5-7 隔世遺伝

 想像もしていなかった、まさか僕と同じ能力を持っている人間が、同じ千葉市内に住んでいたなんて。


「当時、千葉市を中心に連続強盗事件が多発していてね。私もその捜査に参加していた」


 車内に充満する白い煙と電子タバコ特有の匂いが鼻につく。さすがにもう茶化す雰囲気ではない。僕は手で煙を分散させながら、静かにその話を聞いていた。


「犯人の目星はついていたんだ。けれど物的証拠が無くてね。犯人は実に狡猾で賢い連中だった。しかし捜査の手は確実に犯人に近づいて行っている実感はあった。あとは時間の問題だと思われた」


 そう言うと井上は再び電子タバコのフィルターを咥え、白い息を吐き出す。


「犯人も急ぎ逃走資金が欲しかったのだろう。その犯人が最後に押し入った家、それがその老夫婦の家だったんだ。しかも日中堂々と。強盗団は老夫婦に刃物をつきつけ、金品を要求した」


 僕らのような高校生には馴染みが無いが、老夫婦となれば、家に現金をため込んでいてもおかしくはない。それを知っていて強盗団は敢えて押し入ったのだろうか。


「老夫婦は金品を差し出した。しかし思っていたより金目のものが少なかったんだろうな。強盗団は旦那さんに刃物を振り下ろした」


 なんてひどい事を。人として最低な行為だ。


「私たち警察が近隣住民の通報で駆けつけたとき、旦那さんは犯人の凶刃によって重傷を負っていた。私は心底驚いたよ。あの老夫婦の家に強盗団が押し入るなんてね」


 無理もない、いくら寿命がみえるといっても体力は一般人のそれと変わらない。しかもその人は老人だ。なにかが出来たわけでもないだろう。


「旦那さんは言ったよ。妻は無事かと。私は奥さんの無事を確認し、旦那さんを元気づけるために無事だと伝えた」

「……それで、どうなったんですか」

「犯人に刺された傷が内臓にまで達していてね。救急隊員が駆けつけたときには既に亡くなっていたよ」

「そうですか……」


 いくら他人の寿命が見えても、自分の寿命は見えなかったということか。カウントダウンは鏡に映らないし、映像や写真からもみることが出来ない。直接見る以外に知る事が出来ないのだ。となると自分の頭上にカウントダウンが出たとしても、みることが出来ない。


「その老夫婦の名前は織部健一郎。妻の名を芳江」

「――⁉」

「君の祖父母の名だ、織部直斗君」


 驚きのあまり目を見開き、僕は井上の顔を凝視する。革張りのシートがぎゅっと鳴った。

 確かに祖母の名前は芳江だったが、そんな話、祖母からも両親からも一度も聞いたことが無い。


「佐藤少年が起こした事件のとき、私は君の存在に気づけなかった。いや、正確に言えば君と健一郎さんの繋がりに気づけなかったと言っていい。でも気になってね。何故、あの場に君と田沼が居合わせたのか。それも二人して嘘までついて。それで事件の後、調べ出した、君たちの事をね。そして辿り着いた。答えは簡単、君たちは知っていたんだ」


 井上はそういうと電子タバコのスイッチを切りフィルターを背広のポケットにねじ込んだ。


「彼女の身に、何かが起こることを。これは私の推理なんだが、君たちは何かしらの方法で、彼女の身に危険が迫っていることを知った。それで彼女を守るために、後をつけたんだ。そこに佐藤が現れて彼女を襲った。佐藤ともみ合い、田沼さんは刺されたが、君は必死の抵抗で佐藤を確保したんだ。彼女の危険を取り除くために」


 僕は声の一つすら上げられない。


「では、二人はどうやって彼女の身に危険が迫っていること知ったのか? それがずっとわからなかった。そんなある日、田沼さんの著書『みえるひと』を本屋で見つけたんだ。読んでみて正直驚いたよ。しかし逆にそれでパズルのピースが完成した。あとは消去法だ。君たちのどちらかが『みえるひと』である可能性が高い。田沼さんは著者だ、アルバートの体験を本に記している。彼との出会いは驚きの連続だったようだし、田沼さんが『みえるひと』である可能性は限りなく低い」

「残ったのは僕、つまり僕が『みえるひと』だと」

「ああ、君がそれだという、もうひとつの根拠がある。君の苗字。君はあの健一郎さんのお孫さんだ。ここで仮説が成り立つ」

「仮説?」

「もし『みえるひと』の能力は隔世遺伝するとしたら」


 隔世遺伝、聞いたことがある。祖父や先祖の遺伝情報が、親の世代では引き継がれず、孫や子孫に発現することをいう。またの名を先祖返りともいったはず。

 つまり祖父の遺伝情報が、僕の親には引き継がれず、僕に発現したということか。


「そう考える方が自然だ。それですべての辻褄が合う。むしろそれ以外の説明は出来ない。まぁ科学的根拠はないけれどね」


 僕は井上の推理に対し、心が動かされていた。たったひとつ嘘をついたことで、そこまでの推理を行い、僕という真実にまで辿り着いた。


「信じているんですか『みえるひと』の能力を」

「信じざるを得ないだろう。それ以外、君たち二人が彼女の危険を知る由もない。逆に信じない方が良いかい?」


 警戒心が解かれ、それは信頼へと変わっていく。この人は今まで出会った大人の中でも最高クラスの人だ。


「いや、信じてくれる大人はひとりしかいなかったもので」

「田沼さんか。ま、私も健一郎さんと君たちに出会わなければ、到底信じられたものではなかっただろうね。世の中には自分の目で見たものですら、信じられない人間も居る。けれどこの職業を長年続けているとね。それこそ色んな人間に出会うものなのだよ。常識では計れない人間とね」


 人を化け物みたいにいう、少し不快だが仕方がない。

 しかし常識では計れない、その通りだ。人間の目には他人の寿命をみる力なんて存在しない。けれど僕の目にはハッキリとみえる。これをどう説明する。幻覚だというのか。

 違う、これは幻覚なんかじゃない。これは現実だ。

 神は残酷にも、他人の寿命がみえる人間を造り出したんだ。


「それが僕に伝えたかったこと」

「そうだ」


 僕は素直に感謝した。この人は僕を怪しんでいたわけじゃなかったんだ。その逆、僕を見つけてくれたんだ。


「それともうひとつある」

「もうひとつ?」

「健一郎さんからの伝言だ。もし私が『みえるひと』に出会ったときは伝えてほしいと言われた言葉がある。まさか直斗君がそれだとは思わなかったがな」

「伝言……お爺ちゃんからの……」

「そうだ。彼は言っていたよ。もし人の寿命がみえたとしたら」


 祖父は一体なにを遺したのだろうか。もしかするとカウントダウンを止める方法を知っていたのか。

 祖父が亡くなったのは僕が生まれる直前、十六年前だ。祖父は既に六十歳を超えていたので、自ら命を絶ったアルバートよりも長く『みえるひと』であった。つまりこの能力を持ちながら長く生きられたということだ。

 たった十六年、生きた僕でさえもこんなに悩み、苦労を重ねたというのに、その何倍も祖父は生きたのだ。ひょっとしたらとてつもない助言を貰えるのではないか。

 そう期待せずにはいられなかった。


「『運命の強制力』には逆らうな」

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