4

 外に出た良樹を待っていたのは、斧を手に奮闘する桐生と、スコップを手にこちらを見た足立里沙、それに彼らの前に立ちはだかる二メートルを超える大男だった。いや男というより、もはや怪物だ。全身漆黒しっこくの毛で覆われ、猫科の動物のように肩の部分が盛り上がっている。そして筋肉質の腕がやけに太く、それはあの時、穴の下から友作を掴んで引きずり込んでいった腕と同じに見えた。

 だが怪物は目が見えないのか、その手は宙を舞っている。


「こいつも、ホムンクルスなのか」

「もしそうだとしても、コレには知性の欠片もないわ。ひょっとするとオリジナルが人間じゃないのかも知れない」

「ともかく、こいつを何とかしないとここから脱出という訳にもいかんな」


 苦い表情を浮かべた桐生は何度も「どうする?」という視線を良樹に向けた。


「安斉は言いました。これは永遠の生命ではないと。ホムンクルスは他者の細胞を取り込んで死を先延ばしにしているみたいなんです。つまり、ゾンビとは違う。死なない生き物ではないということです」

「それじゃあ、俺たちの手で何とかこいつを殺せってか?」

「それができればいいですが、こちらのリスクの方が圧倒的に高いでしょう。ただ一つ提案があります」

「何だ?」


 良樹は目が見えずにあがいているその怪物の前へと一歩出る。


「黒井君?」

「大丈夫。こいつは目で見て判断している。だから少しだけ隙を作って下さい。その間に、何か見つけてきます。動けなくしてしまえばいいでしょう」

「信頼しても、いいんだな?」


 桐生の問いかけに「はい」と頷き、良樹は構える。


「それじゃあ、頼むか」


 そう言うと、桐生は怪物に声を掛け、斧を振るう。右足の先を掠めたが、特に傷ついた様子はない。だが怪物には桐生の居場所が分かったらしく、彼目掛けて突進してくる。大きな腕を伸ばし、それが家の玄関脇へと衝突した。

 その間に、良樹は駆け出す。

 一度だけ振り返ると、足立里沙と桐生も怪物を見ながらこちら側へと移動していた。


 心臓が張り裂けそうなほど思い切り走り、縄梯子のあったところまでやってくると、


「ねえ! 誰かいないの?」


 加奈の声が聞こえた。


「太田さん? あ、今は藤森さんか」

「もう加奈でいいわよ。それより、黒井君。美雪たちは?」

「今は話してる余裕はないけど、とにかく大変なんだ。台所に灯油とかガスとか、そういうのなかったか?」

「台所にはなかったけど、どこかの部屋にポリタンクがあったわよ」

「じゃあそれ、持ってきて!」

「は? 女のあたしにあれ全部持ってこいって言うの?」

「とりあえず一つだけでいいから!」

「わーったわよ!」


 加奈の声が聞こえなくなると、良樹は再び奥の家へと駆け出す。



「桐生さん!」

「なんだ、もう戻ってきたか。で、どうするんだ?」

「足立さん、僕、代わります。僕たちがここで食い止めてる間に、上に登って加奈さんと一緒にポリタンクを運んできて下さい」

「ポリタンク?」

「ここを、燃やします」

「でもそんなことしたら」

「安斉も、英李さんも、本当はもう亡くなっているんだ。だとしたら、それをちゃんと葬ってやるのが僕たちの義務なんじゃないでしょうか」


 良樹の目を、足立里沙は見た。彼女にとって二人は幼馴染だ。どんな形であれ生きていることは嬉しさもあっただろう。

 彼らを、ホムンクルスを、どうすべきか。


「わかった」


 里沙は短くそう言うと、良樹にスコップを投げて寄越した。


「じゃあ、あなたたちは必ず生きて、ここを出るのよ」

「そう願うよ」


 走って行った里沙を見送ると、良樹は桐生と共に怪物に対峙した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る