていたと言う事しか分からなかったのだ。


それはしばらく学校の不思議として語られた。


そして学校の盗難事件はその日以来

ぴたりと止まった。




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