5-5 文化祭二日目

 文化祭初日の慌ただしさは、ほんの序章に過ぎなかったと僕ら天文部は知る。

 二日目の午前中から、プラネタリウムは大変な賑わいで、休憩時間を返上して案内や受付を行った。十一時の回が終わり、次は午後一時半の回でようやく朝の忙しさから解放された。


「午前中、思った以上にお客さん多かったですね」

「うん、去年はここまで多くなかったんだけどな」


 里奈が作った弁当を頬張りながら、僕は彼女と会話をしていた。

 他の部員も疲れが溜まってきており、弁当を食べてすぐ横になる部員も居た。視聴覚室の中はゴミが散乱しており、クレープの包み紙や焼きそばの食べ越しなど、まだまだ仕事は山積みなのであまり弱音を吐いていられない。

 幸いドーム内は飲食禁止にしているものの、中に敷いてあるシートの位置がずれたり破れたりしているので、こちらも後で整える必要があった。

 そんなとき、教室の扉が開き危機馴染みの声が聞こえた。


「お邪魔しまーす。あ、居た居た」


 それは制服姿の千夏だった。


「千夏⁉」

「千夏ちゃん!」

「どもども!」

「お前学校は」

「今日は土曜日だよ、午前中のみで終わったから飛んできた! 里奈さァんおひさしぶりですゥ!」


 千夏は猫かぶり声で喉を鳴らし、彼女に抱き着く。

 傍から見れば美少女と美少女が抱き合っている光景、これは普通に考えて眼福と言うやつなのだろう。しかし一人は自分の妹なのでそういう目で見る事は出来ない。


「千夏ちゃん、元気そうだね」

「うん、アタシはちょー元気! 里奈さんも元気になって良かったよー。心配してたんです」

「ふふふ、心配かけちゃてごめんね」

「……ううん、全然大丈夫です! あ、これ何⁉」


 あれ?

 千夏が一瞬だけ暗い顔をした。どうしてだろう。しかし僕の心配をよそに、僕らが作ったドームを見て目をキラキラさせた。


「これが自主製作のプラネタリウムだよ」

「そうなんだ⁉ うわー、これ凄い! めっちゃでっかいんだね!」

「お、誰だ」


 千夏は大きな声をあげた。その声に反応し久坂さんが千夏に話しかけていた。


「あ、ども! 織部直斗の妹で織部千夏と言います。兄がいつもお世話になっております!」


 千夏はそういうと無い胸を張った。


「織部君にこんな可愛い妹さんが居たのか⁉」


 久坂先輩は黒縁眼鏡を輝かせて言った。おい先輩、何かよからぬことを考えているのではあるまいな。


「千夏、午後の部は一時半からだ」

「知ってる。何よー、可愛い妹がせっかく見に来たのに門前払いする気?」

「いや、親しき中にも礼儀ありだ」

「お兄ちゃんがそれ言う?」

「言う」

「ふーんだ!」

「千夏ちゃん、いつまでも居ていいですぞ!」


 久坂先輩が眼鏡をクイッとさせて千夏に近づく。こら、何をする。僕の妹に手を出すなよ。


「千夏ちゃん、プラネタリウムに興味はありますかな?」

「いや、それほど」


 ま、いいか。千夏はあれでもモテる方だし、陰キャの久坂先輩と会話がかみ合うはずもない。適当にあしらって終わるだろう。僕は二人と無視して残りの弁当を頬張った。


 そうして時間はアッと言う間に過ぎ一時半の回が始まった。午後の回は午前中の忙しさとは裏腹に客足が遠のき、案外暇になっていた。

 僕はお客を案内する合間に視聴覚室の外を眺める。空は曇り窓ガラスに雨粒が付いているのを見つける。雨か。確かに今日の天気予報では曇りのち雨、午後からの雨を避けるため、午前中に集中したということか。

 しかしそれなら雨宿りの為にプラネタリウムなんて絶好の場所だと思っていたが、どうやらお客自体が減っているようだ。その代わり我が高校の生徒の割合が増えてきている。


 一時半の回も無事終わり、次は二時半の回になった。このころには外部からのお客も殆ど居なくなり、我が校の生徒のみになっていた。それを見越してか、真壁部長が里奈の班に声をかけて来た。


「次の回で催し物は終わるし、もう手伝いはいらないわ。せっかくの文化祭だし、みんな楽しんできて」


 里奈と一緒に見てまわれないかと思っていた矢先にこの申し出。本当に有難い。僕は里奈に目で合図を送り、里奈も小さく照れながら俯いた。

 視聴覚室を出て少し歩くと後ろから里奈が追いかけて来た。


「おまたせ」

「うん」

「いこっか。いっぱい働いたから、おなか空いちゃった」

「うん」


 そして僕らは教室棟へ行き、焼きそばとクレープを買い束の間の休息をとった。里奈と一緒に食べる食べ物は本当に美味しい。

 腹ごしらえが済んだ僕らは展示物を見てまわる事にした。


「あ、そうだ。寄せ書き見に行こうよ」

「うん、いいよ」


 いつの間にか僕らはあの日の二人に戻っていた。どちらが言い出す事無く、手を繋ぎ並んで歩く。里奈は歩くペースが遅い。だから僕は歩調を里奈に合わせる。ゆっくり里奈に合わせて。


 幸せだ、普通の学生生活、大好きな彼女。頼れる尊敬する大人、生意気な妹、これこそ僕が願った暮らしだ。ようやく人並みの生活が出来る。

 能力なんて僕には必要ない。他人の寿命なんて知りたくも無い。けれど今日は神に感謝しよう、もし里奈のカウントダウンがみえていなければ、こんな日が訪れることは無かっただろう。彼女には亡くなり、僕は悲しみにくれていたに違いない。

 里奈は僕の手を引き、前を歩く。大丈夫、ずっと傍に居るよ。ずっと一緒だよ。何があっても君から離れない。何があっても君を守る。僕の命にかえて。


「雨、あがったね」

「あ、本当だ」


 僕らは空を見上げる。二人で秋の空を見上げる。相変わらず遠くの空はどんより黒い雲が見えているものの、僕らに差し込む日の光は少し幻想的に見えた。

 そんなとき冷たい風が吹いた。手や顔を冷やす、けれど大丈夫、寒くないよ。君がいるから。


「綺麗な空」

「うん」


 本当に綺麗だ、僕は君の横顔が大好きだ。君を想うといつも口角が緩んでしまうんだ。ありがとう。大好きだよ、里奈。


 そんなとき、ぼくのスマートフォンが鳴った。

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